“早期解散”や“越年国会”の噂は泡のように消え、政局は静かな均衡へ戻った。しかし、その安定は本物か。ガソリン減税や年収ラインの引き上げという見せ場の裏で、防衛増税や利上げの気配が忍び寄る。短期的な小手先の成果が長期的な政治と経済の行方を曇らせるならば、それは歓迎すべき安定なのか――(以下、憲政史研究家・倉山満氏による寄稿)
「早期解散」「越年国会」「連立離脱」何も起きなかった
大山鳴動して、鼠一匹出なかった。早期解散だ、会期延長して越年国会だ、果ては日本維新の会の連立離脱だ、と無責任な意見が垂れ流されたが、何も起きなかった。
まず解散。自民党は権力を維持するためなら、やると決めたら如何なる手段を用いてでもやる。だから絶対に無いとは断言できないが、日程的に相当無理があるとは指摘しておいた(12月9日号)。だが常識で考えれば1月に選挙など無理がありすぎる。政界では、解散は遠のいたと見られている。
会期延長にしても、誰も年末年始を返上して国会審議などやりたくなかろう。国会議員は、一日に何件も忘年会新年会を梯子しなければならない。この時期に、選挙区を空けたい議員などいない。
衆議院の定数削減をめぐって、維新が連立離脱をちらつかせてまで実現を迫ったが、審議入りすらできなかった。結果、維新の吉村洋文代表が上京して高市首相と党首会談、一月からの通常国会で成立を目指すことで合意。
この過程で自民党筋からは、「強く言われても、できない話はできない」「そんなに連立離脱を言うなら、他の党と連立を組んでも良い」との声まで聴かれ始めた。
三年後の総裁選を見据えているのではとの観測も
維新の主張は「比例代表を中心に50議席削減せよ」だ。比例代表は少数政党に有利な制度。それをたった二週間で与党だけで決めたら横暴だ。さすがに最初から不可能な話だったのではないか。どうも、維新(の特に幹部)に疲弊しているようだ。
野党は、定数是正を求める維新と激しく対立した。政治改革を求める、政治活動費の廃止などの法案を通過させたが、正直まだやっていたのかの感がある。そこへ定数削減を出されたので、「政治改革と選挙制度の抜本改革が先だ」と野党が反発し、収拾が見えなくなっている。選挙制度を論じ始めたら、議員の身分に関わる事なので、一年や二年では済まない。もう高市首相は、いっそ三年後の総裁選を見据え、その直前に参議院選挙があるので、そこで衆参同日選挙をやるまで解散しないつもりではとの観測まで出始めた。我が国の憲政を浄化してくれるなら、大歓迎だが。
誰の手柄でも、減税が実現したのは素晴らしい
今度の臨時国会で、ガソリン減税が決まったのは喜ばしい。また年収の壁が178万円まで引き上げられた。最初に主張していたのは国民民主党だが、高市首相になってようやく実現した。誰の手柄でも、減税が実現したのは素晴らしい。
補正予算には、野党の公明党と国民民主党も賛成した。公明党の事情は知らないが、国民民主党はガソリン減税を与党が呑んだので、百点満点の予算でなくても賛成するとの理屈のようだ。
それはそうなのだが、こういう動きから、「自民党は、維新を切ってでも公明党や国民民主党で補えば構わないと考えているのでは?」との観測が飛び出る理由になる。
公明党は連立離脱してすぐに復帰だとさすがに恥ずかしいだろうし、国民民主党も今すぐ連立に入ると首班指名での動きは何だったんだろうかとなるが。
高市首相、増税派に舐められている
それにしても、黒幕の高笑いが聞こえてくる。高支持率の高市首相を立てておけば、申し訳程度の生活向上で、日本国民は騙されてくれると。「朝三暮四」のように。
朝三暮四とは、飼い主が猿に「餌を朝に三個で暮れに四個にしよう」と提案したら怒るので、「では、朝に四個で暮れに三個にしよう」と言い直すと喜んだとの寓話による。つまり「目先の餌に愚かな大衆が騙される」の意味だ。今回、「朝一暮零」にならなければよいが。零どころか、増税で巻き上げられて、マイナスかもしれない。
この原稿を書きながら、「防衛増税決定」の速報が流れている。そして正式決定前から「日銀の利上げ」がリークされ、既成事実化されている。高市首相、増税派に舐められている証拠だ。
なぜ増税反対の首相になって通る理屈があるのか
インフレ傾向だが、消費が伸びていないこの時期に利上げなど、日銀は何を考えているのか。利子が高くなると、お金を借りにくくなり、ただでさえ厳しい設備投資が、さらにできなくなる。片山さつき財務相は必死に日銀を牽制しているが、どこぞの経済新聞など切り取りで「財務大臣、利上げを容認」などと書き立てる。日銀の正式決定前にリークすれば、市場が織り込んで株価が下がらないとでも思っているのか。
日銀は日銀法で独立性があるので、政府には権限が無い。舐められたとしても、仕方がない。百歩譲って。
しかし、防衛増税は総理大臣が本気になれば止められる。なんなら、解散総選挙で信を問えば良い。
岸田・石破と二代の内閣で、増税推進の首相の下で、防衛増税を阻止してきた。なぜ増税反対の首相になって通る理屈があるのか。ところが、自民党は防衛増税を押し切り、維新も賛成に回った。これでは、先が思いやられるでは済まない。
「高市・長期・安定・中途半端・政権」が見えてくる
しかし、自民党には常に守護神がいる。無能な野党第一党だ。対中政策一つとっても、いかに高市自民党に不満でも、野田佳彦立憲民主党に政権を渡そうなどと考える日本人は稀だろう。これで株価と支持率が下がらなかったら、「高市・長期・安定・中途半端・政権」が見えてくる。就任早々ここまで舐められたら「高市内閣余命一年」と言いたいところだが、高市首相の頼みの綱は、一に無能な野党第一党、二に甘やかしてくれる世論。それでいいのか?
本欄は厳しく是は是、非は非と言い続ける。
高市内閣は内閣情報局創設はやりたいようだが、法案を一月に出して、七月から始動させるそうだ。かなりの対決法案になりそうだが。同時に通姓使用拡大法も出す。つまり夫婦別姓粉砕法案。さらに同時に皇室典範改正に取り組むらしいが展望は無い。この時期に皇室を放りだして夫婦別姓にトドメを刺しに行くセンス。
何を考えているのか。
締め切り間際に、案の定、日銀が利上げのニュースだ……。
【倉山 満】
憲政史研究家1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本中世史』(扶桑社新書)が発売後即重版に
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