さりげなく?ビートルズTシャツ
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は「ビートルズの邦題 (Part1)」について語る。
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以前、洋楽の名邦題と迷邦題を取り上げた際、ザ・ビートルズの『I Want To Hold Your Hand』(1963年。イギリス発表年。以下同)の日本語タイトルが『抱きしめたい』であることを紹介しました。英語の原題を直訳すると『手をつなぎたい』なのに、日本語になるやいなやスキンシップが2段階くらい上がっているネーミング。ビートルズ、日本では距離感を急に詰めすぎ、と。
実は、ビートルズの名・迷邦題はまだまだあるのです。
最も有名なのは、やっぱり『A Hard Dayʼs Night』(64年)の邦題『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』だろう。原題を直訳すれば『つらい一日の夜』で、歌詞の内容は「君のために一日働いて、夜は君に癒やされたい」というものです。それが日本語になるといきなり3連ヤァ!が飛び出して、テンションは爆上がり。英語で言うなら 〝The Beatles Are Coming Yeah! Yeah! Yeah!〟 とでもなるだろう。もう、ロックというよりコントのタイトル。
首をかしげるネーミングだけど、これがある意味絶妙で。当時の日本では、ビートルズは単なる「音楽グループ」というよりも「現象」として迎えられていた。曲も、彼らの勢いが詰まった映画のタイトルと連動していました。もしかしたら、唐突な「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」のおかげで「ビートルズ=笑顔とリズム」という文化的イメージの〝翻訳〟に成功したのかもしれません。
似たような例は『Help!』(65年)。原題は切実な叫び一語だけど、日本ではアルバム用邦題として『4人はアイドル』(現在は『ヘルプ!』に改称)と名づけられた。叫びが一気に青春コメディ化。NHKで夕方6時から始まる番組のテーマ曲にしても違和感がないくらい。きっと、これを聴いていた当時のファンは、「ああ、彼らは助けを求めてるんじゃない。アイドルなんだ!」と思ったに違いない。たぶん。現代の評価ではもちろんアイドルという枠にとどまらないビートルズの、登場時のイメージがよくわかる邦題。
同時期の『Ticket to Ride』(65年)も忘れてはいけません。英語では自由と恋と旅情が漂うしゃれたフレーズだが、日本語になると『涙の乗車券』となる。涙が昭和ロマンチシズムの香りを放っている。駅のホームで見送る彼女、夕暮れ、切符、ハンカチ......湿り気たっぷり。だが、ただの直訳の『乗車券』よりは、確実に心に残ります。シンプルに『乗車券』って曲も聴いてみたいけど。
この時期の個人的フェイバリットは、『This Boy』(63年)。邦題は『こいつ』。短い。雑。なんだか感じ悪い。なのに妙にいとしい!?現代にリリースされてたら『#こいつ』でトレンド入りしそうな響き。ほかにも面白いのは『Youʼre Going to Lose That Girl』(65年)。本来『君はその娘を失うぞ』という警告だが、それを『恋のアドバイス』と訳す優しさ。カウンセラーか。
まだまだあります!邦題がつけられてないけど、このタイトルがあってもよかったのでは!?というパターンも。ビートルズ日本語文化圏トーク、次回に続く。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。『A Hard Dayʼs Night』の邦題が「イエー!イエー!イエー!」じゃなくて「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」なところもかなりツボ。公式Instagram【@sayaichikawa.official】
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