日本の原油価格を直撃?ラテンアメリカに対する日本の姿勢が問われるベネズエラ危機

カリブ海を挟んでアメリカと向かい合うベネズエラ。1999年に反米派のチャベス政権が発足し、’13年以降はマドゥロ大統領が継承。深刻な経済・政治危機に直面している画像/Adobe Stock

日本の原油価格を直撃?ラテンアメリカに対する日本の姿勢が問われるベネズエラ危機

12月26日(金) 8:52

提供:
“遠い国”の話のように見えるベネズエラ情勢。だが、同国には戦前に移住した日本人コミュニティーがあり、少ないが主力企業の駐在員が働いている。今後も圧力が続けば、原油価格や日本企業の進出戦略、さらに日系移住者の生活にも影響を及ぼす可能性がある。

アメリカのトランプ政権が、南米ベネズエラへの圧力を強めている。軍事行動も辞さない構えだ。今年3月にはギャング組織のメンバーとされるベネズエラ人200人以上を、中米エルサルバドルの刑務所に国外追放したと発表した。「アメリカに麻薬を密輸しているから」と主張しているが、これは大義名分に過ぎない。真の狙いは世界トップの埋蔵量を誇るベネズエラの石油資源であり、かつ現職の大統領であるニコラス・マドゥロが主導する政権を倒すことだ。

一見、アメリカとベネズエラの対立のように見えるが、ベネズエラの背後にはイランや中国、ロシアといった国々との関わりがあることは忘れてはならない。ラテンアメリカで中国やロシアの影響力が急速に強まる中、日本の外交的プレゼンスの低下も指摘されている。ラテンアメリカでの対中外交の立て直しは、日本の経済安全保障を考えるうえでも避けて通れない課題だからだ。

現地での取材経験を元に、国内で報道されていることの「奥の奥のそのまた奥」に入り、ベネズエラ問題の核心を探っていきたい。

野球もミスコンも強い国その秘密は「石油資源」

ベネズエラは南米大陸の北部に位置し、アマゾンの熱帯雨林を構成する国の一つだ。カリブ海と大西洋に面し、北西部にはアンデスの山々が伸びる。

日本でもなじみのあるところでいうと、キューバと並ぶラテンアメリカの野球大国である。「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の常連で、日米のプロ野球界に名選手を輩出している。日本球界では、ヤクルトや巨人、DeNAでプレーし、外国人として初めて「名球会」入りした元プロ野球選手・監督のアレックス・ラミレス(’19年に日本国籍を取得)がベネズエラ出身の代表格だ。

また、美容産業の発展も目覚ましい。「ミス・ユニバース」「ミス・ワールド」「ミス・インターナショナル」「ミス・アース」を世界規模で開かれるミスコンテスト(ミスコン)の「ビッグフォー」と呼ぶが、ベネズエラはこの「ビッグフォー」で通算で24回優勝しており、他の追随を許さない。ミスコンへの出場は女性の成功の道の一つとされ、国内ではモデル養成学校やミスコンの専門学校などミスコンで勝てる女性の育成システムも整っている。

野球とミスコンの強さを支えるのは、埋蔵量で世界トップの石油資源だ。20世紀初頭に大油田が発見され、各国への原油輸出が盛んになり、1950年代には南米でもトップクラスの高所得国となった。

20世紀初頭、石油産業で働いていたアメリカ人がベネズエラに野球を持ち込み、「富の象徴」のスポーツとしてベネズエラ国民は夢中になった。また、オイルマネーで高価な外国製品が多く輸入されたことで、服飾、メイク、化粧などへの憧れがベネズエラ国民に芽生え、これがミスコンへの強いこだわりにつながった。

その一方、石油開発による発展は、持つ者と持たざる者の大いなる格差も生み出した。99年軍人出身のウゴ・チャベスが社会主義を掲げて大統領に就任してからは、国が一変する。チャベスは石油の恩恵を受けなかった低所得層から絶大な支持を取り付けて当選、貧困層への支援策を打ち出す一方で、強硬な反米路線で国際社会と対立した。

その後、国営石油会社の経営の失敗や失政などが重なり、ベネズエラ経済は急速に悪化した。国内外からの反発を抑え込むために、その政治体制は独裁色を強め、同じく反米路線を打ち出す中国、イラン、ロシアとの関係が深まっていく。

「チーノ、チーノ」……チャベス政権下で高まった中国人への好感

2000年代に入ると、ラテンアメリカ諸国と中国の間で貿易が活発化した。アメリカ議会などの調査によると、カリブ海諸国を含めたラテンアメリカの中国との貿易額は’00年が120億ドル規模だったが、'24年には5180億ドル規模と、24年間で43倍以上に拡大した。ラテンアメリカから中国へは農作物や銅、石油などの地下資源が輸出される。これに対してラテンアメリカには中国から工業製品が輸入されるが、安価な中国製品が急速に入ってきたためラテンアメリカの製造業は衰退した。中国からの開発融資や投資も急拡大した。’05〜’22年のローンや資金供与は1370億ドルにのぼったが、ベネズエラ向けは群を抜いている。

こうした経緯から、特にラテンアメリカでは中国の進出は隅々まで行き渡り、もはやひっくり返すことができないほどだ。その影響力を実感したのは、チャベスが死去したとき際のこと。ガンを患い’12年末にキューバで4度目の手術を受けていたが、翌3月にベネズエラ政府が大統領の死亡を発表した。急きょ、首都カラカスに飛ぶと、いきなり熱狂的なチャベス支持者に取り囲まれた。

現地で「実は日本人だ」と名乗れない恐怖

支持者は「チーノ、チーノ」と叫び、次から次に握手を求めてきた。「チーノ」とはスペイン語で「中国人」の意味だ。チャベス支持者の中国への好感度は抜群で、日本人を中国人だと思い込んで集まる人の輪は瞬く間に膨れ上がった。取材でいくつもの国を訪れたが、群衆に囲まれるほど恐怖を感じることはない。チャベスの死を悼む気持ちが高じて支持者らは興奮しており、「実は日本人だ」と名乗ったら袋たたきにされていたと思う。これほどまでに中国の影響力が高まったのはラテンアメリカ諸国と中国の間で貿易が活発化したことが関係している。

そのチャベスの葬儀では、イランもひときわ高い存在感を見せていた。当時、大統領だったアフマディネジャドが参列したが、会場に現れた際にはチャベス支持者から耳をつんざくばかりの歓声と拍手が湧いたのだ。ラテンアメリカ諸国以外で国のトップが葬儀に参列したのはイランとベラルーシ、赤道ギニアだけ。ベネズエラとイランが「反米の絆」で深く結ばれていることは一目瞭然だった。

ベネズエラ産の原油はインフラ整備の不足で精製できないことが多い。このためイランは埋蔵量トップのベネズエラに精製石油製品を輸出している。一方でベネズエラはイランに原油のほかにコーヒー、カカオなどの農産物を供給している。イランの技術サービスへの対価は、ベネズエラ産の金で支払っているという。

軍事面の関係強化が目立つロシア

ロシアとは軍事面での関係強化が目立つ。アメリカの専門家の分析では、ベネズエラがロシアから購入した武器の総額は、この20年間で日本円にして2兆円に迫る規模だという。

‘08年以降、ロシアは超音速爆撃機「Tu-160」を度々、ベネズエラに飛ばしている。18年に「Tu-160」がベネズエラに立ち寄った数日後、カラカスの北東約170キロのカリブ海上にあるラ・オルチラ島にロシア軍が基地建設を検討していると報じられている。ウクライナ侵攻以降もロシアは、アメリカをけん制するため、ことあるごとにベネズエラへの軍事基地建設をにおわせている。

ベネズエラ政府はアメリカと対立する国々と仲良くする一方で、政治的弾圧を繰り返し、国民生活は困窮している。チャベスに取り入ってバス運転手から大統領になったマドゥロは独裁的手法を一段と強めており、14年以降、800万人近くのベネズエラ人が難民として海外に逃れた。国内では経済の混乱で、80%以上の国民が貧困レベルでの生活を強いられている。

日本のラテンアメリカ外交の現状

一時は多くの日本企業がベネズエラにオフィスを構えたが、現在、主力企業で駐在員が常駐しているのはトヨタや三菱商事など限られた会社だけだ。トランプ政権がベネズエラ攻撃に踏み切れば、欧州の次に中東に拡大した戦火の波は、西半球に飛び火することとなる。現在、ベネズエラの石油の流通量は限られているとはいうものの、ベネズエラはOPECの主要メンバー国だ。戦闘となれば石油をめぐる世界情勢が一段と緊迫化することとなり、日本国内の原油価格にも大きな影響を与える。

ベネズエラ問題は、ラテンアメリカに対する日本のこれまでの姿勢が問われる問題でもある。ブラジルやペルー、そして規模の差はあれベネズエラにも日本人の集団移住がありながら、日本のラテンアメリカ外交は「お寒い」現状が続く。国際会議での訪問を除けば首相のラテンアメリカ歴訪は14年以降、実現していない。世界経済を大きく左右する地下資源があるにもかかわらず日本のビジネス界の関心は薄い。世論が見向きもしないのは日本のメディアが「遠い国々」と決め付けて、正面から向き合わなかったからだ。

「これで中国やロシアに勝てるはずがない」――ラテンアメリカ取材をするたびに感じることだ。ベネズエラ情勢を掘り下げれば掘り下げるほど、その思いが強くなる。

【谷中太郎】
ニューヨークを拠点に活動するフリージャーナリスト。業界紙、地方紙、全国紙、テレビ、雑誌を渡り歩いたたたき上げ。専門は経済だが、事件・事故、政治、行政、スポーツ、文化芸能など守備範囲は幅広い。

【関連記事】
トランプ大統領が中国、ウクライナ、中東よりも最優先する危機とは/倉山満
もし台湾有事が起きたらどうなる?専門家が読み解く、日本経済「悪夢のシナリオ」。米5kgが1万円になる可能性も
なぜインドは「誰とも組まない」?ロシアとの武器取引から見える“世界第4位の軍事大国”の戦略
「米国株」は低資金でもビッグマネーを狙える。年収300万でも“集中投資で資産6倍”達成者が伝授
相場からの退場は7回!2024年は1100万円の損切りと700万円の利益確定。“逆神”岐阜暴威が多くの「しくじり」からたどりついた投資哲学
日刊SPA!

生活 新着ニュース

合わせて読みたい記事

編集部のおすすめ記事

エンタメ アクセスランキング

急上昇ランキング

注目トピックス

Ameba News

注目の芸能人ブログ