このふたりの脳内ではすさまじい戦争が発生している。「脳内戦艦サナエ」は「脳内習帝国」とどう戦うのか......(写真:時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――11月21日に配信されたこの連載の記事(【#佐藤優のシン世界地図探索136】脳内戦艦サナエ、出撃!<vsトランプ大統領戦を解説>)が首相官邸に到達したというのは本当ですか?
佐藤
官邸関係者の何人かはこの記事を読んでいます。怒っている感じではなかったですね。「佐藤さんがそう言っているのはわかる」と納得していました。この状況で、高市(早苗)首相をどう支えていくのか、守るのかが官邸官僚の仕事ですから。
――そりゃ大変ですね。
佐藤
鈴木宗男さんもこの記事に関しては「全然問題はない」とおっしゃっていましたよ。
――おお、自民党の鈴木先生からも素晴らしいリアクションが。他にも着弾していますか?
佐藤
複数の国の関係者より「週プレの記事は翻訳して送った」と聞きました。皆、結構よく読んでいて、「なるほど、これは高市首相の観念の世界で起きていることで、リアルな話ではないから解決大変だな」と言っていました。
――「シン世界探索」が「シン世界配信」となっていると。
佐藤
そうですね。それで、高市さんは、自分の言ったことを絶対に撤回しない主義ですよね?
――はい、おそらく。
佐藤
日本は中国と事を構えるつもりはありません。しかし、お互いの誤解を解くことができるような信頼関係が日中間で構築されていないので、状況が悪化するのが早過いんですよ。
――確かにあっという間です。ここからはどう対処すれば?
佐藤
まず、在大阪中国総領事館に対して怒っても意味はありません。あの発言は居酒屋でのおしゃべりと同じ。領事館の仕事は自国民保護ですからね。
中国総領事はこれだけ怒っている、というメッセージを伝える仕事をしているんです。そのため、中国は国連に書簡を出して、この問題を国際化したということです。
――その書簡では高市氏の答弁を「日本の侵略を受けたアジア諸国への公然たる挑発」としています。そして、国連総会の公式文書として全加盟国に配布されてしまうと。
佐藤
高市首相の発言を撤回させるのというのが、中国の国際公約になってしまいました。さらに「日本が戦争したいと考えるならばこっちもやるぞ」といった内容の発信をしていますからね。
――すさまじいヤバさです。
佐藤
しかし、高市さんの脳内では、鹿が蹴られたり、戦艦が走っているわけです。同じように、結局は習近平国家主席の脳内で何が飛んでいるかはわかりません。
だからこれは、高市さんと習近平の間の「脳内戦争」なんですよね。客観的な事実に基づいているわけではなく、脳内のイメージで始まっているんです。
――相手の脳内を見ることができるのは、SF小説の中だけですよ。
佐藤
中国政府関係者は今回、習近平の脳内にファインチューニングして、脳内を喜ばせることをやっています。つまり、習近平の脳内劇場に中国人の役者が出てきて、習近平のウケを取るために色々とやっているということです。
そこで、日本を悪く言えば言うほど、習さんが喜ぶとみな思っているから色々とやるわけですよね。だから、日本攻撃競争が勃発していて、日本産海産物の輸入は止まるし観光客は日本に行かなくなる、と騒ぎ立てるわけです。
――大変な事になっています。
佐藤
この観点からすると、訪中した外務省局長は仕事をしていないということになります。
――その結果、中国外務省アジア局長が両手をポケットに突っ込み、威張り散らし、日本外務省局長の頭を下げさせている、という映像が流されるんですね。
佐藤
そうです。中国のアジア局長は日本外務省局長なんか相手に交渉していません。習近平に見せるための仕事をしているのです。
外務省はそれがわかってないだけです。首相官邸だけが事柄の本質をよくわかっています。官邸はどんな状況でも高市さんを守らないといけないから、大変なんですよ。
――しかし、中国のヒートアップ加減はすさまじいですよ。
佐藤
新華社通信のトーンが、朝鮮中央通信のトーンになりましたからね。特に王毅外相が「言ってはならないことを発言し、触れてはならないレッドラインを越えた」と言っただけでなく、続けてこんな発言したようですね。
《中国は断固として反撃しなければならない。これは中国の主権と領土の完全性を守ることであり、血と命によって勝ち取った戦後の成果、そして国際的正義と人類の良心を守ることだ。》
――これ、最後通告じゃないですか?中国と日本の勘違いから戦争になる可能性がありませんか?
佐藤
その可能性は十分あります。しかし、外国から言われて国際問題にされたら、今度は日本が逆に高市答弁を撤回できなくなります。国家には国家のメンツがあるからです。
――「脳内戦艦サナエ」はどう戦えばいいのですか?
佐藤
いまのところ、支持率も横ばいですし、高市首相は戦艦発言で基盤が強まったと思っているでしょうね。
――しかし、ですよね。中国空海軍は推定2000機以上の戦闘機を保有し、核弾頭は計600発。さらに日本全域を射程する中距離ミサイルは1250発もあります。このミサイルには核弾頭搭載可能ですよ。
佐藤
いや、大丈夫ですよ。小泉(進次郎)防衛大臣は、護衛艦を駆逐艦に言い直して、自衛隊の階級名の変更にも意欲的です。そうすれば、いままでなかった潜在力を引き出せる、必殺の技が出せるという考えですから。
――それは大日本帝国陸軍の戦陣訓であります。「靖国で会おう」と言い、特攻隊に行かれた方たちは、己の命を国家に捧げることで永遠の命を得るとしていました。
佐藤
そうですね。日本帝国陸海軍の伝統が蘇(よみがえ)ってきているわけです。
――負け戦じゃないですか。「脳内戦艦サナエ」の必殺技は出ないのですか?
佐藤
国政選挙を2回ぐらい勝ち抜けて権力基盤を整え、政権が潰れない状態を作ることですね。そして、中国が付き合わざるを得ないとなれば、大丈夫かもしれません。
――すると、「脳内戦艦サナエ」は伝家の宝刀「衆議院解散権」を2回抜いて選挙に連勝すれば、中国は考え方を変えるのですか?
佐藤
可能性はあります。だから、強くなるしかないんです。
――しかし、いま選挙をやっても2回連続で自民党は勝てるのですか?
佐藤
厳しいと思いますよ。高市さんは75.2%と高い支持率ですが、自民党自体は27.6%ですからね。
――この連載の過去記事では、北朝鮮の核兵器は、きちんと日朝交渉すれば怖くなくなると......。
佐藤
はい。しかし、いま話している日中はリアルな実態の話ではないですから。
――高市vs習近平の脳内戦争、ということですよね。
佐藤
そう、脳内の話です。
――11月24日にトランプと習近平は電話会談をしました。その翌日にトランプは、高市首相と電話会談しています。これはトランプの介入ではないのですか?
佐藤
トランプは中国寄りで、「商売にならないからやめろ」と言ったんでしょうね。一方、米露関係は基本的には良好で、私が言った通りですよね。
――はい。米露は大の仲良しです。
佐藤
そして、アメリカのウクライナに対する対応はハマスに対する対応と同じですね?
――はい。あ、ちょっと待ってください。すると、対中国関係で、日本はウクライナと同じ扱いをアメリカから受ける可能性がありませんか?
佐藤
そのリスクがあります。米国からすれば「うちの世界戦略を妨害せず、中国と喧嘩しないで仲良うやってくれんか」という感覚でしょうね。
――そのお言葉は、映画『仁義なき戦い 代理戦争』の名台詞ですね。弱小組に属する菅原文太が神戸の巨大暴力組織に呼ばれて、「仲良うやってくれんか」と和解を促させるシーンと同じなんでしょうか?
佐藤
はい。米露、米中は対等の「組同士」だから手打ちになります。しかし、日中は対等ではないので、手打ちになりません。日本にできるのは、泣きを入れることです。
――「脳内戦艦サナエ」は前言撤回しない、航路変更不能であります。これでは『亡国のイージス』ならぬ『亡国の脳内戦艦サナエ』となってしまいます。高市首相が辞任すれば、中国は矛を収めるんですか?
佐藤
それは収まりますよ。しかし、そういうわけにはいかないでしょうね。中国があそこまで強圧的に日本に仕掛けてきて、日本は逆に言いなりになるわけにいきません。ここまで言われたら、突っ張らざるを得ないんです。
――では、トランプから言われたから下がるというのは?
佐藤
それはあり得ます。ウクライナと同じで、米中利益のために下がるわけですね。だから、今日のウクライナは明日の日本となります。米国は自分の利益だけを追求していますからね。
――すると、いま習近平主席の脳内は幸せ色でいっぱいでしょうね。待っていればいいだけですから。
佐藤
そういうことですね。
取材・文/小峯隆生
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