(画像提供/群馬県)
12月5日(金) 7:00
多くの公営住宅では、建物の老朽化や、住人の高齢化による地域活動の衰退が課題になっています。群馬県では、空室の多い県営住宅のワンフロアを改修し、公営住宅としては日本で初めて、シングルマザー向けシェアハウスとしての運営に乗り出しました。全7戸はこの2年ほど、満室の状態が続いています。行政が直接シェアハウスとして運営する背景と、その仕組みについて群馬県の担当者に話を聞きました。
住まい確保に支援を必要とする子育て世帯と、老朽化・空室が目立つ公営住宅2020年に実施された国勢調査によると、群馬県において住まいの確保に配慮が必要とされる子育て世帯、ひとり親世帯の割合は全国平均を上回っており、県内のひとり親世帯数は1万1931世帯です。
世帯数に占める子育て世帯・母子父子世帯(ひとり親世帯)の世帯数
さらに「群馬県住生活基本計画2021」では、群馬県全体の人口は減少が続く中、ひとり親世帯の数は増加傾向が続いており、2020年の県の総世帯数に占める割合は約2%と、全国の平均的な割合である1.6%よりも高くなっています。
一方で、群馬県が管理している県営住宅は98団地、9987戸です。群馬県の県土整備部によると「老朽化や空き家の増加、入居者の高齢化、自治会運営の担い手不足など複合的な課題を抱えた住宅も多い」と言います。さらに入居率は年々減少傾向にあり、2024年1月で75.4%(下表)、最新の2025年度は72.8%。空室が3割程度あることについては「老朽化による住宅性能の低下や、立地・間取りが現代のニーズと合わないことに加え、少子化や人口減少に伴う住宅需要そのものの縮小」が背景にあるそう。
特に若い世代は都市部の物件に申し込みが集中する傾向があり、郊外にある県営住宅では入居者の高齢化や、自治会運営の担い手不足などの課題を抱えています。
これらの課題を解決する方法の一つとして群馬県が取り組んだのが、老朽化した建物の長寿命化改善を実施する際に、ワンフロアをシングルマザー専用のシェアハウスとしてリノベーションし、募集することでした。
なぜ、公営住宅をシングルマザー向けのシェアハウスに活用することにしたのか。そのきっかけは、群馬県庁内で年1回行われる、若手職員が政策を提案できる「政策プレゼン」でした。群馬県生活こども部 こども・子育て支援課の近藤めぐみさんによると、過去にもこのプレゼンから部署をまたいで事業化されたものがいくつもあるのだとか。
「2016年当時、子どもの貧困と生活実態の調査を行い、県内の母子世帯の厳しい生活実態が明らかになりました。ちょうど老朽化が進んだ公営住宅の改修計画のタイミングと合ったこともあり、孤立しがちなひとり親の課題解決にシェアハウスとして活用するアイデアが、2017年のプレゼンで採用されたのです」(近藤さん)
空室となっている公営住宅の利活用として、民間に管理業務を委託したり、事業者側の負担で改修しサブリースしたりする方法は、最近他の自治体でも見かけるようになりました。しかし、この広瀬第二県営住宅のシングルマザー向けシェアハウスに関しては、運営・管理業務を主に自治体である群馬県の各部署と県の住宅供給公社が行っているのが特徴的です。
建物の改修、整備は住宅政策課、入居手続き等は群馬県住宅供給公社、そしてシェアハウス入居者の募集や運営、フォローアップはこども・子育て支援課とそれぞれ役割を分担しています。
「本事業は、職員からの政策提案をもとに県が主体となって実施したモデル的な取り組みです。生活支援や入居者間の調整といった運営上の特性を踏まえ、まずは公主体で責任をもって取り組むことが適切であると考えました」(住宅政策課)
公営住宅を「安心」「安全」に配慮してリノベーション。母子世帯が子育てしやすい環境にリノベーションによって、ベビーカーなどを運びやすいようエレベーター1機を新たに設置。外部から不審者が侵入しないよう施錠ゲートを設けるなど、古くなった公営住宅のワンフロアが、母子が安全に暮らせるシェアハウスに生まれ変わりました。
居住スペースも各住戸で施錠ができる玄関扉を設けてプライバシーを確保しているほか、ファミリーに必要な収納を用意。もともと独立型だった台所は、お母さんが家事をしながらでも子どもの気配を感じられるよう、LDKの間取りになりました。各世帯の居住スペースとは別に、ゆとりのある共有リビングもあり、入居者なら誰でも利用できます。
Before
After
入居対象となるのは、「中学生以下の第1子と同居する母子世帯」で、前年中の収入が公営住宅法施行令等で定める収入基準「収入月額が15万8000円まで(小学校未就学世帯等は21万4000円まで)」といった制限があります。
家賃は他の群馬県営住宅と同様の基準に応じて世帯の所得に応じて決定され、共有リビングの消耗品代や光熱水費は入居者が共同で負担。当初は第1子が小学生以下であることが入居条件でしたが、2022年からは入居者のニーズにあわせて第1子が中学を卒業するまで入居できるように変更しました。母子の安心と安全を守るため、たとえ親族であっても、高校生以上の男性は立ち入ることができない決まりです。
入居する母子世帯の多くは、入居時に母一人、未就学の子ども一人の家庭です。こども・子育て支援課の近藤さんによると「子どもの小学校や中学校の途中で学区が変わることを避けたいためか、一度入居した後は長く住み続ける家庭が多い」そうで、2023年5月以降、常に満室の状態が続いています。
「現在入居しているのは、小学生以下の子どもがいる母子7世帯です。やはり、改修したばかりで内装もきれい、民間賃貸住宅を借りるより安価で済む点、オートロックで安心というところが、人気の理由でしょう。
お問い合わせをいただいても、空きがないため、代わりに他の公営住宅などをご案内しています」(近藤さん)
別の家族同士が一定の共有スペースの中で暮らすので、シェアハウスの日々の暮らしにおいては、ある程度のルールが必要です。開設した当初はコーディネーターが間に入ってルール作りなどをサポートしていたものの、今は長く住んでいるシングルマザーが中心になって、ボランティアで水道光熱費を集めるなどのまとめ役を買ってくれています。
掃除当番など、生活上必要な最低限のルールは入居時に県が説明をして、確認書に目を通してサインをもらっているとのこと。住民間でたまに小さなトラブルがあった場合は、間に入って理解を求めることもあるそうです。
また、共有リビングをつくったのは、シングルマザー同士の交流が生まれ、悩みなどを共有して支え合えればという思いがありました。しかし実際は、開設後すぐにコロナ禍で人と接する機会が減ったこともあり、キッチンを個人で使うことはあっても、行政サイドが期待していたような住民同士の積極的な交流は、あまり進んでいない様子。ただシングルマザー同士が自然発生的にLINEを使って連絡を取り合っているなど、プライバシーを守りながら適度な距離を保って暮らしているようです。
群馬県では入居棟の1階に、住戸2部屋を改修してつなげた「地域開放スペース」を設置しています。学習環境が十分でない子どものための無料学習支援教室や、子ども食堂、高齢者の健康支援など、日替わりでいろいろなイベントが開催されることも。シェアハウスの入居者も、もちろん参加でき、お母さんが働いている間の子どもたちの居場所になっています。
広瀬第二県営住宅は団地内にシェアハウスを導入したことで、若い世代の入居が進み、団地に活気が生まれました。あわせて空き家の有効活用や地域開放スペースの整備により、高齢者も含めた多世代交流の機会が創出され、地域コミュニティの再生にも一定の効果が見られるそうです。
一方で、改修費用や運営の人的負担が大きく、さらに同じような取り組みを広げていくには課題があるとも。
こども・子育て支援課の近藤さんは「共有リビングの設置のほか、DV被害から逃げてきた母子の安全確保をするための設備投資がかかります。共同生活に伴うトラブル解消や支援の人的支援も必要」と、一般的な公営住宅よりも費用がかかることを課題としてあげています。
また建物を管理する県土整備部は「今後は、民間事業者も巻き込み、その普及支援にも前向きに取り組んでいきたい」とのこと。
これからは、民間とも連携、協力していくことで、空き家を活用した住まい確保に困難を抱える人の支援、地域活性化対策への広がりを見せるのかもしれません。
全国の地方自治体では部署をまたいだ横の連携がうまく機能していないという話を聞くことがあります。しかし群馬県では、住まい確保に困っている人たちへの支援、空き家活用や地域の活性化にも一定の成果を上げている広瀬第二県営住宅の取り組みが、庁内のプレゼンから実現し、部署間の横の連携を生み出しています。
さまざまな課題を拾い上げ、きちんと向き合い、県政に活かしていこうとする政策プレゼンの制度はとても興味深い取り組みです。行政でもこのような柔軟な発想を活かす仕組みが広がり、今後も多くの課題解決につながることを期待しています。
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