【写真】「初めてライブで共演した日。山口さんはどこかにいっちゃった」
にぼしいわし・伽説(ときどき)いわしによる、日々の「しょぼくれ」をしたためながら、気持ちの「おかたづけ」をするエッセイ「しょぼくれおかたづけ」。
行った、私の大好きな先輩が、行った、あの舞台のその先に——。
今回はM-1グランプリ2025の敗者復活戦を制した「カナメストーン」と、いわしのお話です。
太陽のような先輩たちが、まるで15年かけて笑かしに来てくれたかのようなあの一瞬の物語に、いわしが感じたこととは?
■第18夜「敗者復活は、カナメストーン!」
無意識に固く握っていた両手はどんどん脱力し、私はソファにのけぞって体をあずけた。
「いったやん」
部屋に放たれた言葉は、一文字一文字に分裂しながら天井の蛍光灯にゆっくり吸い込まれていく。そのまま蛍光灯を見つめているとどんどんと視界がぼやけて目尻に涙の玉ができた。こぼれ落ちそうなくらい成長した涙の玉を拭こうと一旦起き上がり、ティッシュを取りに立ち上がる。一歩を踏み出すと先ほどまで無意識に全身の筋肉を収縮させていたことに気がつく。じんじん響いていく全身の筋肉の余韻に、自分のことじゃないのだから、少し落ち着けと思った。
2020年、中野区にある方南会館。私たちの出番の前が彼らだった。お客さんが狂ったように笑い、声がはち切れ、私はこの後に絶対に出たくないと強く思う。視界の隅に、私と同じ顔をした相方が見切れる。笑い声のせいでネタ合わせが何度も中断される。
何をしているんだ、何をしたらこんなにお客さんにウケるんだ。
袖の方に目をやると、2人が大爆笑している。機嫌直して、と笑い合っている。同じようにお客さんが大爆笑している。会館中にオレンジと緑のマーブルが充満し、舞台上の2人の一挙手一投足を、お客さんが待ち望んでいる。舞台袖にはたくさんの芸人がこぞって見に来ていて、同じように笑っている。
太陽にしか見えなかった。
私は、こんな太陽のような人たちから遠ざかって生きてきた人間だった。自分のことなんて信じられない、他人の方が正しい。自分がおもしろいと思ったことが、他人にとって違っていたら、真っ先に疑うのは自分だった。
2人を見ると、自分の未熟さが浮き彫りになって耐えられなかった。こんなにおもしろくて、こんなに優しくて、この世の全てを楽しみ尽くそうとする。規格外の明るさと、真ん中に通っているぶっとい芯を感じるたびに、自分がどんどんみじめに思えてくる。
「こんなふうに生きられたらいいのに」と、手を伸ばしても指先が掠ることすらできないような願いは、ずっと心に居座ってしまう。
とっても優しい2人は、もちろん私たちにも優しくしてくれた。初めて大阪でライブをしたときも、上京の報告をしたときも、THE Wに優勝したときも、ずっとずっと優しくしてくれた。
仕事でうまくいかないときは、「反省すんなよ」と声をかけてくれた。
私が理不尽な思いをしたときは、「マジでありえねえな!」と一緒に怒ってくれた。
THE Wで優勝したときは、顔を真っ赤にして泣いてくれた。
いつしか私は、この2人に会っても自分をみじめだと思わなくなってきた。それは底なしの明るさと無償の優しさが突き抜けていて、自分をみじめだと思う隙を与えないから。2人と喋れば、そのあとは必ず明るい気分になる、どんなに苦しんでいても前を向かせてくれる。
■「カナメストーン」はしょぼくれたこと、ある?
そんな2人だって、これまでのお笑い人生、絶対、しんどいこともあったと思う。しんどくなかったらごめんなさいやけど。でもこんな優しい2人だからこそ、しんどかったと思う。決勝に行きたい、優勝したいと毎年チャレンジして、夢破れてまた一年がんばる。賞レースにこだわることは、2人の理念には沿っていないかもしれない。いろんな声を聞いたかもしれないし、仲間の活躍に、悔しい思いを隠しながらも拍手をしたかもしれない。
今年でラストイヤーだった。いくら、2人でやる漫才が楽しい、俺たちがいちばんおもしろいと思っていたとして。そんな強い思いすらも揺るがしてくるM-1の前では、すべてを明るくなどは、乗りこなせなかったのではないだろうか。
いつも2人は、みんなに与えてばっかだ。
自分の明るさとおもしろさで、周りの人を幸せにしてばっかだ。
自分たちの抱える不安には、蓋をしている、見ないふりしているのではないか。
でも、これは野暮だった。
M-1ラストイヤーで敗者復活からの決勝進出。
私は思わず、「いったやん」と部屋に解き放つ。
初めて見た「機嫌直し」と同じ「機嫌直し」が、最高のタイミングで解き放たれた。
漫画の主人公のような2人が、漫画のような結末を得る。あまりにもシナリオができすぎている。やっぱり太陽やん。こんな人間って、この世におるんや。しかもコンビで。
そして、この日の、この喜びのために、2人の15年があったような気がした。最後のM-1で、最高の感動を持ってきてくれるための、何ひとつムダなことはないシナリオ。
人生を丸ごと使ってお客さんを魅了する、かっこいい15年だった。
「あそこで漫才してほしい!」
2人が決戦を終えた直後、私たちに送ってくれたLINEのメッセージ。
彼らが私たちに、真っ先にかけてくれた言葉。
わかりました。絶対します。私たちはあなた方のような立派な太陽ではありませんが、これから輝けるだけ輝いて、これまで与えてくれた2人に何か与えられるように頑張ります。
でもきっと、決戦の場所に行って、結果発表のときに思い出すのはきっとこの言葉じゃなくて、「手でやったM-1」だと思います。
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