(写真撮影/前田慶亮)
11月10日(月) 7:00
民間が主体となり官民連携のまちづくりを進める群馬県前橋市。衰退していた中心街はアートを旗印に往年のにぎわいが戻りつつあります。この潮流に弾みをつけているのが、若い世代を中心としたサブカルチャー的なイノベーションです。空き物件を活用してホッピースタンドができたり、惜しまれつつ閉店した名物食堂をリノベーションし、2階に宿泊できる“まちやど”、1階に朝定食の店が登場したり。シャッター商店街の再生はどのように起きているのでしょうか。後編は「まちづくりのB面」をたっぷりレポートします。
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前橋みやげとホッピーがある弁天通りのアンテナショップ
前橋のまちづくりの舞台となるのは、前橋駅から徒歩15分ほどの中心街。かつてにぎわいを生み出していた9つの商店街が、時代の流れとともにシャッター街になってしまったことは前編で触れた通りです。
今も人通りは多いとはいえませんが、昭和レトロな建物をリノベーションした新しい店があちこちに。
例えば、弁天通りの夜を彩る「Bentena SHOP(ベンテナショップ)」はおみやげも売るホッピースタンド。ミラーボールが回る店内には前橋や群馬にちなんだオリジナルのグッズがずらりと並んでいます。その傍らではグラスを手におもちゃのようにかわいらしいテーブルを囲む人たちの輪が。おつまみは乾き物だけで、食べたいものを持ち込んでもOKというゆるさがたまりません。
オープンしたのは2022年。それぞれ本業をもつ3人で運営し、店番も交替制です。
「コンセプトは『弁天通りのアンテナショップで前橋のB面をつくる』。地元の人たちのコミュニティの場になっていて、1人でぶらっと来て隣の人と盛り上がり次の店へということもよくありますね。もちろん、おみやげを買うだけでもOK。県外から来た人もここに来れば街の深い情報を聞けますよ」
と話すのは共同経営者の1人、岡正己(おか・まさみ)さんです。2階にはDJブースがあり、時々イベントも開催。そのときは外の立ち飲みスペースまで人があふれるほどとか。
商店街のニューフェイスにはほかにもレストラン、カフェ、菓子店、アパレル、雑貨店、ギャラリーなど多彩な顔ぶれが勢ぞろい。シャッター街に新しい風が吹き込まれているのです。
物件探しから並走するマチスタントで新店が続々誕生
では、まちなか再生はどのように行われてきたのでしょうか。立役者とされるのが「マチスタント」です。
「マチスタントとは街のアシスタントという意味。前橋のまちなかでなにかを始めたい人と空き物件をマッチングするのが主な役割です」
こう話すのは前橋市役所にぎわい商業課の田中隆太(たなか・りゅうた)さんです。実は田中さんこそ、このマチスタント。取り組みが始まってから4年間でマッチングしたのは47件(2025年7月現在)。そのすべてを1人で請け負ってきたというから驚きます。
マチスタント誕生のきっかけはまちづくりのモデルプロジェクトとして進めた広瀬川河畔の整備にありました。
「広瀬川周辺は遊休不動産、つまり空き物件が多いんですね。その状態ではどんなに川沿いを整備してもにぎわいを生むのは難しい。空き物件に新しい店を誘致する民地の開発が不可欠だったのです。ところが、所有者に不動産屋さんが交渉に行っても怪しまれて門前払いされるケースがほとんど。であれば、最初は行政が中心になって交渉しましょうということになったんです」
その担当に抜擢されたのが、当時、市街地整備課にいた田中さんでした。まずは白地図を手にまちなかを歩き、空き物件を調査。色付けしたその調査結果をもってそれぞれの自治会長などに相談し、所有者につないでもらうということを繰り返したそうです。
「自治会長のみなさんは協力的で、その紹介があったから不動産のオーナーにも前向きに話を聞いてもらえました。信用度という点で市役所の名刺はかなり有効でしたね」(田中さん)
一方、まちなかで事業を始めたい人を見つけるために、田中さんはやはり街に繰り出します。
「
アーバンデザインを策定したころ
から、地域の人たちとのコミュニケーションを密に取るようにしました。特に、コミュニティの拠点となるような店には頻繁に足を運んで、そこで出会った人にも開業したい人が周りにいないかを聞いたりしていましたね」(田中さん)
当時、上司だったのは市街地整備課長の纐纈正樹(こうけつ・まさき)さん。「どしどし街に出るべし」という纐纈さんからのお達しもあり、市役所にいるより街にいる時間のほうが遥かに長くなっていったとか。
マッチングするときも単なる物件紹介では終わりません。街への入口を広げて入りやすくすることもマチスタントの任務のうち。
「物件紹介をする前には、どんな事業を起こしたいのかをじっくり聞いてから、まちなかがこれからどう変わっていくのかなどアーバンデザインについて伝えます。その後に街を案内しながらキーパーソンとつなげ、やりたい事業に関わる人を紹介することもあります。だいたいヒアリングに1時間半、街案内に2時間ほどかけていますね」
人によっては2回、3回と一緒に街を歩くこともあるそうです。請われればリノベーション会社を紹介したり、補助金の担当部署につないだり。納得のいく物件を見つけて開業するまで寄り添うのがマチスタントなのです。
47件の開業はまさに田中さんの地道な努力の賜物ですが、1年目から成果が出たわけではありません。
元上司の纐纈さんはこう話します。
「マチスタントの活動で何より重要なのは、地域の人たちとコミュニケーションを取り、信頼を得るまでの土台づくり。行政の組織としてその期間を許容できるかもポイントで、前橋市の場合、それにGOを出したから今のように広がっていったのです」
田中さんと商店街を歩くと、さまざまな人から声がかかります。そのつながりが次のつながりを生んで、シャッター街に新たな灯りがともってきたというわけです。
「LAUGH COFFEE(ラフコーヒー)」はマチスタントのマッチング第1号にあたるコーヒースタンドです。中央通りにある店はガラス張りで明るく、前を通りかかるとふらっと立ち寄りたくなります。
代表の神戸篤樹(かんべ・あつき)さんは現在29歳。この店を開くまでキッチンカーでコーヒーを売っていました。
「まだマチスタントという肩書きがない時期でしたが、あるとき田中さんからランチに誘われ、『まちなかに店を出す気ない?』って言われたんです。そのときにまちなかの魅力やこれからどう変わっていくのかと真剣に話してくれて、大人がこれだけ本気でプレゼンしてくれるのだから間違いなく面白くなるだろうと。絶対、まちなかでコーヒー屋を始めようとそのとき決めたんです」
田中さんと一緒に物件を探して回り、最終的に決まったのは、前編で紹介したまちづくりのキーマン、橋本薫(はしもと・かおる)さんが代表理事を務める「前橋まちなかエージェンシー」のサブリース物件でした。イベントでコーヒーを淹れているときに橋本さんに出会い、「コーヒー屋を開きたい」と直談判。その後、直々に出店のオファーがあったそうです。
開店したのは2021年8月。コロナ禍の真っただ中でしたが、むしろ神戸さんにとっては追い風だったといいます。
「あの時期に始めたことで逆に注目されたんです。しかも、当時はまちなかに若者がほとんどいなくて、20代で起業するだけでも相当インパクトがあったみたいで。お陰でいろいろな人がコーヒーを飲みにきてくれるようになりました」
話題になったのはそれだけでなく、神戸さんのまちづくりに対する熱い思いもありました。当初から公言していたのは「街のハブになりたい」
「コーヒー屋やカフェってコミュニティ形成のために外せないものだと思うんです。お客さん同士がつながったり、まちなかの情報が聞けたりする。街が再生していくなかで重要なコンテンツになるんですね。そういう場所が以前のまちなかにはなかったんです」
開店して4年、まちづくりが進むなか、変化は売上にも表れているそう。
「初めは平日が低かったんですが、最近は平日も引き上がりました。まちなかにランチに使えるいいお店ができて、若い人たちが集まるようになったからでしょう」
そんな話を聞いている間にも20~30代とおぼしき人たちが次々とドアを開け、コーヒーを注文しながらスタッフと談笑しています。若い人たちが集まる光景は都心のコーヒースタンドかと思うほど。人の流れの変化は確かに起きているようです。
神戸さんのチャレンジは「ラフコーヒー」だけにとどまりません。次なる場は弁天通りの「大衆食堂 べにや」跡。2025年2月に和食店「まどか」をオープンさせました。営業形態はちょっと変わっていて、朝7時から11時まで(土日は14時まで)は朝定食を出し、18時からはナチュラルワインと和食の店になります。特に朝定食の店はこれまでのまちなかにないコンテンツとか。
「移住者や観光客が増えているのに朝食を出す店は少ないと思ったのがきっかけです。その後、旅先でイケてる定食屋さんに出くわして朝定食の店をやろうと。夜のワインと和食もやはり旅先でアイデアをもらいました。
なかでも影響を受けたのは長野県松本市にあるワインバー。初めて行ったのに自分の居場所がちゃんとあって、すごく居心地がいい。お店がよかっただけなのに、松本の印象まで繰り上がっているんですね。そこから前橋の印象まで上がるような、体験として記憶に残る店をつくりたいと思うようになりました」(神戸さん)
「まどか」を切り盛りするのは店長の玉橋南実さんをはじめ20代の女性3人。ボリューム満点の和定食で1日をスタートさせるもよし、和のお惣菜とナチュラルワインで前橋の夜を楽しむもよし。カウンターのある客席はナチュラルで居心地がよく、朝も夜も足を運びたくなること間違いなしです。
「まちづくりは人によって役割が違って、僕が請け負うのは小さい飲食店をたくさんつくって前橋に来た人たちを退屈させないこと。1日や2日では回り切れないぐらいに充実させていきます」
そう話す神戸さんの次なる展開はポップコーン事業。惜しまれつつ閉店した「WILLOW POPCORN(ウィロウ ポップコーン)」の店名と製法を引き継ぎ、この10月から「ラフコーヒー」などの店舗やイベントでの販売を始めるそうです。
さらに、2026年には「ラフコーヒー」で週1回開いている夜パフェの店「悠凪(ゆうなぎ)」を独立させることも計画中。「ゆくゆくは公園にカフェもつくりたい」という神戸さん自身が街のハブになって、まちなかをますます盛り上げてくれそうです。
マチスタントのマッチングには移住者からの依頼も少なくありません。「CASA FRESCO(カーサ フレスコ)」はその1軒。野口泰平(のぐち・やすひら)さんと妻の沙織(さおり)さんが2人で営むカジュアルなスペイン料理店です。東京で暮らしていた夫妻が前橋に移住したのは子どもの誕生がきっかけでした。沙織さんは前橋生まれ。「子どもを育てるなら自然が身近で子育て支援も充実している前橋がいい」と考えたそうです。
「当初、僕は勤務先の東京の店まで新幹線を使って通っていたのですが、片道1時間半を続けるのはさすがに厳しい。いつか前橋で店を開きたいと思っていたので、退職してベーカリーや飲食店で働きながら物件探しをしていました。前橋はネットの店舗物件情報があまり更新されないので、自転車で街をぐるぐる回ったりして」(泰平さん)
ところがなかなか意中の物件に巡り会えず、共通の友人を通じて知り合った田中さんに依頼することに。すると、紹介されたのが今の物件でした。
「前はお寿司屋さんだったそうですが、長年放置されて中はボロボロ。屋根は茅葺きで一部から空が見えてました(笑)。でも、オーナーから好きなように改修していいと言ってもらえ、キッチンや客席の配置を考えるといけるかもと思えたんです。ここは裏弁天通りと呼ばれているんですが、隠れている感じのネーミングも好きでした」(泰平さん)
リノベーションを終えてオープンしたのは2024年。こぢんまりとした空間には夫妻の好きな絵や置物が飾られ、肩肘張らない雰囲気は「CASA=家」という店名そのままです。ディナーがメインですが、時々ランチ営業もあり、さらに古着や雑貨、アートなどが並ぶポップアップイベントも不定期で開催しています。
そんな夫妻はまちづくりが進む前橋をどのように感じているのでしょうか。
「高校時代によく遊んでいた友人たちがまちづくりに関わっていて、自分もそこに参加できるのはすごく楽しいです」というのは沙織さん。泰平さんも頷きながらこう話します。
「街が変化していく感じはわくわくしますね。この通りも少しずつ新しい店が増えて、隣には『diff』というギャラリーがオープンしました。隣でアートを見てからうちでご飯を食べるという流れも生まれているんですよ」
商店街の新店には紹介した以外にも個性派がそろっています。オリオン通りの書店跡に出来たのはクラフトジンの「双子蒸留所」。併設のショップでは試飲しながら好みのジンを選ぶことができます。今回、この記事の写真を撮影してくれた前田慶亮(まえだ・けいすけ)さんはこの店で蒸留を担当しています。さらに、クラフトビールの「ルルルなビール」ではコピーライターの店主が醸造をこなし、麻雀荘跡には古着屋さんがオープン。一見、昔のままでものぞけばなかは新しく、宝探し気分を楽しめます。
まちなか散策をした後にはゆっくり休める宿もほしいところですが、その受け皿も用意されています。
ニューフェイスは今年7月にオープンした「弁天通り宿泊処『べにや』」。宿名の通り、「大衆食堂 べにや」の跡を受け継いだ民泊方式の宿です。経営するのはフリーランスとして、プランナーやディレクターとして活動をする太田市の片山昇平(かたやま・しょうへい)さんと前橋市の建築家、木暮勇斗(こぐれ・ゆうと)さんの2人。
「前橋の宿泊施設は高級な『白井屋ホテル』と前橋駅前に集積するビジネスホテルに二極化されているのが現状です。せっかくまちなかに面白い店が増えているのだから、その延長で泊まれる場所があったらいいなと思い、空き家になっていた『大衆食堂 べにや』をそっくり買い取ることにしました」
と片山さん。宿泊場所になるのは、かつて住居として使われていた2階部分。歴史を感じる建具などは極力そのまま活かし、家具は富山の古家財再生ブランド「P/OP」とコラボしてモダンにリメイクされています。前出の「まどか」はこの建物の1階にテナントとして入居。階段を下りれば朝食も夕食も取ることができるのです。
ちなみに、前橋市ではまちなか開業支援として補助金制度を設けていますが、2024年度から「まちやど型」を新設。通常の2倍にあたる上限200万円の助成を受けられ、この宿でも早速、活用したそう。新たな補助金の導入で “まちやど”が増えていくかもしれません。
今回、前橋のまちなかを歩いて実感したのは街が大きく動き始めているということ。その変化を誰よりも感じているのはマチスタントの田中さん自身です。
「アーバンデザインをつくっていた6、7年前に比べると、まちなかを歩く人が格段に増えました。特に若い人が多く、『ここにまた何かできるのかな』『どんな店があるのかな』と景色を楽しんでいるんですね。そういう動きはお金をかければつくれるものでなく、『まちなかに行ったら面白いものがありそうだ』というきっかけが必要です。だから、毎日でも通えて、行けばいつもの知り合いに会えるような場所をつくることに力を注いできました」
一方で、前編で紹介した大きなまちづくりも不可欠です。両輪が円滑に回ることで、前橋にしかない個性が生み出されているのです。
前橋のまちづくりはまだ道半ば。今後は中央通りにある中央イベント広場など合計2.7haの区域で再開発が行われる計画です。市立図書館や商業施設が入る西街区の複合型ビルの基本設計は「白井屋ホテル」を手掛けた藤本壮介氏と「まえばしガレリア」の平田晃久氏が担当。街の顔を生み出した建築家がタッグを組むとあってすでに熱い視線が注がれています。
同時にマチスタントのまちなか開発も継続。商店街はさらに活気づくことは間違いないでしょう。
こうした街の変化に立ち会えるのも前橋の面白さ。次に訪れたときはどんな人や景色に出会えるのか、楽しみで仕方ありません。
●取材協力
マチスタント(田中さん)
Bentena SHOP(ベンテナショップ)
LAUGH COFFEE(ラフコーヒー)
まどか
弁天通り宿泊処「べにや」
CASA FRESCO(カーサ フレスコ)
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