広い家へ引越す、は古い? 近所にもう1部屋借りる「近距離2拠点」という選択肢。8畳1Kがリノベで最高の仕事場に! イラストレーター・てらいまきさんに聞く

(写真撮影/福永尚史)

広い家へ引越す、は古い? 近所にもう1部屋借りる「近距離2拠点」という選択肢。8畳1Kがリノベで最高の仕事場に! イラストレーター・てらいまきさんに聞く

12月1日(月) 7:00

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家賃や住宅価格の高騰に加え、在宅ワークやライフスタイルの多様化によって、「住み替え」以外の住まい方を模索する人が増えています。その一つが、自宅の近くにもう1つ住まいをつくる「近距離2拠点」です。

今回は、京都在住のイラストレーター・てらいまきさん夫妻が、自宅近くのアパートの一室を借り、仕事場としてリノベーションし“第二の拠点”を作った事例をご紹介します。実際にどう始め、どのように暮らしが変わったのかを伺いました。

近距離2拠点とは

「近距離2拠点」とは、公(おおやけ)の定義はありませんが、自宅から徒歩や交通手段で15分以内程度で行ける範囲、つまり生活圏内にもう一つ住まいを持ち、日常の延長線上で行き来しながら暮らすライフスタイルのことです。

一般的な2拠点生活というと、都心と自然豊かな郊外を行き来したり、仕事と趣味を切り分けたり、その土地ならではの暮らしを楽しむイメージがありますが、近距離2拠点はそれとは少し違います。生活環境が大きく変わらない近いエリアで、「家」や「部屋」を目的に応じて使い分けながら暮らすのが特徴です。

背景には、在宅ワークの普及や少子化による子育て期間の短縮、住宅価格の高騰などがあります。広い住まいに住み替えるにはコストがかかり、一方で自宅の一角を仕事場に充てるには限界がある。また、広い住まいに住み替えても、必要のある期間は限られるなど、そのジレンマを解消する方法として「もう一部屋を借りる」という発想は、いま現実的な選択肢になりつつあります。

てらいまきさん夫妻も、まさにその実践者。夫の転職をきっかけに「夫婦それぞれが集中して働ける場所」が必要となり、自宅の近所で1Kの部屋を借り、リフォームをして2人の職場に。以来、5年近くにわたってこの空間を「第二の拠点」として活用し続けています。

きっかけは夫の転職相談から

きっかけは2020年。夫から「リモートワークができる会社に転職を考えている」と相談を受けたのが始まりでした。コロナ禍でリモートワークが急速に普及し、東京など遠方の会社にフルリモートで勤務する選択肢も現実味を帯びてきた時期。問題は「働く環境」でした。

当時、てらいさんは自宅リビングの一角を仕事場に使っていましたが、それは一人分のスペースをなんとか確保した程度。同じ場所で二人が同時に在宅ワークをする余地はなく、「ここで夫婦二人分の仕事環境をつくるのは無理だ」と痛感したといいます。

広い家に引越す案も考えましたが、希望条件である「仕事部屋を確保できる広さ」「食洗機が置けるキッチン」「現在の生活圏から大きく外れない立地」を満たす物件はほとんどなく、あっても家賃は跳ね上がる。経済的にも現実的ではありませんでした。

そんな中、実家や弟の家のリノベーションを見学する機会があり、壁の色や床材、ドアノブなど、細部まで暮らし方に合わせてつくり替えられていく過程を間近で見て、「住まいはこんなふうに自由に変えられるんだ」と感動。その体験が、「ならば、近所にもう一部屋借りて仕事場にリノベーションすればいい」という発想につながりました。

部屋の奥に設置した夫のスペース。無事に東京の会社に転職し、フルリモートで仕事中(写真撮影/福永尚史)
部屋の奥に設置した夫のスペース。無事に東京の会社に転職し、フルリモートで仕事中(写真撮影/福永尚史)

「第二の拠点」の物件探しとリノベーション

実際に見つけた物件は、自宅から自転車で10分の場所にある築38年のアパート。8畳の1Kにユニットバスが付いたコンパクトな部屋でした。大家さんからは「退去時に住める状態に戻せば、何をしても構わない」という許可を得られたことが大きな後押しに。賃貸物件でここまで自由にリノベーションできるケースは珍しく、巡り合わせの良さも感じたといいます。

工事中の様子。余ったフローリング材は保管中(写真撮影/てらいまきさん)
工事中の様子。余ったフローリング材は保管中(写真撮影/てらいまきさん)

家賃も周辺相場と比べても安価で、駅やスーパーも近く、生活利便性も申し分なし。立地やコストのバランスが取れていたことも、即決につながりました。

ただ、施工会社選びでは試行錯誤がありました。最初に相談した会社では予算を大幅にオーバーし、要望を伝えてもレスポンスが遅く、「理想の空間を一緒につくる」という感覚を持てなかったそうです。

最終的には実家のリノベを手掛けた施工会社に依頼し、丁寧にヒアリングしながら代替案を提示してもらえたことで、納得のいく形に。小さな要望にも柔軟に対応してもらえたことが決め手でした。

設計で最もこだわったのは「夫婦それぞれの存在を感じすぎないこと」。「カーテンやパーテーションでは妥協せず、真ん中に壁を造って仕切りました。夫婦並んで仕事をすると、私が絶対に話しかけてしまうので!」と笑います。

さらに、圧迫感を軽減するために室内窓を設置。光を取り入れつつ視線を遮る工夫で、お互いの気配を感じないよう、開放感を確保しました。

(イラスト/てらいまきさん)
(イラスト/てらいまきさん)

間仕切り壁の圧迫感が室内窓があるため軽減されている(写真撮影/福永尚史)
間仕切り壁の圧迫感が室内窓があるため軽減されている(写真撮影/福永尚史)

壁には淡いブルーグレーの塗装を施し、部屋の一角に濃いグリーンのアクセントクロスを採用。
「濃い緑色の背景に絵を飾ったらすごく映えそう~! と思って試してみたのですが、思っていたとおりとても映えます!壁の色はずっと気に入っていて、この色にして良かったと今でも思います」

グリーンのアクセントクロスに、飾られたポスターや絵が映える(写真撮影/福永尚史)
グリーンのアクセントクロスに、飾られたポスターや絵が映える(写真撮影/福永尚史)

床材にはホワイトウォールナットの無垢材を選びました。自然な木目が視界に入るだけで気分が和らぎ、作業の合間に小さな癒やしをもたらしてくれるそうです。
「これも憧れていたものの一つ! 京都にある無垢材フローリングの専門店まで夫婦で行き、たくさんあるなかからサンプルを選び、1週間くらい悩んで決めました」

落ち着いた色味と木の模様がバラエティーに富んでいて素敵なホワイトウォールナット(写真撮影/てらいまきさん)
落ち着いた色味と木の模様がバラエティーに富んでいて素敵なホワイトウォールナット(写真撮影/てらいまきさん)

工事は1カ月かからずに完了。スピーディーに形にできたのは、イメージを明確に持ち、施工会社との相性も良かったからだと振り返ります。

近距離2拠点生活がもたらした変化

拠点を持ってからの暮らしは、夫婦の働き方と日常に変化をもたらしました。

それまでは、夫婦それぞれが別々の場所で仕事をしていましたが、第二の拠点を設けたことで、平日はふたりが同じ空間で仕事をするのが日課に。てらいさんは8時20分には拠点に到着してコーヒーを淹れ、静かに仕事をスタート。夫は娘を保育園に送った後、少し遅れて仕事場に合流します。

この“同じ場所で働く”環境の変化により、昼食をふたりでとる時間が自然と生まれました。最近はお気に入りのお取り寄せ餃子や、近所のスーパーのお寿司が定番に。季節に合わせて選ぶコーヒー豆や、ちょっとした昼食中の会話も、拠点で過ごす日々の楽しみのひとつになっています。

(イラスト/てらいまきさん)
(イラスト/てらいまきさん)

そして食後には、録画していたお笑い番組を一緒に見てひと息つくのがふたりの習慣に。軽く会話や相談を交わすこの時間が、午後の仕事への切り替えの合図となり、安心感にもつながっているといいます。

お気に入りの雑貨で溢れるキッチンスペース(写真撮影/福永尚史)
お気に入りの雑貨で溢れるキッチンスペース(写真撮影/福永尚史)

拠点で育まれる“好きなもの”と工夫

拠点の空間は、集中できる環境を守るため、子どもたちをあえて連れてこない“大人の聖域”にしているそう。「ここは大人だけの場所にしたいんです。自宅はどうしても子どものポスターやキャラクターのものが増えてしまうので」とてらいさん。

室内にはお気に入りの照明や作家もののアートが飾られ、棚や机には拾ってきた石が並びます。

あるときは兵庫県の塩屋で見つけた石を持ち帰ったり、石のアート作品を購入したりと、自然に集まってコレクションが増えていったそうです。
「石をあっちに置こうかな、こっちにしようかなって並べ替えるのがすごく楽しいんです」

兵庫県の塩屋で見つけたお気に入りの石(写真撮影/福永尚史)
兵庫県の塩屋で見つけたお気に入りの石(写真撮影/福永尚史)

さらに、この拠点ができてからインテリアへの意識も変わったといいます。
「それまでは“置ければいい”くらいの感覚だったんですが、この部屋を整えていくうちに雑貨や照明を選ぶのが楽しくなって。気づけばインテリアを考えるのが好きになっていました」とてらいさん。好きな器や小物を少しずつ揃えることで空間が育っていくのを実感し、帰ってきたときに気持ちが上がる場所になったそう。

照明が部屋のアクセントに(写真撮影/福永尚史)
照明が部屋のアクセントに(写真撮影/福永尚史)

植物のお世話は夫の担当。日当たりの良い窓辺に観葉植物を並べ、日々の成長を見守るのが日課になっています。「自宅には植物が1つもないんです。こっちでは夫が世話をしているうちに愛着が湧いてきたみたいで、少しずつ増えていきました。大きな植物があるとやっぱり癒やされますね」と話すように、緑もまた拠点に欠かせない存在になりました。

エバーフレッシュやとゴムの木などの観葉植物(写真撮影/福永尚史)
エバーフレッシュやとゴムの木などの観葉植物(写真撮影/福永尚史)

さらに玄関にも工夫があります。壁には構造用合板を張り、木目の向きを縦横で張り分けて角度によって違う表情が楽しめるようにしました。

床は自分たちで塗装し直し、雰囲気を一新(写真撮影/福永尚史)
床は自分たちで塗装し直し、雰囲気を一新(写真撮影/福永尚史)

自宅でも便利だった「アウター掛け用のバー」を玄関に設置(写真撮影/福永尚史)
自宅でも便利だった「アウター掛け用のバー」を玄関に設置(写真撮影/福永尚史)

こうした“好きなもの”に囲まれた拠点は、単なる仕事場にとどまらず、暮らしを彩るもうひとつの居場所になっています。

近距離2拠点生活のメリットとデメリット

てらいさんが強く感じているのは、「仕事と生活を分けられること」のメリットです。

「ここに来たら仕事だけする、そう決められるのが本当に大きいんです。自宅だとどうしても子どもの物や家事が目に入って、つい気を取られてしまう。でも、この拠点に来るとそれがなくなるんですよね」とてらいさん。

集中して取り組める環境が整ったことで効率が上がり、結果的に仕事量も増えました。昼食後にテレビを見ながら夫婦で笑い合う時間も、日々の大切なリズムのひとつになっています。好きなインテリアを整えた部屋に身を置くことで気持ちも自然と高まり、「好きなものに囲まれて働けるのは想像以上に力になる」と実感しているそうです。

好きなものを集めた空間は、心地よい居場所に(写真撮影/福永尚史)
好きなものを集めた空間は、心地よい居場所に(写真撮影/福永尚史)

一方でデメリットとして、家賃やリノベーション費用を考えると「引越した方が安く済んだかもしれない」と冷静に振り返ります。それでも「この拠点がなければ今の働き方は成り立たなかった。良いことしかなかったです。本当に、もっと早く持てば良かったと思うくらい」と言い切り、後悔はないと語ってくれました。

近距離2拠点という選択肢

築38年の1Kを借りてリノベーションした“第二の拠点”は、夫婦の働き方や暮らしのリズムを整える大切な場所になっていました。

「広い家に引越すのは経済的にも難しいし、希望の条件を満たす家ってなかなか見つからないと思うんです。でも、暮らしや働き方を少し変えたいとか、家事や子育てと切り分けて集中できる空間が欲しいという人には、この方法はすごく向いていると思います。自宅から近いからこそ無理なく続けられるし、やってみると“ただのもう一部屋”じゃなくて、自分の気持ちを切り替えられる特別な場所になるんですよね」

日常と地続きでありながら、仕事にも暮らしにも新しいリズムをもたらす“もうひとつの住まい”。てらいさん夫妻の実例は、これからの暮らし方を考える人にとって大きなヒントになりそうです。

てらいまきさん

●取材協力
てらいまき
食べ物イラストが得意な京都在住イラストレーター。著書『北欧フィンランド 食べて♪旅して♪お洒落して♪』『アイスランド★TRIP』『まんぷく京都』『子育てがぐっとラクになる「言葉がけ」のコツ』絶賛発売中!


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