チャレンジはいつの世も待たれるが、同時に懸念され、反対されがちだ。でも、誰かがそこに踏み出さねば次のステージには進めない。だからチャレンジは、世界が前に進むためには不可欠だ。『サムシング・エクストラ! やさしい泥棒のゆかいな逃避行』(公開中)は、様々なチャレンジが重なった映画である。まず、監督のアルテュスはフランスで有名なコメディアンだが、今作で監督に初挑戦。そして脚本・主演も務めている。つまり、映画の内容や評価に対して逃げ場のない状態だ。そんな中、アルテュス監督はさらなる挑戦を選んだ。この映画では主要キャストの大半を、一般からオーディションした知的障害のある人たちが占めているのである。
【写真を見る】監督のアルテュスは、障害者に扮してサマーキャンプに参加するパウロ役で主演も務める
■障害のある役を障害者の俳優が演じる「当事者キャスティング」
映画の冒頭、パウロ(アルテュス)とその父親(クロヴィス・コルニアック)が覆面姿で宝石店を襲う。うまく宝石をカバンに詰めることに成功するが、どうにもパウロの間が悪く、顔を目撃されたうえに、親子はすぐに警察に追われることになってしまった。追い詰められたパウロと彼の度重なる失態を責める父は、偶然見かけた、知的障害のある人たちがサマーキャンプに向かう貸し切りバスに乗り込むことを思いつく。パウロが障害者を、父がその介助者を演じてなんとかバスに紛れ込むが、元々折り合いの良くない親子の上にキャンプ参加者の障害特性に翻弄され、前途多難なサマーキャンプが幕を開けるのである。
このストーリー上、必然的に知的障害のある役がたくさん登場することになる。そのすべて11の役を、実際に障害のある人が演じているのである。
「当事者キャスティング」という言葉が日本で一般的になったのはここ数年のことだ。この言葉は世界的には「LGBTQの役をLGBTQ当事者が演じる」「少数民族の役をその少数民族の俳優が演じる」などという場合にも用いられるが、日本では「障害のある役を実際に障害のある人が演じる」という意味で用いられることが多い。
これまで、障害のある役は障害のない俳優によって演じられ、「まるで本当に障害があるかのように見える演技」が名演として評価されることも多かった。名作『レインマン』(88)でサヴァン症候群の役を演じたダスティン・ホフマン、『サムシング・エクストラ!』と同じフランスの大ヒット作『最強のふたり』(11)で脊髄損傷の役を演じたフランソワ・クリュゼをはじめ、障害のある役を演じて演技への評価をさらに高めた俳優は多い。その名演を否定するわけではないが、障害のある役を障害のない、いわゆる健常者である俳優が演じることは、障害のある人が俳優を目指す道を閉ざしてしまうという問題と背中合わせにある。そこで、障害のある人の演じる権利を侵害しないという面から、障害当事者の当事者キャスティングは世界的な潮流となってきているのだ。
■「彼らが彼らでいられるように」障害のある俳優たちの個性をキャラクターに宿す
この流れを大きく後押ししたのは、2021年の『コーダあいのうた』での聴覚障害のある俳優の起用と作品の高い評価だ。そしてその流れは、『ウィキッド ふたりの魔女』(24)で車いすユーザーであるネッサローズ役を子ども時代の事故で下半身不随となったマリッサ・ボーディが演じるなど、確実に新しいスタンダードとして引き継がれている。
『サムシング・エクストラ!』はその文脈にある映画とも言える。だが、同時にその枠を少し飛び越える、知的障害のある俳優に道を開く興味深い試みが行われているのである。
わたしはドラマ・映画・舞台の脚本家、また舞台の演出家として活動する傍ら、2022年から身体障害、知的障害のある俳優志望者に演技レッスンを行ってきた。その生徒からは、何名か映画やドラマ出演を果たす俳優が育っている。だが、知的障害がある俳優志望者にはその障害ゆえに限界がある場合も多い。セリフを一定以上覚えられない人、段取りを覚えるのが苦手な人、怒ったり泣いたりといった感情の演技はできるが、役の性格を自分とは変えられない人――それは障害ゆえの限界であり、「努力しろ」と言って済む問題ではない。ただし、俳優としてオールマイティではないが、本人にぴったりくる役に出会ったときのリアリティや独自の表現はとても魅力的なのである。できればそのぴったりくる役に出会わせてあげたい。それができれば世間に驚きと希望をもたらし、また、作品自体の感動に結びつくだろうという確信もある。だが、いかんせん、守備範囲の狭さは起用されづらさに繋がってしまう。育成に関わる側として、この限界との向き合い方には常に頭を悩ませてきた。
この問題に、アルテュス監督は『サムシング・エクストラ!』で一つの回答を出したのである。監督はまずストーリーの大枠を作り、その後、SNSで映画の企画について発表し、出演を希望する知的障害のある人を募ったのだ。そして約50名の候補者と面接して11名の出演者を選び、各人の特技やこだわり、特性を聞き出して役の設定に活かし、脚本を完成させた。ファッションとメイクが魅力的なマヤヌを演じたマヤヌ=サラ・エル・バズは実際に抜群のファッションセンスを持ち、劇中のメイクも自分でしているという。常に仮装しているボリスの衣裳も、演じるボリス・ピトエフの自前だし、魅力的な表情でパウロとの邂逅を演じているアルノー・トゥパンス(役名はアルノー)は、役の設定通り、フランスの国民的歌手・ダリダの大ファンだ。演じる本人の人生を落とし込んだ脚本についてアルテュス監督は、「彼らが彼らでいられるようにしたかった。それが敬意だと思うから」と語っている。
演じる本人の個性・人間性が落とし込まれたキャラクターたちは、脚本の中でフィクションの味付けを加えられ、出会い、恋をし、あるいはアクシデントに見舞われる。そこにはれっきとしたストーリーがあり、出演者はただあるがままの姿で存在するのではなく、その場面を演じているのだ。この、虚と実の混ざりあいが、絶妙なのである。
出演者たちは自分のある一部分が役柄に活かされることで、自分が肯定されていると強く感じたに違いない。そのことは、彼らの表情にあらわれている。そして、観客を幸せにする生き生きした表情を撮り切ったジャン=マリー・ドルージュのカメラ、効果的に重ねていくジャン=フランソワ・エリーの編集にも、出演者への愛情と仲間意識が溢れている。そのすべてが合わさり、この映画の魅力が生み出されているのだ。この表情を引き出すため、撮影時も障害特性に配慮し、「イヤホンでセリフを伝える」「アルテュスが先にセリフを言って答えることを繰り返す」など、本人に適した方法がとられたという。オールマイティを求められると負担になる出演者たちが、それぞれにできる範囲で努力することで映画が求めるクオリティの演技を見せているのである。
本作は、フランスで2024年の年間興行収入第1位を記録している。無謀と言う人も多かったと監督自身が語るチャレンジが多くの人を動かすとは、まさにこの映画自体に起きたことがドラマティックだ。日本でも多くの観客が、この新たなチャレンジを目撃することを期待している。
文/藤井清美
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