ヴァンダラーはドイツの自動車メーカーである。その歴史は複雑で、ドイツ自動車工業の縮図的色彩を帯びている。会社自体の設立は旧く1885年に遡るが、ヴァンダラーという名称が使われたのは1896年からである。
【画像】今もアウディにその血統が受け継がれる、ヴァンダラーというメーカー(写真10点)
結論から先に言うと、このメーカーの血統は今も生きており、それはアウディに受け継がれているのである。かいつまんでお話をすると、ヴァンダラーの前身となるケムニッツァー自転車デポーが誕生するのが1885年。創業者はヨハン・ヴィンクルホーファーと、リヒャルト・イエニンクという二人の人物。自転車の修理工場から自転車メーカーとなり、やがてオートバイや工作機械、果ては計算機まで作っていた会社である。そんな会社が自動車に手を染めるのが、1911年のこと。1920年代を通じてヴァンダラーは躍進を遂げた。
時を同じくしてドイツには、ホルヒというメーカーが誕生する。出発はヴァンダラー同様に修理工場として。そして、1904年にはホルヒ自動車製造に発展した。もうひとつ誕生した会社はDKWと呼ばれた。ドイツ語でDampfkraftwagenの頭文字を取ったもので、デンマーク生まれでドイツに移住した、ヨルゲン・ラスムッセンが興した会社である。そして今を形成する最後のブランド、アウディが誕生したのは1910年のことだ。これはホルヒを起こしたアウグスト・ホルヒが取締役会で衝突し、会社を去ることに。そして彼が再び自動車メーカーを作った時に付けた名前が、アウディだったのである。
この4つのブランドはそれぞれ順調に成長を遂げたが、1929年の世界恐慌を境に急速に衰退をする。そこで、いずれの会社もがザクセン州に属していたことから、ザクセン州立銀行の旗振りでこれらのメーカーが合併し、アウトウニオンを形成するのである。
アウトウニオン形成後も個別のブランド名は残り、上級モデルをホルヒ、中級モデルをヴァンダラー、そして下級モデルをアウディとDKWが担当した。
1920年代の後半にヴァンダラーは、エンジン開発の契約を当時まだ設計事務所としてスタートしたばかりだったフェルディナント・ポルシェに依頼。3種の6気筒エンジン開発を、ポルシェが請け負うことになったのである。そのうちのひとつ、2リッターのスーパーチャージャー付きのエンジンを搭載したモデルが、ここに登場するヴァンダラーW25Kである。これより前の1933年に誕生したヴァンダラーW22は、エンジンのみならず、車両設計全体をポルシェが行い、実はこれがポルシェ設計事務所が請け負った最初の仕事でもあったのだ。
W25Kに搭載されたポルシェ設計のエンジンは、ボアxストローク70x85mm、排気量1962ccの直6ユニットで、7つのメインベアリングを備えたアルミニウムブロックには、クロムメッキの鋳鉄製シリンダーライナーと、アルミニウム製ヘッドが備え付けられていた。ブロック側面にあるチェーン駆動のカムシャフトは、プッシュロッドとロッカーアームを介して、気筒あたり 2 つのバルブを開閉する機構を持ったものであった。W25KのKはコンプレッサー、即ちスーパーチャージャーを意味し、ルーツタイプのそれと、ソレックス製キャブレターにより、最高出力85psを得ていた。
シャシーは箱型断面のいわゆるラダーフレーム。フロントサスペンションは独立で、リアは横置き半楕円リーフスプリングによる固定軸であった。
ロッソビアンコ博物館のモデルは、1936年の初期モデル。ボディはロイトリンゲンにあったドイツのコーチビルダー、ヴェンドラー社のチーフデザイナーだったヘルムート・シュヴァントナーによるデザインとされ、ヴェンドラー社にはその当時100人ほどの職人が働いていたそうだが、そのマイスター職人、ヴィルヘルム・ベンツによって仕上げられたものだという。
当時のライバルはBMW328。ただし、どちらかといえばツーリングカー的な性能を持っていたヴァンダラーは、最高速こそ145km/hと、当時としてはなかなか速かったようだが、トータルの性能ではやはりBMWの敵ではなかったという。
ちなみにヴァンダラーは第2次世界大戦終了後、主力工場のあったケムニッツが東ドイツに属し、当時のソビエトに接収されてしまう。そして残念ながらヴァンダラーの自動車生産が復活することはなかった。この工場を使って東ドイツは自動車生産を復活させているが、そこで作られたのは古いDKWのモデルに始まり、60年代にはトラバントやワルトブルクといったモデルが生産された。一方西側に残ったDKWの一部とアウディは徐々に発展を遂げて今の姿となる。ヴァンダラー血統は、このアウディに残っているといえよう。
文:中村孝仁写真:T. Etoh
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