人間の「本来の」寿命は38歳!? 生物学の視点から見た「寿命の正体」とは

人間の「本来の」寿命は38歳!? 生物学の視点から見た「寿命の正体」とは

12月21日(日) 8:52

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「人間の寿命は38歳で尽きる」。そう聞かされたら、あなたはにわかに信じられるだろうか。

平均寿命が80歳を超え、100歳以上の長寿者も珍しくない現代日本。しかし、生物学者・池田清彦氏によれば、人間が生物として本来持つ寿命(自然寿命)は、わずか38年しかないという。

では、なぜ本来は40歳前後で尽きるはずの命を、私たちはこれほどまでに延ばすことができているのか。そもそも、種の寿命はどのような仕組みで決まっているのか。そして、人類の「最終到達点」は何歳なのか。

池田氏に、生物学の視点から寿命の真実について教えてもらった。

※本記事は、池田清彦氏著『老いと死の流儀』(扶桑社新書)をもとに再構成したものです

人間の「本来の」寿命は38歳

「本来の限界」というのは、生物が本来持つべき寿命、つまり自然寿命のことです。人間の自然寿命は何歳かわかりますか?

実は38歳です。これを読んでいる人の中には、すでにこの年齢を過ぎている方もいるのではないでしょうか?

自然寿命の根拠は次のようなものです。遺伝子の上流には「プロモーター」と呼ばれる、遺伝子の発現をコントロールしている部位があるのですが、ゲノム(非コード部分も含めた遺伝情報の総体)がわかっている252ほどの脊椎動物に共有されている42個の遺伝子のプロモーター内のDNAメチル化のしやすさ度合いが、種の自然寿命と相関していることがわかったのです。

DNAメチル化というのは、DNAの特定の部位に「メチル基」と呼ばれる小さな化学物質が付加される現象のことです。通常は遺伝子にメチル化が生じると、遺伝子は機能しなくなります。

プロモーターがメチル化すれば、遺伝子の発現をコントロールする機能に不具合が起きるようになり、老化の原因の一つになります。

実年齢とイコールではない“生物学的年齢”もメチル化で推定できる!

メチル化は、DNAの上流からCpG(シトシン─リン酸─グアシン)と並んでいるCにメチル基が付着することで起きますが、CpGの密度が高いところではメチル化が阻害されることがわかっています。

そこでプロモーターのCpGの密度を調べると、密度が高い動物ほど自然寿命が長かったのです。

そうして推定された自然寿命はホッキョククジラで268年、ピンタゾウガメは120年、アフリカゾウは66年でした。

絶滅したケナガマンモスは60年、ネアンデルタール人やデニソワ人は37~38年で、ヒトも38年だったのです。ゴリラやチンパンジーもヒトとほぼ同じです。

ちなみに、自然寿命とは関係なく、ゲノム全体でDNAメチル化がどれだけ進んでいるかを測れば、その人の老化の度合い、すなわち生物学的年齢を推定することができます。

また、逆にメチル基がとれる「脱メチル化」が起こると細胞は若返ることが知られています。

細胞分裂の回数にも実は限界がある

種の寿命を決めるもう一つの根拠は「ヘイフリック限界」です。

「DNAは細胞核と呼ばれる重要な部分に収まっている」という説明をしましたが、もう少し細かく言うと、ヒストンというタンパク質に巻きつき、さらに折りたたまれてパッケージ化された状態で収まっています。

そのパッケージ化された構造が染色体です。

染色体の末端にはテロメアという構造があり、これは端を守る“キャップ”のような役割をしています。テロメアには生命維持に直接関わる重要な遺伝子は載っていないため、多少切れても致命的な問題は起きません。

ところが、細胞分裂を重ねるごとにテロメアは少しずつ短くなり、ヒトではおよそ50回ほど分裂するとテロメアがほぼなくなってしまいます。

これが、ヘイフリック限界と呼ばれる現象です。

短くなっても伸び続ける、がん細胞のテロメア

時にはテロメアを伸ばす働きを持つ酵素「テロメラーゼ」が活性化して、短くなったテロメアが再び伸びることもありますが、全体としてテロメアは加齢とともに短くなっていきます。

実はがん細胞は例外で、ここではテロメラーゼが常に活性化されているため、テロメアが短くなってもすぐに伸長され、いつまでも分裂を止めることなく増え続けます。

だから、がん細胞自体に寿命はなく、不死なのです。

植物の場合もテロメラーゼが働くのでテロメアの長さが保たれます。だから一般的に植物は寿命が長く、アメリカヤマナラシという広葉樹の一種などは1万年以上生き続けることができます。

けれども動物の通常の細胞では、テロメアが限界まで短くなると細胞は正常に働けなくなります。細胞分裂も止まり、新しい細胞をつくって古い細胞と入れ替えることもできないので、そのまま機能を失っていきます。

その結果、組織や臓器全体の働きが少しずつ低下していき、やがて命も果てるというわけですね。

ヘイフリック限界に達するまでの時間は組織によって異なり、組織ごとに細胞の寿命は異なりますが、大半の細胞がヘイフリック限界に達すれば個体は老化し、死に至ります。

うまくいけば迎えられそうな「最終到達地点」は何歳か?

2024年に厚生労働省から発表された最新データによると、日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳です。

つまり、自然寿命からすると40歳前後で尽きるはずの命を、すでに2倍以上延ばしているのです。

医療や衛生環境の改善、栄養状態の向上などによって、怪我や病気で命を落とす確率が大幅に下がっただけでなく、老化するスピードが遅くなっていることもその背景にあるのは間違いないでしょう。

しかし、だからといってこの先さらに寿命を延ばせるかと言えば、話はそう簡単ではありません。平均寿命はまだ少しずつ延びてはいますが、人類の「最大寿命」はほとんど変わっていないのです。

世界の歴代長寿記録は、フランス人女性ジャンヌ・カルマンさんの122歳164日ですが、カルマンさんは1997年に亡くなっているので、彼女の記録は実に28年間も破られていないことになります。ちなみに第2位は2022年に亡くなられた日本人女性の田中力子(かねこ)さんの119歳107日です。

現在公式に確認されている存命中の世界最高齢者はイギリス人女性のエセル・ケータハムさんの116歳(2025年8月時点)ですが、カルマンさんの記録に並ぶにはあと6年もかかることになります。

近年の医療の劇的な進歩の中で30年近く最高齢が更新されていないという事実は、カルマンさんの122歳というのがいかに奇跡的なレベルであるのかをよく物語っているのではないでしょうか。

100歳超は直近5年で2万人も増えたが…

なお、男性の場合、最長寿記録は2013年に亡くなった日本人の木村次郎右衛門さんの116歳54日で、こちらも12年間破られていません。

存命中の男性としては、記録が正しければ112歳を超えているブラジル人のジョアン・マリーニョ・ネットさんが最長寿ということになりますが、木村さんの記録に並ぶのにはあと4年、カルマンさんの記録に並ぶとなるとあと10年もかかります。

一方で、100歳以上の「センテナリアン」は確かに珍しくはなく、2025年9月1日時点の住民基本台帳によれば、全国で9万9763人に上ります。

2020年9月1日時点では、8万450人だったので、2万人近く増えている計算です。

とはいえ、「スーパーセンテナリアン」(110歳以上)となると一気にその数が少なくなります。2020年の国勢調査時点で日本のスーパーセンテナリアンは141人しかいません。

さらに、115歳以上を生きた人という点では、他界した人も含め日本では非常に少数で、これを超えた人数はごくわずかです。

つまり、どれほどの医療の進歩があったとしても、また、どれほど老化を遅らせることができたとしても、100歳を超えるあたりがかなり恵まれた「最終到達地点」と考えるのが、現実的な見方だと言えるでしょう。

〈文/池田清彦〉

【池田清彦】
1947年、東京都生まれ。生物学者。早稲田大学名誉教授、山梨大学名誉教授。生物学分野のほか、科学哲学、環境問題、生き方論など、幅広い分野に関する著書がある。フジテレビ系『ホンマでっか!?TV』などテレビ、新聞、雑誌などでも活躍中。著書に『世間のカラクリ』(新潮文庫)、『自粛バカ リスクゼロ症候群に罹った日本人への処方箋』(宝島社新書)、『したたかでいい加減な生き物たち』(さくら舎)、『騙されない老後 権力に迎合しない不良老人のすすめ』(扶桑社)など多数。Twitter:@IkedaKiyohiko

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