「AIの問題と生物学の問題は本質的に似ています」と語る鈴木紀之氏
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。進化生態学者の鈴木紀之先生との対談も最終回です。
そこで、今後、生物学はどんな方向に進むのか、どんな課題を抱えているのかを聞きました。そして恒例のお互いの印象も。ではお楽しみください。
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ひろゆき(以下、ひろ)
今号で鈴木先生との対談もラストになってしまいました。最後のテーマは「今後、生物学はどこへ向かうのか」。未来のお話です。
鈴木紀之(以下、鈴木)
まず、ゲノム編集技術をはじめとするバイオテクノロジーの進歩は、加速度的に発展していくでしょうね。
ひろ
でも、倫理的な問題が立ちはだかりそうですね。
鈴木
はい。例えば親が望む外見や能力を持つ子供を意図的につくり出す「デザイナーベビー」は、技術的には実現可能なレベルに来ています。今は世界的なコンセンサスで厳しく禁止されていますが、今後はただ禁止するのではなく、倫理的な線引きを決めていく必要が出てくるかもしれません。
ひろ
人間って、昔から生物の性質をうまく利用してきたじゃないですか。ヘビの毒を薬にしたり、カイコの糸を絹織物にしたり。
鈴木
ええ。クモの糸に含まれるタンパク質を人工的に合成して繊維化する研究は、すでに実用段階に入っています。ほかにもハスの葉が水をはじく「ロータス効果」を応用してコーティング素材を作るなど、自然の仕組みを模倣したバイオミメティクスの研究も盛んです。
ひろ
チョウの羽のキラキラした「構造色」を応用する研究もあると聞きますけど。
鈴木
はい。ただ、どんなに技術が進んでも生態系全体の複雑な相互作用を理解するのは簡単ではありません。例えば、天敵が害虫を抑える仕組みもまだ解明できていない部分が多いんです。
ひろ
DNAの塩基配列を解析できるようになってから、生物学の研究のスピードは飛躍的に上がりましたよね。害虫駆除のような複雑な課題もDNAの解析で一気に解決できるかと思ったのですが、そう単純でもないんですか?
鈴木
DNAの解析技術は確実に役立っています。遺伝子組み換えで、特定の害虫にだけ効く毒を持たせるような作物を作る技術などがそうです。ただ、それでも作物被害が完全になくなるとか、ゴキブリが地球上から消えるという未来は、まだ想像しにくいですね。
ひろ
でもDNAを直接編集できるなら、昆虫の不妊化とかもっと効率的にできそうな気もするんですけどね。
鈴木
実際、特定の遺伝子を操作して子孫を残せなくしたり、種そのものを地球上から絶滅させたりする技術はもう実現に近いでしょうね。だからこそ、倫理の問題が出てきます。ある作物にとっては害虫でも、生態系全体で見れば重要な役割を担っているかもしれませんから。
ひろ
つまり、人間が「自分たちの都合だけで絶滅を決めていいのか?」という問題が出てくると。
鈴木
まさにそこが今後の課題です。技術的にできてしまうからこそ、どこで歯止めをかけるかが重要です。日本人にとっては不快なゴキブリでも他国ではただの黒い虫に見えるかもしれませんし。
ひろ
生物学にもAIと同じような技術と倫理のせめぎ合いがあるわけですね。
鈴木
そうです。AIの問題と生物学の問題は本質的に似ています。
ひろ
さて、最終回ということで「お互いの印象は?」という質問が対談のラストで恒例になっています。
鈴木
ひろゆきさんは、本当にメディアで拝見していた印象そのままでした。知識量が多く、何より論理的。前提を疑い、筋道を立てて考え、結論を導く。その考え方は科学的探究そのものです。
ですから、専門知識の有無にかかわらず、ひろゆきさんは研究者や科学者たちと非常に相性がいい方だと感じました。科学側の人間としては、ぜひいろいろな分野の研究者と対談していただいて、科学の面白さを世の中に伝えていただけるとありがたいなと思います。
ひろ
でも「ひろゆきとの対談は怖い」という印象を持つ人もいるみたいですけど(笑)。
鈴木
質問が鋭いですから、そう思われる方がいるのもわかります。ちなみに、ダーウィンとひろゆきさんには意外な共通点があると思っているんですよ。
ひろ
ほう。というと?
鈴木
ダーウィンは『種の起源』では人間の進化にあえて触れませんでした。当時は「人間は神が創造した特別な存在」という常識がありましたから、それを否定すれば大論争になります。ダーウィンはそれを避けたんです。でも、その後に『人間の由来』を発表する頃には完全に吹っ切れていました。ほかの動物から人間がどう進化したかを正面から論じました。もう批判を恐れていなかった。
ひろ
つまり、ダーウィンは批判を気にしなくなったと。
鈴木
ええ。ひろゆきさんもSNSなどの投稿が炎上したり、批判が来たりするけれど、それをいちいち恐れていない。ダーウィンの晩年と同じような心境なんじゃないかと思うんです。
ひろ
あの偉大なダーウィンさんと重ねてもらうなんて光栄です(笑)。僕から見た鈴木先生の印象は「いわゆる科学者っぽくない」と。断定を避けるタイプの研究者だなと思いました。もちろん、いい意味でですよ(笑)。
生物学の話だけでなく、雑談でも常に例外や多様性の存在を前提に話す。そして、それは複雑で例外だらけの生物界を扱う進化生態学者の思考法そのものだと感じました。
鈴木
私が専門とする進化とか生態学という分野は、白黒はっきりつけられない曖昧な現象を対象としていますから、自然とそういう思考になるのかもしれません。
ひろ
数学や化学のように答えがちゃんと出る学問とは違いますもんね。
鈴木
だから論争も終わらないんですよ(笑)。100%の立証も反証もできないわけですから。
ひろ
それでも学問としての体系があり、方向性があるのが面白いですね。僕は科学はゼロかイチかと考えるタイプですが、進化生態学は論理を積み上げても結論はいつもフワッとしている。それが魅力的だと思います。
鈴木
おっしゃるとおりで、絶対的な真理に到達することはできないかもしれないけれど、観察や実験から得られるひとつずつの証拠を地道に積み重ねて、論理の妥当性を少しでも高めていく。それが、ダーウィンの時代から現代まで、われわれ生物学者が連綿と続けている作業なんです。
ひろ
だからなのか、生物学者の方々ってどこか優しい印象があります。論争しても「まあ、そういう考え方もあるよね」と終わることが多い(笑)。
鈴木
はい。まさに決着がつかないんです(笑)。
ひろ
それを受け入れられる人じゃないと、この分野の研究者は務まらないんでしょうね。
鈴木
それがいいことなのか悪いことなのかわかりませんが(笑)。
ひろ
「まあ、こういう個体もいるよね」「そういう環境もあるよね」とあるがままを受け入れる。それは研究者だけでなく、一般人にも必要なことなのかもしれないと感じました。ということで、ここまで本当にありがとうございました!
鈴木
こちらこそ、ありがとうございました!
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■鈴木紀之(Noriyuki SUZUKI)
1984年生まれ。進化生態学者。三重大学准教授。主な著書に「すごい進化『一見すると不合理』の謎を解く」「ダーウィン『進化論の父』の大いなる遺産」(共に中公新書)などがある。公式Xは「@fvgnoriyuki」
構成/加藤純平(ミドルマン)撮影/村上隆保
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