【カルデナスがスパーリングパートナーを務める理由】"モンスター"井上尚弥(大橋/32歳)との大一番に向け、中谷潤人(M.T/27歳)はスーパーバンタム級に転向した。12月27日に、サウジアラビアで122パウンド初試合を迎える。対戦相手は20戦全勝18KOのメキシカン、セバスチャン・エルナンデス(25歳)。井上戦までのラストマッチでもある。
今、中谷の体は胸板、肩、太ももと、驚くほどに厚みがある。11月7日にLA入りし、翌日からキャンプを開始した。日曜日を挟み、トレーニング2日目の10日は、世界ランカーとのスパーリングが組まれた。
中谷のパートナーとして、リトル・トーキョーの一角に建つLA BOXING GYMにやって来たのは、ラモン・カルデナス(アメリカ/30歳)だった。今年の5月4日、井上尚弥に8回TKOで敗れたものの、第2ラウンドに左フックでダウンを奪ったシーンは記憶に新しい。
中谷(左)のスパーリングパートナーを務めたカルデナス
カルデナスは12月19日にフロリダ州フォートローダデールで再起戦が組まれている。このテキサス州サンアントニオ出身のメキシコ系アメリカンは、復帰ロードを歩むにあたって新たなトレーナー、マニー・ロブレスと契約した。
1971年4月11日生まれのロブレスだけでなく、父の指導のもと、WBAフェザー級タイトルに挑んだ経験を持つ31歳のマニー・ロブレス3世、さらに、カルデナスの故郷の隣人で、同じアマチュアの大会に出場しながら友情を育んできたひとつ年上のロニー・カントゥが、カルデナスをサポートする。
ロブレス親子と、中谷のコーチであるルディ・エルナンデスは友人関係にあり、カルデナスの次戦の相手がサウスポーであることから、手合わせすることとなった。WBAランキングで1位の中谷と、2位のカルデナスのスパーリングはLAエリアで話題となり、30名ほどのギャラリーがリングを注視する。
【スパーしたカルデナス、トレーナーの中谷の印象は?】初日、中谷は頭の位置を変えながらカルデナスの動きを観察した。フェイントをかけながら、上、下とジャブを放つ。中谷がステップを踏むたびに、隆起した太ももの筋肉に目を奪われた。IBFバンタム級王者だった西田凌佑を6ラウンド終了TKOで下してから5カ月の間に、彼がどれだけ体作りをしてきたかが伝わる。
中谷の一つひとつの動きは鋭く、パンチにもキレがあった。ジャブ、ストレートに伸びがあり、バンタム級チャンピオン時代より明らかにスピードが増している。
モンスターをキャンバスに這わせた、カルデナスの十八番(おはこ)である左フックが、ことごとく空を切る。中谷のダッキング、バックステップでかわされるのだ。中谷はガードを高くし、自分の距離を保つ。接近戦に持ち込みたいカルデナスだが、中谷のフットワークに翻弄され、後手に回るほかない。ただ、何発かの右ストレートは中谷にヒットした。
6ラウンドのスパーリングを消化したあと、カルデナスは話した。
「ナカタニ、巧いね。そして速い。とてもスマートな選手だ。流石はパウンド・フォー・パウンド・ランキングに載るだけの男だ。動きがシャープだよ」
井上尚弥と比較してみてどうですか?と訊ねると、WBA2位は首を振った。
「その質問はしないでくれよ。俺の口からは答えられない。イノウエもパウンド・フォー・パウンドでトップ争いをしているすばらしいファイターさ」
カルデナス(右)とその陣営
一方で、この日カルデナスのコーナーで指示を送っていたロブレス父は、感嘆しながら言った。
「いやぁ、ジュントは今、ものすごいスピードで成長している。攻撃、守備、カウンター、コンビネーション、足の使い方、フェイントと、何もかもが圧巻だ。
セバスチャン・エルナンデス戦は言うに及ばず、ナオヤ・イノウエにも勝つだろう。私は5月のトーキョードームでは、ジュントが判定勝ちすると予想する。とはいえ......うーん、ノックアウトかもな」
【スーパーバンタム級に上げたがゆえのハイパフォーマンス】練習を終え、着替えを済ませた中谷は微笑みながらスパーリングを振り返った。
「スーパーバンタム級でやるだけの体、土台作りができた自負はあります。瞬発力が高まり、体重が乗ったパンチを相手に伝えられている気がします。重いものを速く動かす感覚ですね。相手がどんな印象を持つかはわかりませんが、タイミングも掴めてきましたし、全体的なスピードも上がっています」
バンタム級での統一戦を希望しながらも、なかなか決まらなかった1年前、中谷は「階級をアップしたほうが、ハイパフォーマンスが出せそうです」と語っていたが、スパーリングを見ればそれは明らかだった。
「もちろん、井上選手との試合も想定はしていますが、セバスチャンも強い相手ですから、しっかり集中して課題に向かっているところです。ボディを合わせるタイミングとか、プレッシャーのかけ方が優れた選手ですね」
筆者は2025年5月25日にエルナンデスが判定勝ちした一戦を会場で目にしているが、特に優れているものがないファイターだった。正直に記せば、まるで印象に残っていない。それでも、中谷のチームは細心の注意を払い、警戒に警戒を重ねてプランを立てる。そうした姿勢は、これまでと変わらない。
練習中の中谷。階級を上げ、上半身や太ももなど体の厚みが増した
ジャブと右フックを織り交ぜた組み立て、いきなりの左フックなど、中谷の鋭いパンチがカルデナスを捉える。もし、試合であればWBA指名挑戦者が2位をストップしている――そんなシーンが何度もあった。だが、これから互いの試合当日まで、スパーリングを重ねる相手に深いダメージを負わさないようにと、中谷はラッシュをかけなかった。
「ファイトすることよりも、距離感に重きを置いてやりました。自分の距離をしっかり保てましたし、要所要所でパンチを当てることができました。カルデナスはあまり見えていなかったんじゃないですかね。彼とのスパーリングは初めてでしたから、タイミングを掴めていなかった部分もあります。けっこう、対戦相手を見るタイプですね。
カルデナスの得意な左フックはもらわないようにしました。でも、彼は右ストレートを狙ったあとでベストパンチを放ってくるので、観察し過ぎて右を何発かくらったなと反省しています。しっかり勉強できたので、次につなげていきます」
【あらゆる事態を想定したスパー】スパーリング2日目の11月12日、カルデナス陣営にロブレス父の姿はなかった。カルデナスはロブレス3世、カントゥと共にLA BOXING GYMに現れた。
この日も中谷とカルデナスは6ラウンドのスパーリングをこなした。WBA1位はカルデナスの右ストレートを額で殺し、リングを左回り、かつ右回りに動いては自分の距離で戦った。ワンツーをヒットしても、いきなりの左ストレートを当てても、必ずバックステップしてカルデナスのパンチが届かないポジションをとった。
しかしながら、"チーム中谷"は長所を伸ばす反面、試合中にどこか痛めて片手でのファイトを強いられたり、目が塞がってしまったケースを見越してメニューを組む。最悪の事態に陥っても、慌てず対処できるよう準備するのだ。
中谷はスパーリングの途中で、あえて接近戦を挑んだ。あるいは、ロープを背負った状態でカルデナスを誘った。そしてWBA2位にパンチを出させてはブロックし、ダッキングして空振りさせた。
トレーニングを終えた中谷は、2日目を省みた。
「今回は左フックだけじゃなく、右ストレートも絶対にもらわないことを意識しました。ちゃんと見えていましたよ。相手のパンチのタイミングを学びましたから、初日よりもやれたと思います。前の手でフェイントをかけて、アウトサイドにカルデナスを持っていくようにしました。今の課題はパンチの正確性です。狙いを定めて、ピンポイントで撃ち抜く。少しでも速くです」
中谷の動きには力みがなく、脱力しているからこそ、自然にパンチが出せていた。そう告げると、彼は白い歯を見せた。
「昨日の練習が12ラウンド、全力シャドーでしたから全身筋肉痛なんです。でも、お陰でリラックスした状態になっているのかもしれません。それがいい結果をもたらし、相手のタイミングを計ることにもつながったのかな」
充実した練習に笑顔の中谷
自らの進化を体感しながら汗を流す中谷。スーパーバンタム級への増量は、正しい選択だった――。そう言えるパフォーマンスを見せている。
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