そもそも『BreakingDown』は持続可能なイベントなのでしょうか?
“不意打ちビンタ”でくも膜下出血に
事件は試合前日の公開計量で起きました。
計量後のフェイスオフで江口響がやるべしたら竜にビンタを食らわせ、倒れた竜が後頭部を痛打。くも膜下出血で入院する前代未聞の事態に発展したのです。
以前から喧嘩まがいの過激な演出が人気でしたが、とうとう一線を超えてしまいました。
当然ネットでは批判ばかりです。こうなる危険性がありながら放置してきた運営の責任を問う意見や、こんな犯罪スレスレの行為は子供には見せられないと憂慮する声もあります。
過激さを失えば成立しない構造
そこからは、『BreakingDown』を格闘技、スポーツとは認められないという世間の拒否反応があることがうかがえます。
しかし、乱闘や罵りあいを取ったら『BreakingDown』に何が残るのでしょうか?
安全性や公平性といった考え方は、そもそも『BreakingDown』の根本に反しています。ルール無視、法を破る寸前のすき間に、このイベントの妖しげな魅力があるからです。
そして、その原動力となっているものこそが、オーディションや試合前イベントでの突発的な事件なのです。
技術の向上や競技性のないただの殴り合いに意味合いを持たせられる付加価値は、このような猥雑なオマケの中にしか存在しないのですね。
運営介入という「自己否定」
確かに、大事になる前に運営が介入できるシステムを作るべきだという意見もあります。
しかし、そんなことをすれば、それはもはや『BreakingDown』とは呼べないでしょう。
なぜなら、人が死んでしまうかもしれないという可能性を煽り続けて、その状態を全会一致で黙認することが、人気の要因だったからです。
『BreakingDown』の終わりはすぐそこ?
ただし、過激な可能性は大きくなればなるほど具体的な結末にならざるを得ません、それは現実の死です。くも膜下出血という出来事は、それが限りなく100%に近付いたことを意味しています。
つまり、今回の一件は『BreakingDown』の終わりがすぐそこにやって来ていることも示しているのです。
ヤバいという可能性の余白がなくなった時点で原動力を失うコンテンツ。
『BreakingDowm』は、最初から短命を宿命づけられていたのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
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