ウクライナやパキスタンなど、「辺境」の国々で作られる映画作品に目を向ける配給会社がある。25歳で会社を起業した代表・粉川なつみ氏の遍歴、また大手の映画会社と渡り合うための「戦術」に迫った!
「辺境アニメ」を買う若き配給人の挑戦
ありふれた日常生活や恋愛を入り口にしながら、しかし見終わった頃にはその国の政治や戦争状況に思わず想像を巡らせてしまう。そんなアニメや映画を世界各国から見つけ出し日本に紹介し続ける女性がいる。配給会社Elles Films(エルフィルムズ)の代表取締役社長、粉川(こかわ)なつみ氏のことだ。現在は“パキスタン版ジブリアニメ”の国内公開を目指して奮闘を続ける彼女の素顔に迫った。
──映画に関わりを持とうと思ったきっかけは?
粉川:
もともと映画の美術監督を目指して大学に入ったんですが、小道具の制作会社でアルバイトをしてみたら早朝から深夜までの過酷な労働環境で。「実制作に携わるのは難しいかもしれない、だけど映画には関わりたい……」という思いから、アルバイトをしていた宣伝会社にそのまま入社しその後、中国系の配給会社に転職しました。
マンション購入用の貯金で配給権を買って、会社を退職
──’22年、25歳のときに会社を起業して、4年目を迎えられています。起業の経緯について、改めて教えてください。
粉川:
転職した時期、ウクライナのアニメ会社が制作した映画(※1)『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』に出合い、この作品の配給をしたい!と会社に掛け合いましたが許可が下りず……。マンションを購入するための貯金で配給権を買い、会社を辞めました。
──作品のどこに惹かれたのでしょうか?
粉川:
『ストールンプリンセス』は、騎士に憧れる青年が、悪の魔法使いにさらわれた王女を救う王道のプリンセスストーリー。ロシアのウクライナ侵攻を真正面から扱った作品ではありませんが、危険を冒して愛する人を守るために戦う主人公たちの姿が、現地で戦い続ける方々と重なりました。国際政治に強い関心があったわけではありませんが、この作品がウクライナの文化や芸術に興味を持つきっかけになってほしいと思ったんです。
──それで会社を辞めるという決断がすごいです。
粉川:
権利元に連絡を入れたところ、「アニメ先進国の日本で、自分たちの映画が上映されるなんて考えてもいなかったよ!」と大喜びされ、後に引けなくなったというのもありますけどね(笑)。そのときはもう版権を得るための借金もしていて、自分なりに使命感に駆られていた部分があったのかなとは思います。
「一人じゃ何もできない」と思うことが多くて
──映画の配給権というのは、一般においくらぐらいなのでしょうか?
粉川:
作品によってピンキリですが、今まで弊社が買ってきた作品は1万ドル(現在のレートで約160万円)が多いですね。『ストールンプリンセス』も似たような感じです。大金ですが、会社員の収入でも買えなくはない……額なんです。
──不可能な額ではないですが、すごい行動力です。
粉川:
今までダイエットや語学学習など、続かなかったことのほうが多いんですけどね(笑)。無謀に見えて、自分なりにシミュレーションはすごくしています。もし公開が無理だったら、他の配給会社に転職活動して「映画の権利を一本持っています」とPRするつもりでした。
──配給権はあっても、公開にはさらにお金がかかります。
粉川:
キャスト調達やスタジオ代など、吹替制作が一番お金がかかりました。それでクラウドファンディングもして、最終的に933万3105円もの支援が集まりました。上映で得た収益を、ウクライナの制作スタジオや映画関係団体にお渡しするという目的もありました。
──日本語吹き替え版では主人公の声優を、オーディション番組発のボーイズグループ「INI」(アイエヌアイ)の髙塚大夢(ひろむ)さんが務め、俳優の斎藤工さんがナレーションをしたことも話題になりました。
粉川:
髙塚さんのことは存じ上げてはいたのですが、詳しくは知りませんでした。でも、ラジオなどで聴いた声が、単純に素敵で。斎藤さんもまったくコネはなかったものの偶然街でお見かけする機会があり、こちらからお声がけしたところ、快く作品にご協力いただけました。
──同作公開後は、どのように事業を展開されてきたのでしょう?
粉川:
何本か作品を買い付けました。ただ翌年の公開は難しく、韓流アイドルのマーケティング業務などに携わっていました。
──当時と比べ、従業員も増えたとか。
粉川:
アルバイト2人、社員2人の計4人体制になりました。私は本当にミスが多く、たとえば劇場の入場者特典を40館に送るときに3館ぐらい漏れがあったり、「一人じゃ何もできない」と思うことが多くて。次回作に向け映画を買い付けた後で、お金もありませんでしたが、「何とかさせよう」と踏ん切りました。
ジブリを愛する監督が作った、長編アニメ
──そして今、新たに手がけるのがパキスタン初の長編アニメーション映画(※2)『The Glassworker(グラスワーカー)』です。
粉川:
この作品は初め、アニメ好きの方のつぶやきを通じて知りました。パキスタンに生まれて、もともとはプロのギタリストとして活動していたものの、スタジオジブリの作品に深く影響を受けたウスマン・リアス監督が自らアニメスタジオを立ち上げ、10年がかりで作ったものです。ジブリ作品と日本との親和性や、監督の経歴が刺さりました。あとは、この作品が戦争を扱っている点にも惹かれました。監督自身、「実在する国の物語ではないが、静かな政治的緊張が常にある地域で育ってきたことの影響は受けている」と話しています。架空の町の話だからこそ、全世界に戦争の悲惨さを伝えられる。少年少女の芸術を通じた心の交流と、戦争に引き裂かれていく人々の姿を描くストーリーも、日本人に響く内容だと感じたんです。
──配給権はどのように得たのですか。
粉川:
権利元であるフランスの会社と’23年末から交渉を始めました。当初提示されたのは、こちらの希望額の10倍ぐらい。「うちの希望額じゃないと無理です」と言ったら、だんだん下がっていき、7倍ぐらいになって。’24年3月の(※3)横浜フランス映画祭で、来日した担当者とお会いしてさらに交渉したところ「もうわかった、あなたの提示額でいいよ」と、ようやく納得していただけました。
──限られた予算の中で奮闘されているんですね。
粉川:
はい。我々は大手配給会社のように公開直前にCMをドンと打つ戦法が取れないので、作品の公開や宣伝にさまざまな戦術を駆使しています。クラウドファンディングもその一つ。作品の存在を知ってもらい、進捗があれば報告して、時間をかけて作品を応援してもらう狙いが大きいです。
──ウスマン・リアス監督とお会いしたことはありますか?
粉川:
もともとSNSなどを通じてメッセージのやりとりはしていたんですが、’24年8月の(※4)「ひろしまアニメーションシーズン」で監督が来日していて、初めて話しました。時間にも正確で、地道にやってきた真面目な方という印象です。
──同作はパキスタン初のアニメーション作品とのこと。同国で今までアニメ映画が生まれてこなかったのはなぜなのでしょうか?
粉川:
監督いわく「パキスタンでは芸術がお金にならない」そうです。そんな国を変えるために、最初はほとんど素人だった監督が絵コンテを描き溜めつつアニメータースタッフを育成し、クラウドファンディングなどもして一からアニメ制作会社を育てている途中なんですよ。
自分に裁量権がある働き方は楽しい
──エルフィルムズの作品は、国際的な問題を扱いながらも、エンタメ色をしっかり感じます。
粉川:
’26年1月30日公開予定の(※5)『クイーンダム/誕生』は、ロシア出身のクィアアーティストのドキュメンタリーです。ロシアではLGBTQ+の活動が禁止されていて、政府に逮捕されるリスクがある。物理的な危険があるなかで、家族に理解してもらえなかったり、大学を退学させられたりと、等身大の悩みを抱えている様子を描いています。今後は韓国でアイドルを目指していてうまくいかなかった子たちの作品なども公開していく予定です。エンターテインメントの中に社会性を込めるというのは意識していますね。映画って年間1000本くらい公開されていて、ヒットしなければすぐ忘れ去られてしまう。流し見される状況自体は簡単に変えられないとはしても、見る人々の記憶に残る映画を届けたいと思っています。
──まだまだ大変なことも多いとは思いますが、起業を後悔することはないですか?
粉川:
(即答で)それはないですね。自分が買い付けてきた映画を上映できて、それに対して反響もあって、裁量権が大きい働き方はやっぱり楽しい。何だかんだいって自分には結局、リスクを取る生き方が合っているんだと思います。
【Natsumi Kokawa】
1996年生まれ。映画配給会社勤務を経て、25歳でElles Films(エルフィルムズ)を設立。ウクライナのアニメーション映画『ストールンプリンセス』の功績が評価され、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2024を受賞した。現在は自社や他社映画の配給、宣伝業務などを行う
「ジブリへの感謝を込めた」ウスマン・リアス監督インタビュー
アニメ文化が存在しなかった国で、監督はどんな思いで『グラスワーカー』を作ったのか? インタビューの抜粋を紹介する。
『グラスワーカー』は、ジブリ映画から受けた影響を感謝を込めて表現した作品です。
幼少期にジブリ作品を初めて見て以来、宮崎駿監督や高畑勲監督作品らの繊細さ、感情の誠実さは、私の芸術性を深く形づくりました。ヒーローたちの足跡をたどりたかったので、私は『グラスワーカー』のすべての絵コンテを自ら描き、多くのシーンをアニメーション化しました。
パキスタンとインドやアフガニスタンとの軍事衝突は、インフラの不安定さや行政上の遅延など、作品にさまざまな制限をもたらしました。ただこれらの問題によって作品を作る目的意識が明確になりました。
「エルフィルムズ」の粉川氏から本作を公開したいと問い合わせが入ったときは、とても光栄に感じました。芸術における私の個性を形づくった国が私の作品を歓迎しているなんて、今までの人生のすべてがつながったように感じた瞬間でした。
この映画が、私が子どもの頃にジブリ作品から受けた感動のほんの一部でも与えられたなら、私が目指していたことは達成できたと言えるでしょう。
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(※1)『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』
ウクライナのアニメ。騎士に憧れる青年が、悪の魔法使いチェルノモールにさらわれた王女ミラを救う。日本では主役の吹き替え声優に髙塚大夢(INI)が起用され、公開時には俳優の斎藤工がナレーションを務めた
(※2)『グラスワーカー』
パキスタン初の長編手描きアニメーション映画。アヌシー国際アニメーション映画祭でワールドプレミア上映、アカデミー賞パキスタン代表作品に選出
(※3)横浜フランス映画祭
フランス映画を宣伝する団体「ユニフランス」主催のもと、神奈川県横浜市のみなとみらい地区を中心に開かれる、国内最大級のフランス映画の祭典
(※4)ひろしまアニメーションシーズン
広島県広島市内で開かれる。環太平洋・アジア地域を中心に世界のアニメが集う。アニメーション映画祭としては国内で唯一、アカデミー賞に公認されている
(※5)『クイーンダム/誕生』
TikTokなどで支持を集めるロシア出身のクィアアーティストが、将来の不安や自己との葛藤を抱える様子を描くドキュメンタリー作品。’26年1月30日公開予定
取材・文/中野慧撮影/小山幸佑翻訳/飯田涼太郎©Mano Animation Studios
【中野慧】
編集者・ライター。1986年、神奈川県生まれ。一橋大学社会学部社会学科卒、同大学院社会学研究科修士課程中退。批評誌「PLANETS」編集部、株式会社LIG広報を経て独立。2025年3月に初の著書となる『文化系のための野球入門 「野球部はクソ」を解剖する』(光文社新書)を刊行。現在は「Tarzan」などで身体・文化に関する取材を行いつつ、企業PRにも携わる。クラブチームExodus Baseball Club代表。
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