名古屋主婦殺害遺族の執念【水谷竹秀✕リアルワールド】

玄関のたたきに付着した犯人の血痕を見せる高羽悟さん(2020年9月、筆者撮影)

名古屋主婦殺害遺族の執念【水谷竹秀✕リアルワールド】

11月30日(日) 11:50

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逮捕の決め手はDNAだった。名古屋市西区のアパートで1999年11月、主婦の高羽奈美子さん(当時32)が殺害された事件。発生から26年で急展開を迎え、安福久美子容疑者(69)が10月31日に逮捕された。事件現場に残されていた血痕と安福容疑者のDNA型が一致していた。その2日後、奈美子さんの夫、悟さん(69)は私の取材に「やりました」と安堵(あんど)の気持ちを語った。

悟さんから現場のアパートに案内してもらったのは今から5年ほど前。玄関のたたきの中央部には、黒い血痕でできた靴跡が幾重にもこびりついていた。

「全部犯人の靴跡です」

指差しながら、悟さんが言った。靴跡の中には、微(かす)かに「4・0」という数字も見える。「24・0」という靴のサイズがかすれて残っているのだ。


「事件発生から2〜3年は、ずっと奈美子の血だと思っていたんです。ところがテレビの取材でここに来た法医学者の見解で、犯人の血痕だということが分かり、青天の霹靂(へきれき)というか…。それからは、メディアにこの現場を報道してもらえば、犯人にとっても多少のプレッシャーになるだろうと思って、積極的に公開してきました」

悟さんは、現場保存のためにアパートの家賃を払い続け、その額は2248万円に上った。実はこれまで、いつか手放そうと「引き際」を考えた時期もあった。だが、踏み切れなかったという。それはこんな理由からだ。

「日本で恐らく、犯人のDNAを警察以外で保存しているのは僕だけだと思うんです。その貴重なサンプルを持っているのに、犯罪捜査に生かされているとは思えません。例えばクラウドファンディングでお金を集め、DNA情報を基に似顔絵を作成してくれる米国や中国にサンプルを持って行きたい。証拠がここにあるのですから」

米国ではDNA情報を基に作成された犯人の似顔絵から、長年迷宮入りしていた事件の数々が解決している。しかし日本では、そのDNA情報が似顔絵作成などの捜査に十分活用されていないのが実情だ。それはDNAの運用について定めた法律がないからで、警察庁は「新たに立法措置を講ずべき特段の事情は生じていないと認識している」と法制化には消極的だ。

奈美子さんを殺害した犯人とみられる似顔絵は、愛知県警が2020年に公開していた。しかし、犯人逮捕には至らなかった。だから悟さんは、より精度の高い似顔絵作成に向けたDNA情報の活用を望んでいたのだ。

今回、安福容疑者が逮捕されたことで、本来であれば現場保存の必要性はもうなくなった。しかし、悟さんはこれからもアパートを借り続けるという。

「法制化してDNAの遺伝子情報を捜査にもっと活用してほしい。その遺族の思いは訴え続けないといけないから、部屋はとっておきたい。捜査に活用されるようになった時に部屋を片付けようかなと思っています」

安福容疑者が起訴されれば、裁判も控えている。悟さんの闘いはまだ続く。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 45からの転載】



みずたに・たけひで ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。

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