松江の没落士族の娘・小泉セツさんとその夫で作家・小泉八雲さん(パトリック・ラフカディオ・ハーン)をモデルに、明治という激動の時代を生きた夫婦の出会いと歩みを描く、連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合・毎週月~土あさ8時~ほか)。
物乞いや遊女など、経済格差を背景にした目を背けたくなる当時の現実が映し出されており、作中にはどんよりとした薄暗い雰囲気が立ちこめている本作。同時に、クスッと笑えるシーンも随所にあり、不思議な可笑しさを含んでいる。シリアスとコメディが共存する、朝ドラの中でも異色な空気感はどのように作られているのか。制作統括を務める橋爪國臣氏に聞いた。
救いのなさの中に笑いを残す脚本術
『ばけばけ』の独特なバランスには、脚本を手がけるふじきみつ彦のスタンスが大きく関わっているという。
「ふじきみつ彦さんは、救いのない展開の中にも明るさを見出せる脚本家です。その時は不幸のどん底にいても、数年後に思い返すと『本当に当時はひどかったな』と笑い話にできることって多いですよね。
小泉夫婦も決して順風満帆ではなく、しんどい瞬間も少なくなかったと思います。ですがそんな暗闇の日々の中でも、笑える日もあったはずです。明るさ、暗さ、どちらか一辺倒にならない脚本になっていて、それをトキ役の髙石あかりをはじめとしたキャスト陣が丁寧にすくい上げ、本作の空気感ができているのかなと思います」
とはいえ、ふじき氏は暗い話を書くことがとにかく嫌いな人のようで、「脚本の打ち合わせをする時には、うだつが上がらない雨清水三之丞(板垣李光人)のシーンを書くことを本当に辛そうにしていました」と振り返った。
ウケを狙わないからこその可笑しさ
笑えるポイントが多いことも、ふじき氏の脚本の妙だろう。コメディ部分の描き方について「脚本は面白いのですが、『現場では笑わせない』ということは意識してます」と答える。
「ふじきさんはコントを手掛けてきた経験も長く、基本的には笑わせたい人ではあります。ただ、ふじきさんの脚本は、ウケを狙って演じると、途端に笑えなくなります。これはふじきさんの脚本の特徴で、“真面目に生きている人を一歩引いた時に見えてくる面白さ”を描くことに長けているので、現場ではみんな真面目に演じてもらっています」
視聴者にウケているかどうかは放送されなければわからない。撮影現場ではウケているのか役者陣も不安だったように思うが、「やはりその不安からか、大きな芝居をして笑いを起こそうとする瞬間もありましたが、そこは『ダメです』と言います。ただ、今は放送も進んで、その心配はなくなりました」と語った。
完璧な人を作らない、人間臭さの出し方
トキには優しいが自分の息子である三之丞には関心を示さない、トキの実父・傳(堤真一)、優しい父親ではあるが多額の借金をこさえた司之介(岡部たかし)など、“100%良い人”は出てこないことも面白さにつながっているように思う。
登場人物の描き方については「何でも完璧にできてしまう、そんな神様みたいなキャラクターをドラマでは作りがちです。しかし、実際は誰もが良いところと悪いところを持っています。むしろ悪いところが多いことは往々にしてあり、『そういう人たちの物語になれば』と考えています」という。
続けて、役者への感謝も口にする。
「森山銭太郎役の前原瑞樹さんも、借金取りの二代目ではありますが、どんな嫌なセリフを言ったとしても嫌な風に聞こえない。レフカダ・ヘブン役のトミー・バストウさんも本当に良い人で、ヘブンは不満を漏らすシーンは多いですが、嫌な感じはしません。役者の力で、悪いところを見せても嫌悪感につながっていないのかなと感じています」
表情アップが多い理由と「説明しない演出」
まだまだ本作の特徴はある。トキの顔がアップで映し出され、言葉を発さずに表情のみで感情を示すシーンは多い。加えて、ヘブンが英語で喋り、字幕のみで和訳が流れるシーンも多く見られる。
朝ドラは仕事や学校の支度をしている人が“ながら見”、もしくは“耳で視聴”するケースが珍しくない。そのため、ストーリーがわからずに視聴者を遠ざけるリスクもあるが、なぜしっかりと視聴していないと理解できない見せ方をしているのか。
「朝ドラはストーリーがわからなくても解説してくれる語り手がいて、“誰でも楽しめるドラマ”という位置づけだと考えています。ただ、時代が変わり、配信で観てくれる人や録画して夜に観る人も増え、視聴形式は多様化しました。
それに伴い、『心情をすべてセリフや語りであえて説明しなくても良いのでは?』と考え、従来の朝ドラの見られ方に囚われずに『ちゃんとドラマとして見せる』ということを徹底しました。とりわけ、本作は『人の心は一辺倒ではない』ということをテーマとしていたので、表情のアップや英語での会話などを多く採用することにしました」
また、阿佐ヶ谷姉妹の2人が声を担当している蛇と蛙はナレーション的な立ち位置に思えるが、「蛇と蛙はナレーションや語りとはして登場させてはおらず、あくまで登場人物という位置づけです」と語った。
大人も子どもも一緒に楽しめる内容
もしかすると、説明不足によって離脱した視聴者は一定数いるかもしれない。その反面、遊女やラシャメンに関する“丁寧な説明”もないため、子どもでも楽しめる構造になっている。この辺りについてはどう感じているのか。
「朝ドラは老若男女が見ます。『子どもは理解できないけど楽しめる』という部分は狙っていたので、幅広く楽しんでもらえているなら嬉しいです。やはり説明しなくても視聴者に伝えられる役者がそろっていることが大きいのかなと思います。そんな上質な表現力を、過剰に説明するナレーションで薄めてしまうのはもったいないので、このやり方で良かったです」
表情や間から見え隠れする感情を受け取ることで、物語はより豊かになる。『ばけばけ』は見る側の想像力を信じた作品と言えそうだ。
<取材・文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki
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