吉井和哉
12月4日(木) 18:00
Interview&Text:兵庫慎司Photo:横山マサト
2022年春。声帯ポリープの治療でしばらくライブ活動ができない、ならばその間にソロアルバムを作ろう、そこにドキュメンタリー監督が密着して映像を撮るのはどうだろう? その映像のサウンドトラック的な観点でソロアルバムを作ってもいいし、できあがったソロアルバムの特典としてその映像を付けてもいいし――というつもりで、エリザベス宮地監督の、吉井和哉への密着がスタートする。
最初にふたりは一泊二日で吉井の故郷・静岡に行き、母親や同級生、そして彼をバンドの世界に導いたボーカリスト、EROに会う。脳梗塞の後遺症でギターを弾くこともできないEROと吉井が、それぞれまたステージに立てるようになるまでを撮る、それがこの映画だ、という目標が定まったが、その半年後、吉井が喉頭がんであることがわかる。
2023年末のTHE YELLOW MONKEYの日本武道館での復活ライブは、リハーサルに入ったものの、とても最後まで歌えないため、中止に。4カ月後の東京ドームを決めたが、それまでに回復できるかはわからない。そしてEROも、回復の見通しが立たない状態で……という3年間を追い、EROの通う静岡の教会で、ふたりが一緒に演奏するシーンで終わる映画。
それが『みらいのうた』である。現実の結末を知っているから観ていられたが、そうじゃなかったら耐えられなかっただろう。撮る側も、撮られる側も、よくカメラを止めなかったな、と思う。その撮られる側=吉井和哉が、以下、インタビューに応えてくれた。
── 映画が始まってすぐ、まだ喉頭がんであることが発覚していないときに、「声帯が機能しないとこんなにつらいんだな、と感じています」とおっしゃっていますよね。そんなときに、ドキュメンタリーの密着撮影をOKしたのは、そもそもなぜだったんでしょう。
ドキュメンタリーってやっぱり、リアリティがあればあるほど面白い、と僕は思うので。トラブルっていうか、そういう要素が多い方がいいじゃないですか?
── でも、まともに歌えなくて苦しいときも、ずっとカメラが回っている、というのは――。
後半は……ドームのリハのときに、もう日にちが迫ってるのに声がもたない、という、あのときはちょっと隠れました、個室に(笑)。カメラ絶対下ろさないから。あの人の師匠、知ってる?
── はい、カンパニー松尾監督。
師匠がカメラを下ろさない人なんで。だから、カメラから逃れるには隠れるしかないわけ(笑)。でも……逆にカメラが回っていたから、助かった部分もたくさんあるので、精神的には。カメラが回っていない状態でがんを宣告されたら、たぶんつらいだけだと思うんですよね。で、東京ドームも、カメラが回ってるから決まったわけじゃないけど、なんかすごく自分の中ではリンクしてる。カメラが回っています、がんになりました、年末の武道館が中止になりました、じゃあ次、来年こそちゃんとドームをやりましょう、というのが。
── 声帯ポリープの前に、コロナ禍で一度ドームが中止になっているんですよね。
そう、だからその次のドームは、会社的にもなんとかやりたい。僕もやりたかったし、中止になったのが悔しかったので。っていうところで、そこにドキュメンタリーのカメラが回ってるっていうのは、言い方がすごく悪いけど、ネタが増えたというか。カメラが回ってることによって、吉井和哉っていう役を演じてるような気持ちにも、ちょっとなったし。この吉井和哉役の人はがんになります、そして東京ドームを目指すストーリーです――っていう感じだったのかもしれない。
── 宮地さんが、この撮影中でもっとも「うわ、どうしよう」となったのは、吉井さんからLINEで直接がんであることを告げられたときだったそうです。でもそこで吉井さんに「気にせず撮り続けてください」と言われて、何が起きてもカメラを回し続けよう、と、腹をくくれたと。
ああ、あの、最初にかかっていた喉の病院では、はっきりがんとは言われなかったんですよ。でも、看護師さんが大学病院に電話してるのがきこえて。「喉頭がんの患者さんなんですが」って言っていて、「ちょっと待ってちょっと待って、今なんつった!?」って(笑)。
── きこえちゃったんですね。
そう。でもそこの先生は「もしがんだったとしても、あなたは医療のレールに乗っかってるから安心してください」と。まだ初期の初期で、ステージ0みたいなもんなので、僕の信頼する放射線治療の大学病院を紹介しますから、って言われて。もうそれを信じるしかないじゃないですか。で、放射線って、33回受けるんですよ。しかも毎日で、土日休みなんですよ。毎日って言っといて土日休みなんです(笑)、病院の都合で。
このドキュメンタリーを回し始める半年以上前に、EROさんが脳梗塞で倒れて。で、僕のドキュメンタリーなんか面白くないから、僕の師匠であるEROさん、人間的にも面白い人だし、かっこいい人だし、彼も撮るのはどうか、と。彼がちょっと生活困難だったから、なんかしら援助ができるかもしれないということで、逆に宮地くんにプレゼンしたんです。で、そういうふうに撮影が始まって、僕ががんになったことで、同じスタート地点に立てた、って思えた。昔の僕の恩人であり、反面教師でもある、その人と同じステージにもう一回上がる。っていうのが見えたときに、宮地くんも、ふたりがネクスト・ステージに立つまでの話を完結させるっていう、おおまかなストーリーというか、なんかつながりそうな、星座が見えたんじゃないですかね。
── 吉井さんとEROさんとの交流は、ずっと続いていたんですか。
そうです。THE YELLOW MONKEYで最初に作った「ELEPHANT MAN」って曲があるの。それ音源化されてないし、ほんとに初期のコアファンしか知らないんだけど。それってEROに対して作った曲なの、実は。親へ別れの歌じゃないけど、「俺はちょっと旅してくるわ」みたいな決別の歌を、作ったぐらいだから。たぶん、EROの重さっていうのはあるんだろうね、僕の中に。
で、静岡に帰るたびに遊びに行って……THE YELLOW MONKEYがメジャー化していく中で、やっぱりたまにディスられるんですよ。「今度のは売れ線の曲だな」とか、「いいな、人気が出て、モテるだろ?」とか言われて。そういう言葉からいろんなニュアンスを汲み取って。「気をつけなきゃな」とか、「ここは負けないようにしなきゃな」とか、「ここは見返してやろう」とか。そういうのは、若いときはありましたよね。
── 宮地監督にきいたんですけど、編集が終わったものを観てもらったときに、吉井さんからも、青木さん(事務所社長/この映画のプロデューサー)からも、一切修正を求められなかったと。
そうですね。
──「ここは使わないでほしい」とか、普通あると思うんですが。
靴下だけですね、気になったのは。すごい安い靴下を履いてるのが映っていて「ダサいなあ」って。あと、空気が乾燥していて、顔の皮みたいなのが剥がれて服に付いていて、「汚いなあ」っていうのと。そのふたつだけ。
── それはさすがに言った?
言ってない(笑)。いや、普段から、なんでもかんでもチェックしないわけじゃないですよ? だけど、宮地くんが編集するときの品を、全面的に信用した瞬間があったから。「この人だったら何を撮られてもいいや」っていう。画がかっこいいし、画の繋ぎ方もいいし、どんなに自分がみじめな姿でも、意味がちゃんとあるというか。「ここは見せないとね」っていうふうに納得できる。品がいいからですね。
── 品がいい、というのは?
誤解してほしくないのは、ちゃんと批評性もあるし、ちゃんとその人の良さも隙も映し出すことに成功してる映画だと思うんだけど。でも、すごく品がある。下品になんでもかんでも撮りまくるみたいな映画もあるじゃないですか。それだったら「ここはちょっとまずいんですけど」って言いたくなったかもしれないけど、宮地くんはそこが絶妙な匙加減で。
あと、音がすごくいい。邦画で僕がいちばん気になるところが音なんですけど、最後の音調整がすごく良くて。『WILL』(東出昌大の狩猟生活に1年間密着した映画。2024年2月公開)を映画館で観たときも、音が素晴らしかったので。仕上がりが楽しみだった。
©2025「みらいのうた」製作委員会
── 日本武道館で復活すべくリハーサルに入る、声が最後までもたない、中止を決める。復活はその4カ月後の東京ドームにする、でもやっぱり思うように声が出ない、できるかどうかわからない――というさまが、そのまま撮られているじゃないですか。
うん。
── 我々は、最終的にドームをやれたことを知った上で、観ているからいいけど――。
雑でしょ、青木も(笑)。(映画の中の、吉井以外のメンバーとスタッフとのミーティングのシーンで)「声が出なくても、吉井さんがはけても、ライブは最後までやります。そうなったら払い戻しも考えています」とか言ってるじゃない? 「おまえ、また払い戻したら終わるぞ、この事務所」って思ったんだけど(笑)。
── コロナ禍以降、業界全体に、ライブの中止や延期って増えましたけど――。
いや、ほんとほんと。だからこそ……がんの前に、コロナでドーム2日間が中止で、払い戻ししたから、かなりの負債で、事務所は火のついた車になった。っていう認識はあったから、やっぱりやらなきゃいけなかったし、だからこそ、火事場のクソ力が生まれたとも思うし。最終的にはどんな手を使っても、やらなきゃいけなかったし。
── 最後の手段として、ステロイドを打つ、という決断をするシーンがありますよね。
いろんな病院も行ったし……だからもう、いろんな占いを受けに行く、恋する乙女みたいな状態ですよ。ほんとにマニアックに自分の状態を知らないと、死んでしまうし。間違ったことをされて、歌えなくなるのは最悪だと思ったし。とにかくもう、めっちゃ研究して、めっちゃ調べて、やらざるを得なかったから。でも……結局歌えなくて、ドームが中止になったら、どんなドキュメンタリー映画になってたかね?(笑)。なってないだろうね。
── お蔵入りでしょうね。
それでまた赤字ですよ。3年間カメラを回した宮地くんのギャラも払えず(笑)。
── 青木さんとしては、無理矢理にでもドームのスケジュールを切った方が、治る確率が上がるんじゃないか、と思ったんですかね?
はははは! かわいそうだろ、俺が(笑)。まあでも、やらなかったら、自分も先がないような気もしたんですよ。それがでかかった。自分もそうだし、事務所もそうだし、共倒れになりそうだと思ったから。で、静岡では、EROががんばってギターを練習して歌ってるし、っていうのもあっただろうし。
── 退くに退けなかった?
退くに退けなかった、というより、退きたくなかった。
©2025「みらいのうた」製作委員会
── 映画の中に、「死にたくない」という恐怖が、むしろがんになってからなくなった、という発言があるんですが。
いや……この映画の裏タイトル、『ばちあたり』でもあるじゃない? タバコもさんざん喫ってきたし。酒もさんざん飲んできたし。俺もEROも、ロックンロールという危険物の扱い方を、間違えてはいないけど、過剰摂取して生きてきたから。しょうがないんだな、って。
で、「みらいのうた」という曲が、親父が死んで50年経って、50年経つと人は0になるから、っていう区切りで作ったんですよ。で、0になって、じゃあ見守ってもらえなくなるんだな、誰にも頼らずに生きていかなきゃな、って思ってたんですけど、そしたらがんになったから。「ああ、やっぱりそういうことか」って、ちょっと思ったの。「おまえがしてきたことだよ、これが」みたいな。でも、「みらいのうた」っていう曲はもらったから、なんか感慨深いな、と思ったんですけど。
そういう意味では……周りの同世代のミュージシャンが、亡くなったりしていたから。チバ(ユウスケ/The Birthday)とか、櫻井(敦司/BUCK-TICK)さんとか、ISSAYさん(DER ZIBET)とか。
── 3人とも2023年でしたよね。
で、身内の人間もね、亡くなったりしてたから。そういう時代なのと、そういう年齢なんだ、ってことも考えて。あと、引退とかね。ローリング・ストーンズとかポール・マッカートニーのせいで、いつまでも転がり続ける、みたいな風潮があるでしょ、ロック・ミュージシャンは。冗談じゃないんですよ、ほんとは(笑)。
── 80歳を超えてもワールド・ツアーをやっているというのはねえ。
あの人たち、特殊だから。あんまり鵜呑みにしちゃいけない。逆に言ったら、最近のデイヴィッド・カヴァデールの引退宣言の方が、かっこよかったりするな、とか(2025年11月14日にWhitesnakeの公式YouTubeチャンネルで引退を発表)。オジーとか(オジー・オズボーン。2025年7月5日に最後のコンサートを開催した17日後に死去)。僕らがガキのときに観ていた、ロック・スターたちの人生の終わり方、いろんなケースが最近増えてきたでしょ。だから、続けることばっかりがかっこよさじゃないっていうのも、考えるきっかけになった。
── 引き際というものについても考えたと。
僕はもともとシンガーじゃなくて、「ボーカリストやめちゃったから、とりあえず歌うわ」だったし、自慢できる声でもないし、すごいスーパー・ボーカリストでもないから。いつまでもそれにすがってる必要があんのか? っていうのも考えたし。もっと裏方に回ったり、プロデュースとか……そういうこともやる人もいるじゃない? そういう意味では、一瞬、覚悟はしましたよ。引退も考えた。青木によく冗談っぽく言ってたけど、泣き言をね。「もう引退した方がいいんじゃないか」って。
── 最後に教会でEROさんと吉井さんが一緒に演奏するシーンは、いかがでした?
緊張しました、ベースを弾くのに(笑)。しかもぶっつけ本番だし。あと、本番で構成がコロコロ変わるから。映画の中でEROが、あの曲、「Getting The Fame」の、二番の歌詞がないとか言い出してるでしょ? あったんだから!
── ほんとにそうなんですか?
あった! レコーディングもしてるんだから。本人はしてないって言ってるけど、忘れちゃってるんですよ。でも、新しく作った二番がよかったので、忘れてくれてよかったな(笑)。
©2025「みらいのうた」製作委員会
<作品情報>
『みらいのうた』
12月5日(金) 全国公開
©2025「みらいのうた」製作委員会
『みらいのうた』予告編
公式サイト:
https://mirainouta-film.jp/
<リリース情報>
「甘い吐息を震わせて」
配信中
配信リンク:
https://yoshiikazuya.lnk.to/amaitoikiwo-furuwasete
<公演情報>
『吉井和哉 TOUR2025/26 ⅣⅣI BLOOD MUSIC』
12月4日(木) 神奈川・KT Zepp Yokohama
12月13日(土) 愛知・アイプラザ豊橋 講堂
12月19日(金) 京都・ロームシアター京都 メインホール
12月28日(日) 東京・日本武道館
1月15日(木) 東京・Zepp Haneda
1月20日(火) 福岡・Zepp Fukuoka
1月23日(金) 愛知・名古屋COMTEC PORTBASE
1月27日(火) 大阪・Zepp Osaka Bayside
1月31日(土) 宮城・SENDAI GIGS
https://w.pia.jp/t/yoshiikazuya-tour2526/
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