(写真撮影/水野浩志)
11月17日(月) 7:00
「寺子屋」という言葉があったように、かつてお寺は地域の人が学びや交流を求めて足を運ぶ場所でもありました。しかし、現代では出入りする人が限られた場所になっています。大阪府の池田市古江町にある「ふるえる書庫」は「如来寺」副住職の釈大智(しゃく・だいち)さんが営む“本”をキーワードにしたつながるスペース。形は変わりましたが、かつての寺子屋を彷彿とさせるような場所です。なぜこのような取り組みを始めたのか、住民にどのような変化が起きているのか。書庫を訪ねてきました。
お寺の横にある、蔵書3万冊の書庫お寺は日本の歴史においてターニングポイントとなった数々の事変が起きた場所であり、日本の文化を生み出した場所でもあります。併設する寺子屋では地域の人たちの学びや文化を深めていました。ただ、今を生きる私たちが気軽に接する機会があるかというと、そうでもありません。
そんな状況が少しでも変わればーー2022年11月、地域の人がもっと気軽に出入りを、と、大阪府池田市古江町に「ふるえる書庫」ができました。
大阪の繁華街・梅田から電車や車で30分ほどの場所にある池田市は、喧騒から離れたのどかなエリアです。市内の中心駅である「梅田」駅からローカルバスに乗り、沿道にある雄大な猪名川を横目に最寄りのバス停へ到着。そこから歩くこと10分。坂の途中にある大きなガラス張りの縁側が印象的な建物が「ふるえる書庫」です。通りを挟んで向かいには約360年の歴史を持つ浄土真宗のお寺「如来寺」があります。
書庫の中に入ると迎えてくれたのは「如来寺」副住職の釈大智(しゃく・だいち)さん。ふるえる書庫の図書委員長として、管理・運営をしています。
「書庫で新たな“知”と出合い、人と交流することで、自分自身の枠組みが揺さぶられる。 そんな“ふるえる体験”が生まれる場所にしたいという思いがありました。ちなみに所在地の古江町(ふるえまち)の頭3文字をとって“ふるえる”書庫というダジャレ要素もあります」と笑いながら話す釈さん。まるで現代の“寺子屋”のような場所です。
2階建ての書庫には天井から足元までびっしり本が詰まっています。その数は3万冊あるそうで、さながらまちの図書館のよう。圧巻の姿に驚きながら書庫の中をぐるりと一周まわります。ここに並ぶ本は主に「如来寺」の住職であり父である釈徹宗(しゃく・てっしゅう)さんの所蔵しているものがほとんど。宗教学者であり、教育者でもある住職が収集した本は、宗教や哲学分野がメインではあるものの、それだけではありません。落語やアート、コミックが並ぶ。落語に至ってはカセットの姿も。実に多彩です。
大智さんの持つ本も一部並ぶそう。「でも宗教や哲学に関するものが7割でしょうか」と話します。
どうせならば蔵書を地域のためにそもそも「ふるえる書庫」のはじまりは、父・徹宗さんの膨大な書籍の置き場に困っており、どうにかしないとならないところから始まりました。
本が好き。そして勉強のためにも多くの本を読む住職、所蔵品は日々増えていく一方で、整理も収納も追いつかないありさま。
「これはなんとかしないと、お寺が本で埋め尽くされる。家の床が抜けそう。と焦りました」(大智さん)
住職は相愛大学の学長・教授を務め(現在は教授から退任)、学内にも研究室がありました。そこも本であふれており、本が入りきらない。
捨てることはできない。さりとてそのままにもしておけない。せっかくこれほどの本があるならば地域のためにも書庫として開き読んでほしい、という想いが湧いてきました。
また住職は大学での指導のかたわら、寺以外でも場づくりをしていました。豊中市にある、まさに寺子屋ともいえる私塾「練心庵」や、認知症高齢者のグループホーム「むつみ庵」など多岐にわたります。これまで多くの人とのつながりを持ち、地域を大切にしてきた。その姿を見ていた大智さんだからこそ、地域の人に対してゆるやかなつながりを生む場をつくりたいという思いもあったそうです。
書庫に適した場所はどこがいいのか、と検討をしていた中で、お寺の門徒(※)がかつて暮らしていた空き家を紹介してもらいます。それも、お寺の斜向かいというベストロケーション。
※特定の寺院(宗教)に所属し、経済的に支援する家のことを日本では一般に「檀家(だんか)」というが、浄土真宗では「門徒(もんと)」と呼ぶ
「古江町は家の持ち主の高齢化が進んでいて、空き家が増えていました。でも、周辺は市街化調整区域なので、特別な手続きをしなければ新しく家が建てられないのです。だから新しい家も増えなくて寂しい感じになっていました。何かこの空き家を活用できないかな、という思いもあったので、せっかくならばと書庫へとリノベーションすることにしました」
門徒から空き家を購入することが決まると大智さんの友人である建築家の奥田達郎(おくだ・たつろう)さんに設計をお願いしてリノベーションが始まりました。
それにしても一般の2階建ての家を書庫にする、耐荷重が気になるところです。そもそも築70年近い古民家ですし、不安になりそうなもの。
「そうなんです。やっぱり重さに耐えられるよう、構造の補強が必要だったのですが、そのために柱を増やすという選択はしませんでした。主役である本棚そのものを柱にして、家を支える構造にしてもらいました」
父が地域と開く場をつくる一方で、大智さん自身も寺ができる場づくりとは?と常々考えていました。「これまで寺がある場所でただお経を読む、門徒さんを迎えるなどといった活動以外にも、もっとなにかできることがあるのでは?」と考えていたのです。
自分自身が住職として後継をすることが決まっている中、京都の大学に進学し、一人暮らしをしていた大智さん。そこで、学内で住職二世2人と出会いました。
「3人はみんな副住職で、ゆくゆくはお寺を継いで住職になる予定。副住職は、住職になるまで自分なりに試行錯誤を許される立場。だからこそ既成概念を超えた自分たちなりの“寺”を探していました、今しかできない、と」(大智さん)
ただのお寺ではない、もっと身近な、もっと面白い形「NEOお寺」を求めていたのかもしれません。
大智さんは大学院在学中の2019年10月、仲間と共に古い京町家とコンテナを組み合わせた「共創自治区CONCON」で、コンテナを使った仮設のお寺、「懇々山七万寺(こんこんさんななまんじ)」を立ち上げました。
自分たちで新しく場所、人のコミュニティをつくることが面白かった。今思えば自分なりの「ふるえる書庫」の原点だったのかもしれません。
2022年11月にオープンしたふるえる書庫は、大智さんと地域の人が店番をして場を開きはじめました。
店番の人は来客者にもてなしはしません。ただ来客した人を受け入れるのみです。もちろんこの場を使って何かイベントをしたい人がいれば、それもよし。小さな社会実験の場としての活用もできます。
「本を借りるだけでなく、訪れてきた人に料理をふるまったり、イベントを企画してみたりしてもいい。だからキッチンもあるんです。お酒もいっぱいそろっているから、気づいたら夜飲み会が開かれることも(笑)。自分の得意を“ふるえる”場でもあります」
じっと過ごすだけではない、訪れる人、店番の人が交錯するこれまでになかった“おもろい”書庫にしていきたいそうです。
店番をしたい人は会員登録専用のホームページから登録が必要です。2025年7月現在、35名の会員がいます。
「店番といっても強制力はありません。毎週◯日、毎月◯日のように無理はしていないので、関わりたい人が関わりたいペースで参加できるのが、ほかのコミュニティスペースのような場所の店番とは違うかもしれませんね。もちろん僕も店番をしますよ」
書庫で一番長く店番を務める田村恵子(たむら・けいこ)さんは50代の女性。「特に何をするわけではないのですが、店番は朝から『あ、今日はこれが食べたいからお弁当にして持って行こう』『今日はこの本が読みたいな』といそいそと準備をするわけです。それが楽しい」と話します。
もともと住職が営む「練心庵」にも足繁く通う田村さん。そのご縁から、店番にも興味を持ち立候補したと言います。
「わが家から書庫までは、電車に乗って40分ほど。うきうきしながら移動して、過ごしています。私にとってはちょっとした遠足なんです」と笑います。
中にはイベントを開く人もいます。また座敷スペースを利用してラジオを収録したり、大智さんと誰か、住職と誰か、のようにクロストークが開かれたりすることも。仏教や哲学、建築・場づくりなどのトークセッションには多くの人が関心を寄せ、奈良や神戸など大阪以外の関西エリアからも人が集まります。
最近はお寺と行き来する形でマーケットも開き始めました。
「最近は『古江町の空き家を使って商売を始めたい』と若い方がぽつぽつとお店を始めているんです。こうして古江町が知られて、少しずつ足を運べる場所が増えていくのっていいですよね。書庫を開いて「大きく広げたい」という壮大な目標はないのですが、やりたい人にさまざまな形で取り組んでもらい、互いにつながり合っていけたらいいですよね」と大智さんは話してくれました。
一見入りにくく知られざる寺の空間や世界が、多くの人が訪れるシェア型書庫を隣接することで地域の人と寺の交流が生まれることになりました。ただ空き家や空き地を有効活用することだけではなく、新たな世代とのつながりを生むこと、 紡いできた文化を伝えることが大切だと感じます。
●取材協力
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ふるえる書庫
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