「男性はご近所付き合いがなかったから、(高齢者施設でも)女性同士は自然に仲良くしているけど、男性はそうでもない。男性は仕事や趣味など目的が一致しないと付き合いが難しいんです」と語る阿刀田高さん
短編小説の名手として知られ、1979年に直木賞を受賞した小説家・阿刀田高が上梓したエッセー本『90歳、男のひとり暮らし』は、彼が妻の施設入居を機に始めた単身生活を綴った一冊。
久々の自炊は「ほどほどでいい」と肩肘張らず、漢字がうまく書けなくなった、ネクタイが結べなくなったなど、加齢による衰えを教養とユーモアをもって受け止める。
そんな阿刀田さんの姿には、どの世代にとっても生きることへのヒントがちりばめられている。
***
――高齢女性の暮らしを綴ったエッセー本は多いですが、男性著者は珍しいと感じました。
阿刀田
「90歳になったのだから書いてみないか」と出版社に勧められたので、自分の生活をそのまま書いてみたんですが、この本は同世代の方への裏切りみたいなところもあるんです。
「こんなふうに自分でやっている人もいるんだから、お父さんもしっかりして!」と子供たちから𠮟られる材料になってしまうかもしれないから(笑)。
――阿刀田さんと同世代の男性の多くは家庭のことに不慣れな人が多いでしょうから。
阿刀田
そうですね。でも、それは本当は良くないことだと思うんです。
体の自由が利かない場合は別だけど、基本的に自分のことは自分でやれるという自立こそが自由への第一歩だと私は考えています。
「ひとりで大変ですね」なんて言われることもありますけど、そもそも多くの女性は昔から当たり前にやってきたこと。
男性だってこれが普通だと思えば、ある程度はできるはず。まあ、あくまで「ある程度」で、私だっておいしい料理なんて作れませんが(笑)。
――今の高齢者は「男は仕事、女は家庭」というような役割意識が強かった時代を生きてきた社会的な背景もありますよね。
阿刀田
男性は会社の人間関係がほとんどで、会社が世界のすべてだった世代ですから。ご近所付き合いはあまりない。
一方で女性は長年ご近所付き合いを続けてきたわけです。妻の施設を訪ねても、女性同士は自然に仲良くしているけれど、男性たちはそうでもない。
男性は仕事や趣味など目的が一致しないと付き合いが難しいんです。私自身、もし施設に入ることになったら「おじいさん同士でうまくやっていけるだろうか」と一抹の不安があります(苦笑)。
――ちなみに、現在は近所付き合いをなさっていますか?
阿刀田
「付き合い」というほどではありませんが、一応はありますよ。町内会の名簿作りだとか、回覧板を回すだとかには参加しています。
私のような者がひとりでヨロヨロやっていると、さすがにご近所の人たちも気の毒に思うのか(笑)、手伝ってくださってね。皆さんに感謝しながら生きています。
――本書では3人のお子さんとも良い距離感であることがうかがえました。
阿刀田
近所に息子夫婦が住んでいるのだけど、そんな頻繁に行き来することはないです。
昔から、子供たちとあまりべたべたした関係ではなかったように思います。それはある意味で子供たちを対等な人間だと考えているからかもしれません。
親だから偉いというわけでもないと思ってるので、子供たちに何かを頼む場合も、むしろ遠慮がちにお願いすることさえあります。
――本書で、孤独を肯定的にとらえていることも印象的でした。
阿刀田
やはり人間というものは、最後は孤独だと思うんです。
だからこそ、人間関係を円滑に保つにしても、まず個としての自分がしっかりしていなければ、本当の意味で自由でもないし、自分自身の人生を生きているとも言えない。
その上で、親しい人を持つことの素晴らしさがある。孤独に対して、きちんと覚悟を持っていることが大切なのではないでしょうか。
とはいっても、そう考えるようになったのは高い志があったからではなく、やむをえなかっただけです。思い返すと、20代のほとんどを独り身で過ごしたことが大きかったですね。
――阿刀田さんが20代だった1950年代から60年代は、夜中まで開いているスーパーやコンビニのようなお店はなかったですよね。
阿刀田
そう。だから「どうすればひとりでも満足できる生活が送れるんだろう?」と考えた結果、そんな適応主義が身についたのだと思います。
今再びひとり暮らしになっても、「あの頃の暮らしをすればいいや」と考えています。昔よりは多少は経済的に余裕もありますし。
――とはいっても、当時と今では日本の経済状況も、人付き合いの仕方もかなり違いますよね。
阿刀田
そうですね。今振り返ると、昭和はいい時代だったと思います。戦時中や終戦直後は貧しかったけれど、「今日より明日のほうが良くなる」という希望がありました。
例えば、私が結婚したときの住まいは四畳半でお風呂もなく、トイレは共同。最初は共同トイレを掃除してくれる人がいたはずなのに、いつの間にかいなくなってしまって、妻と一緒に掃除した記憶があります。
今の人には考えられない新婚生活かもしれませんが、当時はそれが大変なことだとも思わず「まあ、こんなものだろう」とやってました。
今は当時ほど貧しくはないかもしれませんが、複雑になっていて、どこか閉塞感があるように思います。
世界が交流すればするほど分断が深まり、国家や民族間の格差が開いていく。これは今後、いっそう進んでいくと思います。
――今はニュースを眺めているだけでも不安になる話ばかりで、「明日は良くなる」と思えないかもしれません。
阿刀田
昨今、日本ではずっと出生率が下がっていますよね。私はもう子供を持てる年齢ではないけれど、現代において子供を持つ世代だったら、「わが子を幸せにできるだろうか」と突き詰めて考えて......やはり自信は持てないでしょうね。
人口問題というものはそういう心の話で、単に10万円だとか20万円だとか、お金を配れば解決する問題ではないと思うんです。
――少子化と同時に高齢化も進んでいます。どの世代の人も「この先、生きていくのが、老いるのが怖い」という人は少なくないと思います。
阿刀田
それは自然な感覚です。この時代を生きていれば誰でもそう思うでしょう。でも、人間は「生きてしまうもの」なんです。
だからこそ、あるがままの人生を認め、その中で少しでも良い自分を探していく。それしか方法はないと思います。
■阿刀田 高(あとうだ・たかし)
1935年生まれ、東京都出身。早稲田大学文学部卒業。国立国会図書館に勤務しながら執筆活動を続け、78年『冷蔵庫より愛をこめて』で小説家デビュー。79年『ナポレオン狂』で直木賞、95年『新トロイア物語』(すべて講談社文庫)で吉川英治文学賞を受賞。2018年には文化功労者に選出された。短編小説の名手として知られ、900編以上を発表するほか、『ギリシア神話を知っていますか』(新潮文庫)をはじめとする古典ダイジェストシリーズにもファンが多い
■『90歳、男のひとり暮らし』 新潮選書 1870円(税込)
御年90歳の直木賞作家・阿刀田高が老いを前向きに受け止め、「何事も"まあまあ"ならそれでいい」「老いてこそユーモア」をモットーに、衣食住から趣味教養までを軽快に綴ったエッセー集。朝は鏡で顔を点検し、料理は手抜きで栄養を確保、通信販売での失敗も笑いに変える。落語を"読む"楽しみや、眠れぬ夜に源氏物語や百人一首を"数える"ひととき、そして妻や亡き人を思う時間も描かれる。長年の知恵と経験がにじむ、滋味豊かな一冊
『90歳、男のひとり暮らし』 新潮選書
取材・文/藤谷千明撮影/佐々木 里菜
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