私がアンバサダーを務める「スポGOMI」というスポーツをご存じだろうか。一言でいえば、"制限時間内にチームで協力し、街に落ちているゴミを拾ってポイントを競うスポーツ"です。このシンプルな競技の中には、社会課題へのアクションと、スポーツが持つ本質的な力の両方が詰まっていると私は思っています。
聞き慣れて久しい「SDGs」という言葉ですが、実際に行動につなげるのは意外と難しい。個人や企業、自治体レベルでいざ行動しようとしても、「やりたいけど、何から始めればいいの?」と立ち止まってしまう人が多いのではないでしょうか。
海洋プラスチック汚染や地球温暖化など、誰もが「環境問題には取り組まなければいけない」と感じている一方で、その問題が地球規模となると、「自分一人の行動で何が変わるんだろう?」と考えてしまうのは自然なことです。
そんな最初のハードルを下げ、誰もが一歩を踏み出せるようにしてくれるのがスポGOMIです。街を少しだけきれいにするというシンプルな行為が、実は地球規模の課題解決につながっている。そのことに気付かせてくれるイベントなんです。
私自身、海や川がすぐ近くにある宮崎県延岡市で生まれ育ちました。サーフィンも大好きで、長年趣味として続けています。そんな宮崎では、台風のあとになると海岸や川沿いに大量のゴミが打ち上げられる。子どもの頃からその光景を何度も目にしてきました。
「海の中にはこんなにゴミが溢れているのか」
幼い自分が受けたあの衝撃は、今でも鮮明に覚えています。自然豊かな延岡で育ったからこそ、目の前に広がる大量のゴミとのギャップに強烈な違和感を抱きました。それが、私の環境問題への関心の原点になっています。
現役時代からビーチクリーン活動を続けてきましたが、正直なところ、ただ黙々と拾っていると「なんでこんなにゴミが落ちてるんだ...」とネガティブな気持ちが湧いてしまうこともありました。
しかしスポGOMIは、そこが違います。拾ったゴミがポイントになり、見つけた瞬間に思わず嬉しくなる。このルール一つで、ネガティブな感情がポジティブに変わり、ゴミ拾いが「楽しい競技」に生まれ変わるんです。
これまで何度もスポGOMIに参加してきましたが、一度スポGOMIを経験すると、ポイ捨てをしなくなるし、むしろゴミを見つけたら拾いたくなります。それはきっと、この競技がくれる「行動への前向きさ」が心にしっかりと残るからだと思うんです。
そして今、スポGOMIは世界大会まで開催されています。今年で第2回を迎えた「スポGOMIワールドカップ」では、前回準優勝だった日本代表が雪辱を果たし、見事世界一に輝きました(第1回はイギリスが優勝)。開会式では、各国の選手が自国の国旗を掲げて入場してくる。その光景には、私が水泳で経験してきた世界選手権やオリンピックとまったく同じ熱量を感じました。
今年10月に渋谷で開催された「スポGOMIワールドカップ2025 FINAL」には33ヵ国99人が出場。スポーツの国際大会であると同時に、環境課題解決への取り組みでもあるので、会場は程よい緊張感と柔らかな雰囲気に包まれていた
私は長年、国際大会の舞台に立ってきましたが、そこに辿り着くには幼い頃からの努力、環境、出会い、才能、そして運が必要になります。
しかしスポGOMIは違います。年齢、性別、障がいの有無、体力差を問わず、誰でも世界大会を目指せる。これは従来のスポーツが抱えてきた"参加の壁"を大きく超える、画期的なスポーツだと感じています。
2023年に開催された「第1回スポGOMIワールドカップ 東京予選」に、パラスイマーの故・成田真由美さん(本年9月に逝去)、後輩スイマーの寺村美穂とチームを組んで出場したときの1枚
さらに、高校生版の「スポGOMI甲子園」も全国で開催され、中には"ゴミ拾い部"という部活を持つ学校まで出てきています。環境へのアクションが、教育の一環として浸透してきている証拠だと感じています。
海のゴミの多くは、街から側溝や川を伝って流れてきたものです。「2050年には海の中で海洋生物よりゴミの数が多くなる」という研究結果があり、しかも海に漂うペットボトルは完全に分解されず、細かく砕けながらマイクロプラスチックとして何百年も残り続ける、とも言われています。
だからこそ、街で拾うたった1つのゴミが、海を守る大きなアクションにつながる。「ゴミが海に行く前に止める」これがスポGOMIの本質です。
現在スポGOMIは、日本全国で毎週末のように開催され、自治体イベントや企業のCSR、地域コミュニティづくりにも活用されています。「それ燃えるゴミ!」「ペットボトルあったよ!」と声を掛け合ううちに、初対面同士でも自然とチームワークが生まれる。環境アクションでありながら、人をつなぐスポーツとしての側面も強く感じます。
私がスポーツ振興大使を務める佐渡島で開催された大会では、移住してきたばかりの方や観光客が地元チームに混ざって参加し、ゴミを拾ううちに自然と交流が広がり、笑顔が生まれていきました。スポGOMIには、人と人が「コミュニティに溶け込むきっかけ」を生み出す力もあると実感した瞬間でした。
スポGOMIには、シンプルで力強い目標があります。
「街からゴミがなくなり、スポGOMIが開催できなくなること」
もちろん、この目標に辿り着くまでの道のりは決して平坦ではありません。それでも、一人ひとりが小さなアクションを積み重ね、街が少しずつ変わっていく姿をこれからも見続けたい。私自身もアンバサダーとして、その歩みを多くの人と一緒に進めていきたいと思います。
みなさんも機会があればぜひ「スポGOMI」に参加してみてください。シンプルに楽しいですよ!
文/松田丈志写真提供/Cloud9
【関連記事】
【写真】スイマー仲間とスポGOMIに参加した松田丈志
■ドーピングありの大会はスポーツか?松田丈志が危惧
■松田丈志が「大の里優勝」に見た日本スポーツ発展のヒント
■強いだけでは人は集まらない――。「スポーツを皆が楽しめる社会」のカギとは?
■日本の高校生アスリートに伝えたい、五輪メダリストでも考える人生の「if」