(撮影:筆者)
12月11日(木) 7:00
ガスでも電気でもなく、太陽光の熱で調理する風変わりなレストランが、南仏マルセイユにオープンしました。ヨーロッパ初、そしておそらく世界初!一体どんな技術で、どんな料理が振る舞われているのでしょう?
エディブルフラワーをあしらった、イマドキの太陽光料理南仏、地中海の港町マルセイユ。温暖な気候と明るい太陽で、人々を惹きつける人気の街です。観光収入も好調で、今年2025年夏はコロナ禍以降最大と報じられました。いわば「フランスで一番ホットな街」マルセイユに、6月、太陽の熱(文字通りホット!)で調理するレストラン「ル・プレザージュ」(「前兆」の意味)がオープンし、話題です。太陽光調理は日本ではソーラークッキングと呼ばれ、個人レベルで取り入れられ始めている模様。太陽があるかぎりエネルギーは無限、無料、しかもCO2ゼロ!これは体験せずにはいられない、ということで7月のある日、ディナーを予約しました。
場所は、マルセイユの中心部・旧港エリアから、メトロとバスを乗り継いで約30分の内陸部。ディナーの目的地としては、正直やや不便です。実はこの一帯は、「テクノポール・シャトー・ゴンベール」と呼ばれる都市開発指定区域で、道路を含むまちの構造や建築が全てエココンシャス、持続可能性を追求しています。別名「青空の下の実寸大ラボ」。企業、大学、集合住宅、公共施設などが集合したまだ新しい街の一角の、素朴な畑に囲まれた木造建築が、目的地ル・プレザージュでした。
畑にはトマトやナス、トウモロコシなどのおなじみの夏野菜のほかに、私たちには見慣れない南仏の野菜もあります。ハーブ類はどれも雑草並みに元気で、さすが南仏という感じ。畑の中のスロープを上がり店の玄関にたどり着くと、創業者のピエール=アンドレ・オベールさんが笑顔で迎えてくれました。
「どのテーブルがいいですか?テラス、それとも屋内?」と、オベールさん。
散々悩んだ末に、オープンキッチンと一続きになった屋内のテーブルへ。
まずは自家製のコンブチャで乾杯。昆布茶、ではなくkombuchaは、紅茶ベースの発酵飲料で、欧米では「生きた飲み物」として昨今人気を集めています。70年代の日本では、「紅茶キノコ」の名称で一時流行したことがありました。コンブチャはスーパーでも売っていますが、地産地消を目指すル・プレザージュはもちろん手づくりです。
メニューを見ると、夏野菜のガスパチョや地中海マグロのタタキなど、季節のローカル食材をベースにした料理がずらり。どれも美味しそうなので悩みに悩んで選んだ結果、出てきた料理の味はもちろん、一皿一皿の洗練度に驚いてしまいました。パリの人気ビストロでサーブされてもおかしくない、美しく美味しい料理たちなのです。これを、太陽の熱でどうやってつくっているのでしょう?
「太陽光調理のシステムを見ますか?」
デザートを食べ終わったところで、オベールさんが声をかけてくれました。厨房のコンロを見せてくれるのかな、と喜んで席を立つと、まっすぐ建物の外へ移動。太陽光調理の心臓部は、厨房の真裏に設置された2台のパラボラ反射鏡でした。鏡でできたパラボラアンテナのような、大きな装置です。
「この鏡で反射した太陽の熱を、厨房のフィントップレンジに当てて、その熱でコンロを熱するという構造です。単純ではありますが、焦点は400度以上と高温で、どんな料理でも調理できるパワーがありますよ」
フィントップレンジとは、フランスのレストランでは一般的な調理器具。通常は電気やガスで熱を起こしているフィントップレンジの核の部分を、太陽熱で熱くする、という、確かにわかりやすい単純構造ですが、気になるのは火力の調整です。なぜなら太陽の熱は、ガスや電気のようにスイッチ1つで温度を上げ下げできそうにありません。厨房に戻り、フィントップレンジを見せてもらいました。
「そもそも、フィントップレンジには火力を調整するダイヤルのようなものはなくて、一枚の鉄板に高温の場所と低温の場所があります。鉄板の色を見るとよくわかると思いますが、黒くなっているこちらが高温。料理人は鍋やフライパンの位置を移動することで、火加減を調整するのです」
火口部が「五徳」と言われる丸い立ち上がりのあるコンロに慣れた私たちにはもの珍しいつくりの調理器具ですが、フランスのレストランの厨房ではプロ御用達の標準装備です。実はここにあるフィントップレンジも、中古品を業者に頼んで太陽熱調理用に改造してもらったものだそう。今のところ世界にこれ1台ですが、パラボラ反射鏡とセットにすれば、世界中どこでも、マルセイユに似た気象環境の土地であれば、導入は可能。しかもシェフにとっては、いつもと全く同じ使い勝手で料理ができるわけです。シンプルかつ実用化しやすいシステムだと言えそうです。
ル・プレザージュには太陽熱オーブンもあり、パラボラ反射鏡の1台はフィントップレンジ用、もう1台はオーブン用とのこと。この時すでに22時過ぎであったため、パラボラ反射鏡は明日の朝に備えた向きに設定されており、稼働はしていませんでした。
「毎日太陽の動きに合わせて、ハンドルでパラボラ反射鏡の角度を変えながら使用します」と、オベールさん。
そうです!太陽のない夜間、太陽熱調理はできません。曇りの日も同様です。そんな時はどうしているのでしょう?
「幸いオープンから今日まで、曇り等で調理できなかった日は一日もありませんでした。さすが太陽の街、南仏マルセイユですね。しかし悪天候の日や夜用に、従来の電気で稼働するフィントップレンジも厨房に備えています。つまり、太陽光用と電気用の、2台のフィントップレンジがあるのです。ル・プレザージュはまだ始まったばかりの手探り状態ですから、太陽熱一本でやってゆくことは得策ではありません。とはいえ、ゆくゆくは厨房から出る生ゴミでバイオマスガスをつくり、曇りの日のエネルギーをカバーしたいと考えています。現時点では、バイオマスシステムの屋根に設置したソーラーパネルで、館内の電力の一部を補っています」
料理は下ごしらえが命。煮たり、グリルしたり、日中の太陽が出ている時間にそれを済ませておくので、ディナーに必要な火力は最後の仕上げ程度、とも教えてくれました。
それにしてもなぜ、太陽光調理なのでしょう。実はオベールさん、シェフになる以前は、航空機関連の企業で働くエンジニアでした。仏国内だけでなくドイツやインドで働いたそうです。
インドにいたときに印象的だったのが、インドの寺院での食事風景だったといいます。
「インドの寺院では、100人以上もの僧侶の食事を太陽熱でつくっていました。太陽光調理は、実は歴史の長い調理法なのです」
この経験がきっかけになったのか、オベールさんは突如方向転換して調理学校に通い、シェフに転身。パリの星付きレストランやビストロで働いた数年後、2014年ごろから太陽熱調理のシステムを試作し始めたといいます。
「フランス国家統計経済研究所INSEEのデータによると、私たちのカーボンフットプリントの22%が食に関連しています。輸送距離の短いローカル食材を選ぶことでCO2を抑えることはできますが、調理に費やすエネルギー消費は変わりません。でも、もし太陽で調理ができたなら、エネルギー面で大変化があるはずです。太陽はいわば、無料のローカルエネルギーなのです」
シェフでありエンジニアでもあるオベールさんにとって、ル・プレザージュはレストランであると同時に、持続可能性を探る実寸大のラボなのでしょう。それも、眩い太陽の下の!
「ゆくゆくはレストランで使う野菜の5分の1が、敷地内の畑で自給できるようになるでしょう。ハーブやエディブルフラワーは、すでに100%ここで採れたものです」
ガラス張りの窓辺にあるグリーンも、実はプチトマトやバジルなど、食べられるものばかり。本当にここは実寸大のラボ、お客さんみんながその体験を楽しめる、参加型の持続可能性研究所だと言えます。
ル・プレザージュの敷地が「テクノポール・シャトー・ゴンベール」プロジェクトの一角にあることは、冒頭で説明したとおりです。このプロジェクトは、メトロポール・エクス・マルセイユ・プロヴァンス地域圏(※)が一致団結して推し進めるもので、国や欧州委員会から予算が充てられています。欧州委員会からは、2022年4月に選出された「2030年カーボンニュートラルスマートシティ」達成を目指す100の都市の1つとして、マルセイユにプロジェクト実行予算430万ユーロ(2025年10月17日のレートで約7億6000万円)が充てられました。
※メトロポールとは、フランス国内の大都市を統合したもので、課税自主権を持つ。メトロポール・エクス・マルセイユ・プロヴァンス地域圏は、エクサンプロヴァンスやマルセイユなど92の自治体を統合し、2016年に誕生した。マルセイユはその首都。
「2030年カーボンニュートラルスマートシティ」には377都市が立候補し、フランスからはパリやボルドーなど9都市が選ばれています。その1つにマルセイユがあがったことは、フランス国民にとって「意外」な出来事でした。
なぜなら、フランス第一の貿易港で地中海の玄関口でもあるマルセイユは、長年にわたり交通渋滞と大気汚染に悩まされてきたからです。フランスの国営ラジオFrance Infoは、2022年4月30日「(マルセイユにとって2030年カーボンユートラル達成は)大胆な目標だ。2022年2月のクリーンシティキャンペーンによると、マルセイユはヨーロッパで最も汚染された都市の第26位、フランスでは1位」と報じました。
しかし緑の党の議員セバスチャン・バルレが副市長に当選した2020年以降、マルセイユは自転車レーンの確保や植樹など、環境対策にコツコツと取り組んでいます。マルセイユ市長ブノワ・ペイアン氏がメディアに公表した通り、こういった努力への評価が「2030年カーボンニュートラルスマートシティ」選出につながりました。
そしてまた、マルセイユという地中海最大の港湾都市が、共通の問題を抱えている他の都市のモデルになることへの期待もあるようです。そもそも「2030年カーボンニュートラルスマートシティ」プロジェクトの発端は、地上の7%を占める都市部が、温室効果ガスの70%を排出していることを受けてのこと。2050年、ヨーロッパ市民の85%が都市部に暮らすと推定されており、都市部のカーボンニュートラル実現は、是が非でもクリアしなくてはならない課題なのです。さもなくば、ヨーロッパの環境に人は住み続けられるのか…?
欧州、フランス国家、地域圏、地元のアソシエーション等々、あらゆる規模のあらゆる活動家たちのノウハウ、行動力、そして予算を結集し、新しい持続可能都市づくりに余念のないマルセイユ。その甲斐あって、2024年3月に欧州委員会が発表した「2030年カーボンニュートラルスマートシティ達成に尽力した23の都市」の1つに、しっかりと選ばれています( European Commission(欧州委員会)公式HPより)。素晴らしい快挙です。
そんなマルセイユを舞台に、2014年からコツコツと試作し続けた太陽熱調理の導入を実現したオベールさん。次なる目標はなんでしょう?
「まずはル・プレザージュがお客さんに愛されて、レストランとして営業し続けることが一番の目標!(笑)
ここに至る第一段階として、夏季限定の太陽熱調理屋台『ガンゲット』を、2020年から昨年まで運営していました。ようやく正真正銘のレストランとして営業が開始したわけですから、今は多くの人にル・プレザージュを体験してもらいたいです。その後のことは、その後のことです」
ル・プレザージュのようなレストランが、他の国の他の都市に次々に誕生する未来を想像してみてください。庭で採れた新鮮野菜を、太陽の熱で調理する、ローカルに自立したレストラン。想像するだけで嬉しく、希望が湧いてきます。メルシー、オベールさん、フランさん!
●取材協力
Le Présage
Technopole Château Gombert
99, traversé de la Rose
1313 Marseille
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