(画像提供/エンジョイワークス)
12月15日(月) 7:00
空き家の数は右肩上がり。地方だけでなく、都内など都市部でもゴーストタウン化が進むエリアが散見されます。そんな状況を打破できるかもしれない地域再生の考え方があります。「なりわい住宅」。端的に言うと職住一体化をテーマにしたプロジェクトです。今回は、このテーマをもって、横須賀線でもっとも乗降客数が少ない田浦駅近くにあり、全住民退去から5年がたった市営住宅を生まれ変わらせたエンジョイワークスの取り組みと、この考えに共鳴し、チャレンジを決めた新しい入居者の声をお届けします。
74戸あった市営住宅群を、古くて新しい街に再生空き家や所有者不明土地の問題が年々深刻化している日本。全国の空き家の件数は2023年には約900万戸を超えており(令和5年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計(速報集計)結果)、このまま対策がなされなければ2038年には総家屋の3軒に1軒が空き家になるのではと言われています。
JR横須賀線・田浦駅から傾斜が急な坂道を登ること約10分。長浦湾を望む丘の上にあるのが今回の舞台「旧市営田浦月見台住宅再生プロジェクト」。鎌倉時代から、その時々の権力者からお月見を楽しめる場所として親しまれてきた歴史深い地域だったそう。その後、1960年に横須賀市により約70戸の平屋の市営住宅の団地が整備されましたが、徐々に老朽化と住民の高齢化が進み衰退。5年前の2020年に廃止となった後は建物がそのまま残され、いつしか「天空の廃墟」と呼ばれ、まさにゴーストタウンと化してしまいました。
困った市は、風光明媚なこの地のポテンシャルを活かした利活用を検討。廃止後の市営住宅を有効活用し、地域コミュニティを活性化するというテーマで事業者候補公募型プロポーザルを行ったところ、リノベーションや地域再生を手掛けてきたエンジョイワークスが参画に挙手。2024年1月に選定されました。
「はじめに訪れた際、こんな場所が眠っていたとはと驚き、横須賀らしい自然や眺望、昭和レトロな建物の佇まいに社員一同ポテンシャルを感じました」とは同社取締役/プロデューサーの松島孝夫(まつしま・たかお)氏。
このプロジェクトのテーマは「なりわい住宅」。この言葉の生みの親であり、物件や街の再生事業を手掛けてきたブルースタジオとも協業して手掛けたのが月見台再生プロジェクトです。
借りる条件は暮らしと事業を行う併用住宅として活用すること。市の除却により58戸になった昔の建物を補修、リノベーションしています。2戸を1戸にして借りる方もおり、現在の構成は47戸。当初から人気は高く、現在は数戸を残して借り手がいる状態になったといいます。
「なりわいをここでという条件はもちろん、ヴィンテージ&クリエイティブをテーマにした街を皆でつくろうというコンセプトを理解してもらうことを大切に、入居希望者とコミュニケーションを取りました。街全体に関わるテーマを重視することで、この街に新しい価値を生み出そうと。現在のところ非常に順調に推移していますね」(松島氏)
テーマの共有だけでなく、貸し出す建物にもこだわっているのが特徴です。改修に際し、暮らしと仕事、つまり、「なりわい」を行える建物になるよう、各住戸は統一した仕様に。全戸に共通の土間仕様を施し、既存の窓サッシの一部を共通の木製建具にすることで、住人、訪れた人たちともに統一感のある街並みを感じられます。さらに庭や通路など外部空間を活用しやすいよう、住棟間にはタープを掛けられるフックも共通仕様で設けています。
また、引き渡し時の仕上げレベルを3段階に分けて入居者が選べるようにしたことも特徴です。
レベル0~2の3種に分けた建物は、すべて外壁の傷んだ部分を補修し、内装をいったん解体してスケルトンに。
その上で、「レベル0」は、借り手が自分で自由に室内をつくり込めるよう、床や壁などの内装や設備がないスケルトン状態で引き渡し。
標準的だという「レベル1」は天然素材を使った床や壁を配置し、キッチン、トイレ、シャワーなどの水まわり設備とコンセント類を整備することで、すぐに店舗運営や住めるようにしています。
もっともグレードの高い「レベル2」では、レベル1に加えて外壁と天井を断熱施工。住まいとしての快適性を高めています。
家賃は月5万3000円(レベル0)~8万7000円(レベル2)。管理費は月5000円。5年の定期建物賃貸借契約が基本となっています。「新しくお店や事業を始めるにあたって、できる限りお金の面で負担が少なく、小さく始めやすくすることで、チャレンジに前向きになれる環境をつくりたかった」というのが同社の考えだそうです。
さらに街区には共用施設があり、入居者は利用料無料でお風呂やシャワーもあるサウナ施設やランドリー(有料)、ワークスペースが使え、駐車スペースも整備しており(※入居者用)など、暮らしやすい環境整備も注力しています。
こうして生まれ変わった月見台ではすでに多くの入居者がいます。今回紹介するのはそのお一人。こだわりのアイテムを取りそろえたセレクトショップ「éhn(エン)」のオーナー渡辺翼(わたなべ・つばさ)さんです。
もともと日本有数のセレクトショップBEAMS(ビームス)に勤務していた渡辺さん。約 11 年在籍し、店舗運営を経験したのち、バイヤーとして現在取り扱っている工芸品や家具、洋服などを仕入れる業務に携わってきたといいます。
「新しく自分が表現できる、自分なりの店舗を運営できないかと独立し、2025年7月にここでお店をオープンしました」
物件探しを行っているうちにエンジョイワークスのホームページからここを知ったといいます。
「最初に訪れた際に“ここだ”って思いましたね。今よりももっと整備されてなかったんですけど、この月見台独特の匂いを感じられたんです。長屋がポツンポツンって並んで、横須賀の海や山、風を感じて。新しい建物や街区を象徴する強いものは何にもないのに、なんとなくこの街の歴史を感じられたんです」と振り返ります。
初めての独立、店舗運営にチャレンジする上で、理想的な環境を見つけた渡辺さん。さらにこの月見台ならではの住戸プランも魅力的だったといいます。
「もともとヴィンテージ感ある建物で、できれば平屋やワンフロアのマンションでとは考えていたので、ここのプランは理想に近いものでしたね。僕は『レベル 1』プランを2戸借りました。1戸はメインの店舗スペース、つながっているもう1戸は、éhnオリジナルのオーダー家具なども並ぶ展示スペースとして使っています。水まわりもあることから、今後セカンドハウス的な居住スペースとしても可能性を感じています。自分のキャラクターとか特徴を出していきたいので、決められたものより自由度の高いものを。特に当店はヴィンテージ感に調和するアイテムも多いですし。そういう点では、店舗も居住スペースも自分やお付き合いのある家具屋さん達と一緒にタッグを組んでつくれたのも良かったですね」
さらに「初期費用が抑えられるのも魅力です」と語ります。
「例えば同じようなことを都内でやろうと考えたらそれこそ何百万、もしかしたら何千万円が必要になると思うんです。入居だけで 数百万円かかるところもありますし。そう考えると、初期費用もそうですし、毎月の家賃も現実的な範囲なので、若い人もチャレンジしやすいかなと思います」
渡辺さんが独立を決めたほぼ同時期に第一子が誕生。2つの意味で新しい生活がスタートしました。
「家族との住まいは近くに別にあるので、今はここに来てお店をやって、帰るっていう。セカンドハウス的に使っています。ベビーベッドも用意したし、土日祝日は娘もお店に出て看板娘として活躍してもらっています(笑)。こんなこともやっぱり大きな会社にいたらできなかった。タイミングが良かったのか悪かったのかわかりませんけど、すごく楽しく充実しています」と笑顔です。
「クリエイティブでフロンティア精神が強い方が多いなと感じています」と街区の印象を語る渡辺さん。
「僕は30代なんですが、20代30代といった同世代の方々も多くて、共通のテーマに惹かれて入ってきているので、異業種でも言語が共通というか、連帯感のようなものは感じます。
若者1 人じゃできないけど、ここに同じ目線で共通言語を話すみんながいるからここでやっていけるとかいうのはあるんじゃないかなと。これからコラボする展開も考えられるし、ワクワクする出会いがありそうな予感が持てる街なのかなと思うんです。
歴史深い環境を土台にしつつ、新しく生まれた街なので自分たちの色も載せられる。違うエリアから来られた方に『田浦の特徴って何ですか?』って聞かれた時に、この月見台の名前が出るようになってきたら、それが 街の新しい魅力になると思いますし、そんな街になっていったらいいな」と話します。
渡辺さんのセレクトショップ名「éhn」は、“ether(空気・空間)”と“naître(生まれる)”を重ね合わせて名付けられました。人と人・場所と人・モノと人が交わり、新しい気配が芽生える瞬間を大切にしているといいます。
古くて新しい街というテーマを形にしたようなお店と人がいる「月見台」。これからどんな街になるのか、この期待感こそがゴーストタウンをなくす光になるような気がします。
●取材協力
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株式会社エンジョイワークス
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éhn(エン)
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