ヴォー=ル=ヴィコント城のクリスマスは、今年で20年という節目を迎えた。その記念すべき年に選ばれたのは、祝祭の規模を拡張することではなく、物語の重心を「歴史」から「夢」へと移すという大胆な転換だった。
【画像】ヴォー=ル=ヴィコント城の美しく重厚なクリスマス(写真24点)
昼間の館内では、各部屋ごとに異なる物語が与えられ、城は一種の夢の家として読み替えられていく。
ミューズの間では時間を凍らせた氷の宮殿が立ち上がり、図書室では書物の世界から妖精たちの饗宴があふれ出す。英雄ヘラクレスに捧げられた前室は、黄金の林檎の神話を甘美な祝祭へと翻訳し、厨房ではチョコレートの世界が広がる。いずれも装飾そのものが主張するのではなく、部屋本来の役割や記憶を土台に、想像力だけが静かに重ねられている点が印象的だ。
こうした室内体験の集積を、夜のファサードがひとつの物語へと束ねる。20周年を機に一新されたプロジェクションマッピングは、これまでのように城の歴史をなぞるものではない。三人の子どもたちが夢の中を旅するという設定のもと、寓話的なイメージが建築全体に投影される。写真に収めた場面では、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌの寓話を想起させる人物像や動物たちが散りばめられ、現実と物語の境界が曖昧になっていく。
その選択は、この城の来歴を思えば自然でもある。かつてニコラ・フーケが思い描いた理想の空間は、権力と美の結晶であると同時に、文学や芸術が交差する場でもあった。祝祭の夜に描かれる夢は、子ども向けの幻想である以前に、17世紀フランスが育んだ想像力へのオマージュでもある。
動線の終盤で出会う厩舎や厨房、そしてかつて牢として使われていた小部屋に置かれたキリスト降誕の情景は、この祝祭が決して表層的な演出に終始していないことを物語る。華やかな主役の背後に、労働や静謐、祈りといった城の日常が折り重なっている。
そして最後に、場内レストランで供される小さな甘味「エトワール」が、この一日の余韻を引き受ける。星形のケーキに刻まれた城を象徴する意匠は、過剰な祝祭ではなく、記憶に残る一瞬としてのクリスマスを示している。
20年という時間の蓄積を経て、ヴォー=ル=ヴィコントのノエルは、もはや単なる季節のイベントではない。それはこの城が本来持っている「夢を見る力」を、現代に向けて静かに更新する試みなのだ。
夢の家としてのヴォー=ル=ヴィコントを後にすると、夜の空気まで少し澄んで感じられる。どうか皆さんにも、静かな余韻のあるクリスマスが訪れますように。
Grand Noël au château de Vaux-le-Vicomte
・開催期間:2025年11月中旬〜2026年1月上旬(期間中は要事前予約)
・場所:パリ近郊/ヴォー=ル=ヴィコント城(夜間はプロジェクションマッピング実施)
写真・文:櫻井朋成Photography and Words: Tomonari SAKURAI
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