西部謙司が考察サッカースターのセオリー
第75回ジェレミー・ドク
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は、今季"覚醒"とも言えるプレーを見せている、マンチェスター・シティのジェレミー・ドクを取り上げます。独特のフェイントのからくりを説明。そして活躍の背景にはチーム戦術と周囲の助けがあるといいます。
【脅威で驚異のドリブル】
プレミアリーグ第11節、マンチェスター・シティが3-0でリバプールを下した試合は、ジョゼップ・グアルディオラ監督の指揮官通算1000試合目であると同時にジェレミー・ドクのシティ在籍100試合目だった。
マンチェスター・シティのジェレミー・ドク。自身のプレミアリーグ100試合目に記憶に残る活躍をしたphoto by Getty Images
ライバルのリバプールに完勝したグアルディオラにとっては特別な日となったが、それ以上にドクが圧倒的なパフォーマンスを披露した日として記憶されるだろう。とくに3点目のシュートは圧巻だった。
いとも簡単に目の前の相手をかわし、右足で逆サイドへねじ込むシュート。フェイントモーションはドクのトレードマークとも言える典型的な形だった。
右足を右斜め前へ放り出すように動かし、即座に今度は放り出した足をしまうように左方向へ動かす。次にアウトサイドでタッチできるように、ボールの手前を通過させて反対側まで動かす。そしてアウトサイドのタッチでボールを右へ。もうドクの目の前から相手は消えている。
これまで何度も繰り返されてきたフェイント。相手も当然わかっている。わかっているけれども止められない。それだけドクの初速が圧倒的に速いからだが、モーションの特殊性も関係があると思う。普通の動き方ではないからだ。
最初に右足を右前に振り出し、素早く左方向へ動かす。そして右アウトで抜く。その間、ドクの左足はほぼ地面についていない。最後の右アウトのタッチの時だけ左足で地面を蹴って爆発的なパワーを得ているが、その前の右足の右→左のスイングの際に左足は地面についていない。最初の振り出しで左足がついている場合もあるが、トップスピードでやると最初からほぼついていないように見える。
要は、一瞬で行なうにしては動作が多すぎるのだ。一瞬でこんなに動く人間はまずいない。ドクのフェイントモーションを知っていても、目の前でこれをやられたら固まらざるを得ない。DFはフェイントで逆をとられるのではなく固まる。一歩目から圧倒的に速いドクなので、相手が止まっていれば外すのは造作もない。相手を止めてしまえばもう勝ちなのだ。
もうひとつのドクの十八番、半身でキープしながら足裏でボールを抑えてから、ボールを引きながら反転して背後のDFを置き去りにするドリブルがあるが、こちらも半身のキープで相手を止めしまえば、ワンモーションで置き去りにできる。相手を止めてしまえば勝てるという点ではどちらも同じだ。
【プレーの幅が広がる】
リバプール戦のドクは覚醒していた。プレーの幅が以前より広がっていて、課題とされてきたラストパスの精度も格段に上がっていた。
左サイドからのカットイン、縦へぶっちぎる突破。どちらも以前から見せていたものだが、サイドから中へ入ったエリアでも効果的なプレーをするようになった。
シティのプレースタイルの変化にもよるのだろう。今季のシティは中盤の守備ブロックを重視している。看板のハイプレスだけでなく、中盤に引いた守備からのカウンターが増えた。アーリング・ハーランドにスペースを与えるために相手を引き出している。
中盤のブロック構成で、ドクは以前よりも中へ入るケースも見られるようになった。
リバプール戦では左センターバック(CB)のフィルジル・ファン・ダイクにハーランドがマンツーマンでマークしていた。守備時に1トップになるハーランドは通常なら相手CBのボールを持ったほうに対して守備をするが、この試合ではファン・ダイクの側を離れていない。
これはファン・ダイクからのロングパスを封じると同時に、ハーランド自身が守備にエネルギーを使いすぎないための配慮だろう。
ファン・ダイクとハーランドがペアなので、リバプールの右CBイブラヒマ・コナテはフリーになる。そこでシティはインサイドハーフのフィル・フォーデンか、ベルナルド・シウバが前進してコナテを捕まえていた。
たとえば、左インサイドハーフのフォーデンが前に出ると、フォーデンがマークしていたリバプールのMFが空くので、そこをドクがマークする。そういうわけでドクの守備のポジショニングが中寄りになるので、攻撃に切り替わった時にこれまでよりも中央寄りでプレーする機会が増えているのだと思う。
【ドクを生かすベルナルド・シウバの深謀遠慮】
ドクは当然のごとくマン・オブ・ザ・マッチに選出されたが、グアルディオラ監督はベルナルド・シウバを称賛していたという。攻守にインテリジェントなプレーぶりだったからだ。
おそらくそのひとつはベルナルド・シウバのプレスの仕方ではないかと思われる。コナテへプレスに出ていたのはフォーデンよりもむしろベルナルド・シウバだった。相手の右CBへのプレスなら、左インサイドハーフのフォーデンのほうが近い。それをわざわざ右インサイドハーフのベルナルド・シウバが行っているのは不自然とも言える。
ベルナルド・シウバがコナテへプレスするなら、右ウイングのラヤン・シェルキへ相手MFのマークを受け渡すことになる。するとリバプールの左サイドバック(SB)がフリーになるが、そこはシティの右SBマテウス・ヌニェスが一気に前進して捕まえるという段取り。
ここでポイントになるのはすでにハーランドがファン・ダイクをマークしているということだ。コナテからファン・ダイクへのパスはない。したがって、リバプールの左SBへのパスルートはコナテからの長いダイアゴナルパスしかなく、コナテがそのパスを試みる確率は低いとベルナルド・シウバは考えたのだろう。
ベルナルドがコナテへプレスすれば、シティの左側はマークの受け渡しが発生しない。コナテがサイドチェンジのパスをしないのであれば、相手を捕まえきった状態の守備になる。
さらに、ドクは得意の左サイドのまま守備ができる。右のシェルキはむしろ中央でプレーするタイプなので、ドクとシェルキをプレーしやすい場所に置くことができる。
そう考えると、ベルナルドの守備時の不自然に見える動き方は非常に行き届いた深謀遠慮であって、ドクの大活躍とライバルに対しての完勝を陰で支えたのはベルナルド・シウバと言えるかもしれない。
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