この記事は「ワークスカーの生き残り|ランチアの伝説はここから始まった【前編】」の続きです。
【画像】RACラリー時代のアイテムは当時のまま。ランチア・フルヴィア・ワークスカーに乗る!(写真7点)
”1411”の現在
話を現代に戻そう。今日の舞台は、木々に覆われた英国ハンプシャーだ。この老兵は、年齢を美しく重ねている。1985年から、ランチアを集めた一大コレクションのスターとして、イタリアですごしてきた。当時、ベースとなったHFは”ファナローネ”(大きなヘッドライトの意を込めて)と呼ばれており、この1台は、いかにもラリーカーらしい2個のスポットライトを備える。バンパーはなく、フレアを装着したホイールアーチの下に、13インチのカンパニョーロ製ホイールを履く。ホイールについては、いくぶん力不足に見えるが、2024年にヒルクライムのヴェルナスカ・シルバーフラッグに出走して以来、手つかずの状態だ。RACラリー時代のアイテムは当時のまま、交換されていない。
車内は予想どおり殺風景だが、ロールケージが張り出している割には、想像していたほど窮屈ではなかった。メーター類の並ぶ小さな計器盤は、例によって大きなヴェリア製レブカウンターに占められている(明らかなレッドラインはなく、その位置に矢印がある)。対して速度計は、コ・ドライバーの右脛のあたりにあり、通常ならグローブボックスの扉がある位置に、ハルダ・トリップマスターを装備する。左足でのブレーキングがしやすいように横幅が2倍ある中央のペダルから、ハーネスに至るまで、すべてが徹底的に実用的だ。
始動すると、1.6リッターのV4エンジンが、あり得ないほど力強い音で目覚めた。ここから、五感への猛攻撃が始まった。48mm径の巨大なデロルト製キャブレターが派手な音を立てて空気を吸い込むと、いくぶん落ち着いて、アイドリングと呼べそうな状態になった。通行人が厳しい表情でのぞき込み、思わず謝りたい気分になる。もちろん、一瞬そう思っただけだ。私のアドレナリンは間違いなく高まっているが、まだガレージの前庭を出てもいない。クラッチをつなぎ、ギアレバーを左、次に下へ動かして、ドッグレッグパターンの1速に入れる。軽くあおると、フルヴィアは勢いよく発進し、車の流れに乗った。
このランチアは、ラッシュアワーのラインダンスには向いていない。車も不満げで、それを遠慮なく伝えてくる。だが、やがて横柄な通勤の車から解放されて、開けた田舎道に出ると、途端に生き生きし始めた。なんと凄まじいことか。一瞬で7000rpmに達し(リミットに指示されていた)、こちらの魂も高く舞い上がる。ギア比はヒルクライムに適した低めの印象で、瞬く間に加速する。思えば、車重もわずか900kgほどしかない。心底感心したのは、出力カーブに谷がないことだ。このV4をリビルドしたのは、スクーデリア・トリコローレのエツィオ・カンポリである。ローマ出身の職人で、ランチアとアバルトの世界ではチューニングの魔術師と崇められている。
1速で引っ張るとあっという間に45mphに達し、2速で60mphかそれを少し超える。その頃にはもう何も聞こえない状態だ。この5段トランスミッションは心地よく変速できるが、横方向の動きがほとんどないシフトゲートのため、1速から4速に飛ばしやすい危険性をはらんでいる。よくライフルのボルトアクションに例えられるタイプである。シフトアップとシフトダウンでダブルクラッチをするから、ますます賑やかになる。当時、ラリー仕様のフルヴィアを試乗した『Cars & CarConversions』誌は、「ギアチェンジには空手の突きのような力技が必要だが、その苦労に十二分に報いてくれる」と評している。たしかにそのとおりだ。
ただし、ステアリングはロック・トゥ・ロックが5回転で、想像以上にずっしりしている。低めの速度では、路面の轍に追従する傾向がかなり強いが、気にせず走り抜ければいい。慣れるにしたがって自信も増す。信じられないほど俊敏に反応するし、比較的重い分、ステアリングが正確なフィードバックを返してくる。素性を何よりも物語るのが、前輪駆動車という気がしないことだ。50年以上前の車に思えないのはいうまでもない。アンダーステア傾向がなく、どちらかといえばリアのほうが先に流れる。とはいえ、この車の限界は、豪邸が点在するエリアできちんと試せる範囲をはるかに超えている。
このフルヴィアは実に甘美な1台だ。独特のクセに慣れてしまえば、極めて扱いやすい。鞭打たれたときに本領を発揮する車だ。また、ラリー史の走る金字塔でもある。この車の重要性は、その成績だけではない(もちろん、たいへんな実績ではあるのだが)。それにも増して重要なのは、この車が象徴するものだ。フルヴィアは、ランチアがラリーで一時代を築く出発点となり、その時代は数十年も続いた。ランチアは、1993年にモータースポーツの最高峰から撤退したにもかかわらず、コンストラクターズタイトルの数で、いまだにトップに君臨する。フルヴィアがなければ、ストラトスも、037も、デルタS4も、デルタ・インテグラーレもなかっただろう。車体は小さいかもしれないが、フルヴィアの影は長く大きく伸びているのである。
1969年ランチア・フルヴィア・ワークスカー
エンジン:1584cc、V型 4気筒、DOHC、48mm径デロルト製キャブレター×2基
最高出力:158bhp/ 7200rpm最大トルク:19.9kgm/ 4500rpm
変速機:前進 5段クロスレシオMT、前輪駆動ステアリング:ボールナット
サスペンション(前):不等長ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピック・ダンパー
サスペンション(後):リジッドアクスル、半楕円リーフスプリング、テレスコピック・ダンパー、パナールロッド
ブレーキ:4輪ディスク車重:900kg最高速度:200km/h
編集翻訳:伊東和彦 (Mobi-curators Labo.)原文翻訳:木下 恵
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)Translation:Megumi KINOSHITA
Words:Richard HeseltinePhotography:Jonathan Fleetwood
取材協力:ニック・ベンウェル+デイヴィッド・グッドウィン(www.phoenixgreengarage.com)
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