アレハンドロ・デ・トマゾはオイルショックの残骸からマセラティを救い出し、ニューモデル、マセラティ・キャラミを彼自身のブランドであるデ・トマゾ・アウトモビリのロンシャンをベースに完成させた。著者リチャード・ヘセルティンによると、"手術"は成功したという。かのアレハンドロ・デ・トマソが世に送り出したマセラティの隠れた名車「キャラミ」。時代の運命に翻弄されたキャラミの真の姿とは…
アレッサンドロ・デ・トマゾは多くの事業を手がけた向こう見ずな夢想家であり、策士であったとも評されていることはご存じのことであろう。アルゼンチンからモデナへ移住してきた彼はフィアット傘下以外のイタリア自動車産業を一掃してやろうと躍起になっていた。
レーシングドライバーとしてある程度の活躍を見せ、自らの名を銘うった自動車メーカーも設立した。それなりに成功を収めていた彼は、その命脈を絶たんとしていたマセラティを手中に収め、その再建に乗り出した。それゆえ、彼が最初に発表したマセラティのニューモデルは、マーチングバンドや紙吹雪の舞うパレードのための、ハリボテのようなものだと主張する者もいるが、それは断じて正しくない。キャラミはまがうことなきマセラティたる一台であった。
マセラティを正しく理解するためには、その歴史について知る必要がある。サーキットでの成功、そしてイタリアン・ブランドの頂点に君臨するマセラティだが、その一方で多くの苦難と破綻の憂き目に遭ってきた。複数のオーナー、イタリアの政治的混乱、そして外部からの圧力は、しばしば長い幻想的な物語を生み出し、それはたやすく解けそうで解けないものであったが、一方で、それはマセラティをより魅力的なものにしている。うまくいくときは圧倒されるほどだが、うまくいかない時はとんでもないことになる。マセラティのやることはいつも半端でないのだ。
そう考えると、マセラティが最も低迷していた時期に、それも、純粋なマセラティとして誕生しなかったことから、キャラミは失敗作と位置付けられる一台なのかもしれない。
再起への第1打
1967年12月、1937年以来マセラティを支配してきたアドルフォ・オルシ一族が、マセラティの株式の60%をシトロエンに売却した。そして1971年6月、フランスのシトロエンが残りの株式を取得したことで、シトロエンSMやマセラティ・カムシンといったユニークな車が誕生した。しかし、1974年後半のマセラティは霊安室へと向かうかのように見えた。1973年のオイルショック以降、エキゾチックカーへの需要は皆無となり、マセラティファクトリーは大打撃を受けた。シトロエン傘下となり、従業員数は2倍以上に増えていた中で、”山猫ストライキ”が頻発した。
1974年末、窮地にいたったシトロエンをプジョーが買収。プジョーはシトロエンの抱える赤字のイタリア子会社、すなわちマセラティの買い手を探すことを命じた。結局、買い手は現れず、1975年春にプジョーはマセラティを清算人の手に引き渡した。イタリア、より具体的には、”モーターバレー”であるエミリア・ロマーニャ地方で、労働者たちを解雇することは政治的に大変難しいことでもあった。
これは、とても長い紆余曲折の物語であるが、1975年8月、国営持ち株会社GEPIがアレッサンドロ・デ・トマゾとパートナーシップを結ぶという合意が成立した。デ・トマゾはマセラティの株式を11.25%取得し、この取引によって経営権を獲得し、やがてマセラティを完全に引き継ぐことになった。この買収は64ポンドという破格の金額で実現した。勇敢にも彼はマセラティの経営権を取得したが、それには難題があった。それは従業員を半減させることが条件だったからだ。これではチームの忠誠心をかき立てることは難しかったが、デ・トマゾは強硬な姿勢を取らざるを得なかった。当時、マセラティの年間生産台数はわずか200台あまりであって、買収の時点で、年間生産台数は2桁にまで落ち込んでいたからだ。そのため、デ・トマゾはすべてが順調であることを示唆するようなフラッグシップが必要だと考えた。「さあ、これがピカピカのニューモデルだ」とアピールできるような…。
しかし、ゼロから何かを作る予算はない。そこで彼は、デ・トマゾ社のDNAを、1972年までさかのぼって"切り貼りし、「キャラミ」を完成させたのだ。この”ニュー”モデルは、すなわちデ・トマゾ・ロンシャンをベースに造られたのだった。5752ccのフォード・クリーブランドV8を搭載し、スクエアな外観のクーペは、一風変わったテイストを持つ、驚くほど高性能なロングツアラーであった。しかし1986年まで生産されていたにもかかわらず、販売台数は極めて少なかったのである。
ブルーオーバル(フォード)製スモールブロックが搭載されていたスペースに、伝統の5ベアリング4.2リッターマセラティ製V8をコンバートするのは容易なことだった。サスペンション(フロントはダブルウィッシュボーンとコイルスプリング、リアはジャガーXJ風のウィッシュボーン、コイル、ラジアスアームが用いられ、ドライブシャフトがアッパーリンクを兼ねた)は、ほとんどそのままだった。パワーは40馬力ほど落ちて270馬力程度になったが、その代わりに軽合金製エンジンに替わったことで187kgの軽量化が図られた。これは不足分を補って余りあるものだった。とはいえ、それでも1700kgという重量を考えると、キャラミは決して軽量とは言えなかったが…。
端正なスタイリング
ロンシャンのスタイリングを担当したのは、パンテーラも手がけたイタリア系デトロイト人のトム・チャーダだ。彼はデ・トマゾから、C107シリーズのメルセデス・ベンツ・ハードトップをスタイリング開発のヒントとするように指示された。1969年に発表した同じくチャーダによる傑作、ランチア・マリカのショーカーのテイストも活かされている。そして、デ・トマゾ・ロンシャンの”マセラティ化”はピエトロ・フルアに任された。当時、彼はキャリアの黄昏を迎えていたが、このベテランデザイナーの手腕は称賛に値するものだった。より低く仕立てられたフロントノーズ、ロンシャンの長方形ヘッドライトの代わりに採用された4灯型円形ヘッドライトなどが目を引くリスタイリングのポイントだ。
ボンネットもリ・デザインされ、サイドがラバーで覆われたウインカー内蔵のバンパーも採用された。Cピラーはよりスリムになり、シトロエンSMから流用のテールライトがリアエンドへ端正にレイアウトされた。フルアの仕事が完成する頃には、2台の間で交換可能なパネルはドア下部のプレスだけになっていた。また、この”異端児”はスポーツモデルでありながら、”風の名”を冠さないことでマセラティの伝統を打ち破った。その代わりに、1967年の南アフリカGPでペドロ・ロドリゲスが優勝したサーキット名であるキャラミと冠した。なぜなら、マセラティはクーパー・カー・カンパニーにF1用3.V12エンジンを供給していたからだ。
実は逸材
1976年のトリノ・モーターショーで発表されたキャラミへの反応は様々であった。『Road &Track』誌のイベントレポートでは、キャラミがそこに置かれていたという事実以上の言及はなかった。一方、『Autocar』誌は試乗を行い、「ジャガーのXJ-Sのような、より安価で大量生産されるモデルを大きく凌ぐものではないが、満足のいくパフォーマンスを発揮し、真に実用的で、本物のサラブレッドのようなハンドリングには、魅力がある」とレポートしている。Autosport』も同じように、「高速巡航では驚くほど安楽な魔法の絨毯のようで、安定性も抜群だ」と絶賛している。
もっとも、V12エンジンを搭載したXJ-Sより8000ポンドも高い2万1188ポンドの価格に価値があるかどうかは議論の余地があった。しかし、キャラミは新世代マセラティのフラッグシップとしての意味があり、1980年代にマセラティのメインストリームたる量産モデル、ビトゥルボ・ファミリーの露払いの役割が課せられていたことを忘れてはならない。1983年までに200台が生産され、英国では43台が販売された。
しかし、このキャラミが本物のマセラティにはなり得ないと評価する者もいる。こういった否定的な人たちは、おそらく一度もキャラミを運転したことがないのだろう。この車は一部で評価されるよりも、良くできた車であることは間違いない。とりわけ、メタリック・”マローネ”(茶色)に輝き、”超”スタイリッシュなカンパニョーロ製アロイホイールを履いた今回の試乗車は魅惑的だった。
これは1982年に製造された車両だが、キャラミはこのうえなく70年代風だ。その複雑な血統にもかかわらず、セブリングやメキシコのような先行モデルから正当に進化したように見える。そして、それらと同様、美しいというよりハンサムである。たしかにデ・トマゾのロンシャンとの類似点があるのは避けられないが、単にコーポレート・グリルを移植しただけでないことは誰が見ても解る。
インテリアも素晴らしい。オートミールとタンに染められたレザーとアルカンターラのトリムをレストアしたばかりだからというから、なおさらインパクトがある。豪華絢爛な内装で、同時代のいくつかのモデルとは異なり、人間工学に配慮がなされているとはいえ、この時代に典型的な風変わりな部分がいくつかあるのも興味深い。
ステアリングホイールの形状はそれほど魅力的ではないものの、ほとんどのスイッチ類は論理的にレイアウトされ、一目で識別可能だ。フェイシアのスエード調トップカバーがフロントガラスへの反射を防ぎ、信じられないかもしれないが、機能するベンチレーションが備わっている。後部座席には子供用のスペースもあり、快適だ。しかし、マセラティの心臓部はエンジンである。大排気量4930cc(1980年からのオプション)のこのクワッドカム、チェーンドライブ・ユニットはまさに宝石のようだ。けたたまいほどではないが、始動時には期待に胸が高鳴る。ジェントルマン・エクスプレスのイメージにはそぐわないが…。
キャラミには5速マニュアルと3速オートマチックが選択できるが、今回の試乗車にはクライスラー・トルクフライトA727型ATが搭載されている。オールアロイ製V8が強烈なサウンドを響かせるのは通常ではキックダウン時のみであろうが、その、うねりつつも甲高いサウンドは、今なお神秘的である。キャラミは明らかにロングツアラーの味付けがされており、今日の基準からすれば驚くほど速いというわけでもないが、加速時のサウンドは素晴らしい。エンジンの柔軟性も充分であり、『Autocar』誌のテストでは、1000rpmあたりの車速は24.3mph(39.1km/h)であり、0-60mph加速を6.6秒(4.2リッター仕様は7.6秒)でクリアしている。
ハンドリングは思っていたよりも良く躾けられている。「流用パーツの寄せ集め」というイメージによってあなたのレンズが曇ってしまい、「キャラミには熟成が不足しているのでないか」と先入観で判断してしまうかもしれない。しかし、実際そんなことはない。もちろん、キャラミでライバル達とバトルをしようとは思わないだろうが、ロンシャンはそもそも優れたシャシーを持っていたし、キャラミとなり、フロントに軽いエンジンを搭載することで、さらにポテンシャルは高まった。その足回りは最大限にアップデートされ、乗り心地は実に洗練されている。現行のGTに比べると少しソフトに感じるかもしれないが、それは悪いことではない。しなやかでダンパーがよく効いている。そう、かつては、それがむしろグランツーリスモとして重要な味付けであったのだ。目的地に到着してから整骨院に依頼することなく、何百マイルも快適に旅することができたのだ。
この時代の他の多くのマセラティとは異なり、ここにはシトロエンの影響はない。そのため、油圧システムが作動圧を維持するためのカチャカチャという音やヒスノイズは発生しない。ZFパワーステアリングは、1970年代から80年代初頭にかけて生産されたマセラティのビッグエンジンGTの中で最高のものだ。必要なときだけ、アシストが介入し、必要でない時はしっかりしたリアクションを残す。4輪ディスクブレーキも心強いほどよく効いている。気になるのは過剰なロードノイズとちょっとしたドライバーからの死角くらいで、それも大した問題ではない。全体として、評価できるポイントは多い。キャラミは、より輝かしい先祖たちの血統を受け継いでいないかもしれないが、実走行では、そのほとんどのモデルよりも優れた車なのである。
本物のマセラティかどうかという悩ましい問題については、何をもって「本物」とするかによるだろう。このモデルは、トライデントのバッジをつけた最近の多くのモデルよりも、マセラティらしさが際立っていると思える。それはマセラティが代々備えてきた控え目な自己主張であり、決して金持ちぶりをひけらかす嫌味なものではない。マセラティは人目をひくスタイルのドアや蛍光ペンのような派手なエクステリアカラーには興味がなかった。
これまで記してきたように、苦境から抜け出すべく手持ちのコンポーネンツを巧みに活用することで誕生したキャラミは、グランドツアラーとしての美点を欠かすことなく、高い次元で融合させた逸材なのである。
1982年マセラティ・キャラミ
エンジン:4930cc、軽合金製 V型 8気筒 DOHC、ウェバー42DCNFダウンドラフト・キャブレター×4基
最高出力:280bhp/5500rpm最大トルク:40kgm(392Nm)/3800rpm
トランスミッション:3段 AT、後輪駆動ステアリング:ラック&ピニオン、パワーアシスト
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、テレスコピックダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):ロワーウィッシュボーン、固定長ドライブシャフト、ラジアスアーム、コイルスプリング、テレスコピックダンパー
ブレーキ:4輪ディスク重量:1700kg最高速度:230km/h
編集翻訳:越湖信一Transcreation:Shinichi EKKO
Words:Richard HeseltinePhotography:Dominic James
THANKS TO Andy Heywood, mcgrathmaserati.co.uk.
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