高市政権と移民問題の行方 「他人を信頼できる社会」が民主主義の下地に? 元国連職員が解説する日本の保守化

「核必要発言」が飛び出した18日、首相官邸に入る高市早苗首相(C)産経新聞社

高市政権と移民問題の行方 「他人を信頼できる社会」が民主主義の下地に? 元国連職員が解説する日本の保守化

12月26日(金) 15:50

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日本初の女性首相として高支持率を維持する高市政権だが、日中間の緊張、政府高官による核兵器保有発言など、外交問題が噴出している。

政策的には移民問題も大きな焦点だ。先日、テレビ番組内で日本保守党の北村晴男議員が移民について「国籍で絞る、というやり方もある」としたことに、実業家の堀江貴文氏が「差別主義」「最低の考え」と激高したことも話題になった。果たして保守とされる高市政権は、移民問題にどう向き合っていくのか?

元国連職員でロンドン在住の著述家・谷本真由美氏(Xでは“めいろま”としてフォロワー25万人)による新連載『世界と比較する日本の保守化』。第3回は、世界と異なる「日本の特性」と移民問題について考える。

◆高信頼型社会と低信頼型社会

連載第2回で日本の特性として他者と高い信頼関係がある「高信頼型社会(high-trust society)」について解説したが、アメリカの政治学者フランシス・フクヤマの指摘によれば、この高信頼型社会には日本だけではなく、ドイツや北欧諸国なども含まれる。

高信頼型社会は、社会資本の蓄積が存在するので実はこれが民主主義の下地となっている。

Values Surveys、Eurostat、OECD、国際通貨基金、世界銀行等のデータを使用して、各国の「他人を信頼するかどうか」というデータと豊かさの相関性を比較したデータによれば、豊かな国ほど高信頼型社会である傾向が高い。そしてそれらの国々はすべて民主主義国家であり、自由主義である。

なかでも最も信頼度が高いのは北欧各国であり、豊かさも飛び抜けているが、他人に対する信頼度も高い。

日本の傾向はアジアにおいては韓国とほぼ同程度であり、フランスやヨーロッパの主要国とほぼ同じである。

意外なことに、フクヤマの著書では「低信頼型社会」とされているアメリカも、近年のデータでは他人を信頼する人の傾向が高くなっている。

他人に対してあまり信頼度が高くないように見えるイギリスも、実は信頼度に関しては日本と大きな差がなく、経済レベルが似通っている欧州の他の国と似ているのである。

ポルトガル、ギリシャ、ルーマニア、スロバキア、セルビア、モルドバ、コソボといった国々は他人に対する信頼度がかなり低く、イラクやケニア、レバノンと大差ない。

この信頼度は、 他人全般に対しての意味であるが、広義な意味では社会の仕組み等も含んでいる。

つまり他人を信頼できるので、会社の雇用や雇用契約も信頼できる上に、政府の手続きや規制も信頼できる。いきなり仕組みがひっくり返る可能性が低いので、安心して仕事に取り組めるわけである。

また、このように他人を信頼できるという事は、その国の法律や規制に対しても信頼ができるということだ。

例えば、他人を信頼できるのであれば、政府の中にいる人々も信頼度が高いということである。
そしてこれは、契約や登記の仕組みが信頼できるということにつながる。信頼度が高い国だとそういった契約や登記というものがいきなり無効になってしまうことがまずありえない。 つまり、会や個人の資産がその国における仕組みによってきちっと保護されるということなのだ。

◆恐るべき低信頼型社会の実態

ところが、他人に対する信頼度が低い国ではそうではない。

例えば、私の知人にはスリランカの人がいるが、スリランカでは自分の家の敷地や庭をいきなり赤の他人に取られてしまうということが結構あるのだという。
ある日突然、赤の他人が自分の家に来て庭にいきなり線を引いたりロープを張ったりして、「ここは俺の土地だ」と言い張ることがあるのだ。したがって、この知人は海外に長期出張に行く際や旅行に行く際には、必ず親戚に家に来てもらって見張ってもらわないといけないと言っていた。彼は学者なのだが、そんなことだらけなので安心して学会に行くこともままならないのである。

さらに、これは私のガーナ人の知人の話であるが、家族がやっと家を建てたけれど、自分の家なのに親戚や近所の人に家を乗っ取られてしまうことがあるので、常に目を光らせていなければならないのだという。この知人自身はイギリスに住んでいたが、ガーナにある家が安全かどうかあまりにも信用ができないために、とうとう一家でガーナに戻ってしまった。

このように赤の他人や親戚による不動産の乗っ取りが発生するため、紛争解決が非常に大変なのだ。一応、登記や法律はあるにはあるのだが、裁判所や政府に解決を期待することができない。
しかも、なんと恐ろしいことにある日突然、政府が自分の家の真ん中に道路を通すと言い張って家をすべて破壊してしまうことすらあるのだという。

こんな調子なので、会社との雇用契約などあってもないようなものである。銀行にお金を預けておくのも恐ろしすぎるので、 経済力のあるガーナ人は先進国にどんどん移民してしまうのである。私有財産さえまともに保障されないので、政府に対する信頼度もほぼゼロに近い。そんな調子では、まともな政治などできないし、選挙も不正だらけでまともに機能していない。

ちなみに、私が仕事で住んでいたイタリアもガーナほどはひどくないが、日本に比べるとさまざまなことがまったく信用できない国である。

例えば、業者との契約書があっても契約を無視したり、契約通りにやらないことがかなりある。ちゃんと仕事をしてもらいたいと思うのであれば、業者は誰か知り合い経由で頼んだり、親戚でないと信用ができないのである。つまり、「赤の他人ならば騙されても仕方がない」という社会なのだ。

このように低信頼型社会では、「他人は信頼できない」ということが前提なので、例えば不動産を借りるのも日本よりはるかに困難だ。特に、外国人の場合は収入や雇用が保障されていてもなかなか借りることができない。
イギリスやアメリカであれば雇用先との契約や金融機関における貯金残高等がきちっとした証明になるので、借りるのはそれほど難しくはない。これが、他人を信頼できるかどうかの違いだ。

◆低信頼型社会から高信頼型社会への移民を考える

さらに大変興味深いのが、このような他人に対する信頼の水準というのは、なんと移民が移住先で経済的に豊かになるかどうかの指標にもなっているのである。

「Trust and Income Among Immigrants in Europe」という論文では、2002年から2022年までの欧州社会調査(European Social Survey)のデータを用い、第一世代および第二世代の移民を対象に、個人レベルの信頼度と出身国における平均的な信頼度の両方を調査している。

その結果、どちらの世代でも、他人に対して信頼度が高い国の出身者は、収入が高い傾向があることが判明した。特に第一世代は出身国の感覚を持ち続ける傾向にあり、それが働く場合の感覚にも適用されるので、職場での人間関係や仕事のやり方にも反映されている。一方、第二世代になると、親から受け継いだ他人に対する信頼度よりも、住んでいる国の制度や文化に根付いた価値観から大きな影響を受け、移民先が先進国だと、その国の他人に対する信頼の影響を受けることになる。

いずれにしろ他人に対して信頼度が高いと、個人のレベルでも経済的に豊かになりやすい、ということの証明であろう。

この研究によれば、社会的信頼というのは個人的な価値観なので、実は非常に安定的であり、政策によって変化しにくい。つまり「低信頼型社会」出身の移民が「高信頼型社会」の先進国に移民してきた場合、いち早く「高信頼型社会」の価値観を理解してもらい、それに沿って行動してもらうのが、移民自身も社会にとっても豊かになるための鍵だということである。<文/谷本真由美>

【谷本真由美】
1975年、神奈川県生まれ。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。主な著書に『世界のニュースを日本人はなにも知らない』(ワニブックス)、『激安ニッポン』(マガジンハウス)など。Xアカウント:@May_Roma

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