岡口基一元判事がSNSで行った、事件を論評する投稿がきっかけとなり、岡口氏は弾劾裁判にかけられ罷免判決を受ける。この事態を受けて退職金が全額不支給となったが、これを不服として岡口氏が審査請求を申立て、10月29日に最高裁は請求を棄却した。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「退職手当不支給処分の審査請求」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。
証拠ゼロで意図的に事実を捏造。最高裁による〝陰謀〟の顛末決定
裁判官は、時に結論ありきで事実を捻じ曲げることがある。その実例として、ある最高裁決定を紹介したい。といってもこれは、俺自身に降りかかった陰謀渦巻く決定と言っても過言ではないだろう。
標的となったのは俺のSNS投稿だ。最高裁のウェブサイトに掲載されていた女子高生殺害事件に係る刑事判決を紹介し、そのリンクを貼った俺の書き込みだった。
最高裁はこの投稿について「閲覧者の性的好奇心に訴え掛けて、興味本位で刑事判決を閲覧するよう誘導する意図で投稿したものである」との事実認定をし、俺を戒告処分とする決定をしたのだ。
しかし、この事実認定は俺を陥れるための恣意的な判断だったと言わざるを得ない。現職裁判官の実名のSNSアカウントで、そんな悪意ある投稿などするはずがないことはバカでもわかるからだ。
しかも、一連の手続きにはこの事実の証拠はなかった。それどころか、この投稿に関する証拠自体が一切提出されていないのだ。しかし、最高裁は何のためらいもなく事実を捻じ曲げた。それは、最高裁にはある狙いがあったからだろう。
裁判官となって以降、俺は若くして本(ベストセラー)を出してしまうわ、実名アカウントのSNSで自由気ままに情報発信するわ、最高裁から煙たがられていたのは間違いない。そのため、「裁判官村」で大事に温存されてきた暗黙のルールをことごとく無視する「不良裁判官」などクビにして当然、と考えていたのだろう。
幸い、最高裁にとって目障りな裁判官は、10年に一度訪れる再任時に拒否すればすぐに「クビ」にできる。俺のことも戒告処分にすれば再任拒否ができる。だから無理やり戒告にしたのだ。
俺が最近出版した『裁判官はなぜ葬られたか絶望の弾劾裁判』(講談社)にも詳しく書いたが、裁判所は事実を捻じ曲げることがある。ただし、判決文だけ読んでもそれはわからない。裁判記録を読めば事実認定が証拠に基づかないことがわかるが、簡単な作業ではない。
しかも、保存期間が過ぎれば裁判記録は廃棄され、判決の記載だけが「真実」として残り続ける。裁判官はそれを熟知している。
もっとも、事実を捻じ曲げることができるのは高裁と最高裁の裁判官だけ。地裁や家裁でやっても上訴されて覆されるだけだからだ。高裁は事実審の最終審であり、高裁の事実認定を法律審である最高裁は原則覆せない。
最高裁が俺の事件で意図的に事実を捻じ曲げたのは、戒告処分が単に戒告を受けるだけで、それ以外の不利益はない、という気安さもあったと思われる。
しかし、この事実認定は別の裁判所の判断に影響を与え、最高裁に“ブーメラン”のように跳ね返ってくる。それが、今回取り上げた、俺自身の「退職金不支給審査請求」を巡って最高裁が出した請求棄却の判断だ。
最高裁もあの事実認定が退職金の不支給処分まで行きつくとは思っていなかっただろう。しかし、結果的にそうなった。どういう経過を辿ったかについては、次回の本欄で詳しく説明したい。
<文/岡口基一>
【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
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