今年1月、「ナチュラル」の関係先を家宅捜索する警視庁の捜査員。この時点では、まさか身内に内通者がいるとは、思いもよらなかっただろう
日本最大の警察組織である警視庁が揺れている。国内最大級のスカウトグループに捜査情報を漏らしたとして、地方公務員法(守秘義務)違反の疑いで同庁暴力団対策課の警部補が逮捕されたのだ。
このスカウトグループ「ナチュラル」は警察庁が摘発に注力する「匿名流動型犯罪グループ(トクリュウ)」との接点が指摘されるグループ。逮捕された警部補は、このグループ側にメンバーに関する捜査情報を漏らしたとされる。
いわば、「マル暴」と呼ばれる暴力団捜査の担当刑事と組織側との癒着が明るみに出たわけだが、実はこうした「黒い交際」が発覚するのは今回が初めてではない。「反社」と「マル暴」との間の危うい蜜月関係は、これまでも連綿と続いてきた歴史がある。
【捜査員にまさかの内通者】
「組織に対する裏切り」。警視庁幹部は11月12日の逮捕を受けた記者発表の場でこう吐き捨てたという。地方公務員法違反でこの日、逮捕されたのは同庁暴力団対策課の警部補、神保大輔容疑者(43)。逮捕容疑は、捜査対象となっていた「トクリュウ」の関与が疑われる「ナチュラル」の関係者に捜査情報を漏らした疑いだ。
「神保容疑者は2023年から25年4月までナチュラルの捜査班に籍を置いていました。暴力団捜査を手掛ける、いわゆる『マル暴』になったのは2020年から。暴力団関係者と接触して情報を取るマル暴の捜査手法に順応し、その手腕が認められて捜査班に抜擢されたのです。
警視庁は衰退の一途を辿る暴力団にかわって台頭してきた『トクリュウ』の摘発に本腰を入れる警察庁の方針を受けて10月から組織犯罪対策部を廃止し、新たにトクリュウ捜査に特化した捜査部門を立ち上げたばかり。そのトクリュウの大型摘発事案の第1号になるはずだった今回の事件で身内の不祥事が明らかになったのは、捜査幹部にとってまさに痛恨の出来事だったといえるでしょう」(大手紙社会部記者)
ナチュラルも根城としていた新宿歌舞伎町。風俗店と警察の癒着も長らく囁かれてきた街である
神保容疑者の自宅への家宅捜索では、出所不明の現金900万円が押収されていたことも明らかとなっている。まさに「ミイラ取りがミイラになる」の故事を地で行く事態となったわけだが、捜査対象との不適切な関係が問題になったのは、今回の事案だけにとどまらない。
警視庁を含めた警察組織の歴史を紐解いていくと、「反社」の側に取り込まれて闇落ちしたマル暴の例は枚挙にいとまがない。
【あの地面師事件でも「癒着」】
たとえば、動画配信サービス「Netflix (ネットフリックス) 」でシリーズ化もされたドラマ「地面師たち」のモデルとなった事件でもマル暴の暗躍が取りざたされた。
「2017年に大手住宅メーカーの積水ハウスが地面師グループに55億5000万円をだまし取られた詐欺事件です。事件の発覚直後、犯人グループの中核にいた詐欺師と通じている警察官の名前が浮上し、内偵捜査まで行われていたことがあったのです」(前出の社会部記者)
かりにその警察官の名前を「A」としておこう。このAと件の地面師グループを結びつけたのは、会社乗っ取りや株価操縦などアングラな取引に関与する、ある「事件屋」だった。商売柄、財界の要人や暴力団幹部など、表から裏まで豊富な人脈を持つ事件屋のもとにはいつも事件のネタが転がり込んできていた。Aはその事件屋をネタ元にして複数の事件を仕上げ、警察内部での評価を高めており、2人の関係はさながら「鵜」を操って漁をする「鵜飼い」の関係のようなものだったといえる。
地面師グループの中核にいたのは、バブル期からその事件屋と同種の生業をして裏と表を行き来する「名うての詐欺師」。事件屋を介して、その詐欺師と知り合ったAは事件の前後から抜き差しならない関係になっていったという。
Aを知るマル暴OBが内幕を明かす。
「Aはネタを引く技量は確かにあったが、かねてから相手の懐に入りすぎると危ぶまれてもいた。暴力団との交際の噂が根強くあり、警視庁もマークしていた大手芸能事務所の代表とも親しい間柄だったり、とにかく危なっかしい男だった。
積水の事件では、逮捕された詐欺師がAとの関係を取り調べで暴露して、警視庁内で内偵捜査を受けたという話だ。結局、表だって処分されることはなかったが、その後、交友関係が問題視されてマル暴の看板である本庁の『四課(当時の組織犯罪対策4課)』から外された。事件にはならなかったものの、いつ不祥事としてマスコミに書かれるかって冷や冷やしていたよ」(マル暴OB)
2012年の六本木クラブ襲撃事件などの勃発を契機に、警察庁が暴力団に替わる組織犯罪に位置づけた「準暴力団」、いわゆる「半グレ」との交際が問題視された刑事もいる。
「問題の刑事は、六本木クラブ襲撃事件などで名前が上がった準暴力団『関東連合』のメンバーから自著で黒い交際を告発されたほか、別の半グレグループから金銭をもらっていた疑いで内偵捜査を受けたこともあった。内々の処分で終わったが、この刑事もAと同じくマル暴として仕事はできた。警察内部でも評価の分かれる男だったよ」(前出のマル暴OB)
2011年には、日本最大の指定暴力団「六代目山口組」の中核組織である「弘道会」の資金源とされた風俗店グループのオーナーと愛知県警のマル暴との癒着が明るみに出た。問題のマル暴から愛知県警の警察官の個人情報がオーナー側に渡り、警察官が脅迫を受けていたことが明らかとなり、世間に大きな衝撃を与えた。
こうした歴史を振り返ると、取り締まる側である「警察」と取り締まられる側の「組織犯罪」との関係は、対立と癒着という二律背反のテーマを常にはらんできたことがわかる。暴力団から半グレ、トクリュウへ。今回の事件は組織犯罪の形態は変わっても、そのテーゼが不変であることの証左といえるのかもしれない。
文/安藤海南男写真/時事通信、photo-ac.com
【関連記事】
【写真】風俗と警察の癒着が囁かれてきた街
■「風俗スカウト」巨大化・ハイテク化の裏側
■スカウトの"トクリュウ化"で「特殊浴場」が消滅危機に!?
■借金のカタは"裸の自撮り写真"!?深すぎる「ヌードローン」の闇
■「ヤクザと宗教」が密接な理由