サマータイムが終わり、パリはいよいよ本格的な秋へ。朝方まで雨、路面はしっとり濡れたまま。参加台数は控えめだろう。そう思って会場へ向かった。ところが読みは外れる。青空がのぞく頃には、常連の面々に加えバイクも意外なほど集まり、ヴァンセンヌ城前の一段高い”ステージ”はメルセデス・ベンツW124でびっしりと埋まった。SNSでクラブが募った効果は絶大だ。なかにはコーチビルドの霊柩車まで並ぶ徹底ぶり。曇天の光に、角の立ったサッコラインと均整のとれた面構成がいっそう冴える。
【画像】初秋のヴァンセンヌ城に集うメルセデスW124や常連の愛車たち(写真35点)
W124とは何か(ごく簡潔に)
1984年デビュー(欧州販売は85年)から95年まで続いた、メルセデス・ベンツの中核モデル。93年の改名で”Eクラス”を名乗るようになり、この型が実質「初代Eクラス」に当たる。ボディは
- W124:セダン
- S124:ステーションワゴン(Tモデル)
- C124:クーペ
- A124:カブリオレ
- V124/F124:ロング/特装(救急・リムジン等)
とフルライン。空力は当時の量産車水準を引き上げ、Cdは0.3前後。後輪にはマルチリンク、堅牢なボディと過剰品質の内装で”最後のメルセデスらしさ”を象徴する世代だ。機関は4気筒/直6/ディーゼルに加え、後期にはV8の400E/500E(E500)まで拡張。なかでも500E/E500はポルシェ協力の組立で知られ、筋肉質なフェンダーと厚いトルクで別格扱い。四輪駆動の4MATIC、ワゴンのセルフレベリングなど装備の粒も大きい。
要するに”使い勝手の幅”と”耐久の質”の交点にいたのがW124で、今日こうしてオーナーズクラブの号令一下で城前を埋められるのも、このモデルならではだ。
城前の光景
カブリオレも天候にひるまず参加。セダン、ワゴン、クーペ、そしてA124カブリオレがリズムよく並ぶ。霊柩車のストレッチボディはガラス面が大きく、W124の直線要素が別の文脈で”品”に転化するのが面白い。先月のDS70周年に参加した個体も来場しており、ダッシュに載った記念プレートが誇らしい。黒いDSはコンクール・デレガンス優勝車。静の美学を体現するボディに、フランス特有のイエローレンズが映える。
予期せぬ”脇役”たち
四輪の合間を縫って二輪勢が元気だ。パリ市内観光ツアーでおなじみのウラル・サイドカーが来場し、戦時設計由来のフラットツインを見せる。イタリアからはラベルダ650Sの並列2気筒、そしてMVアグスタ 750S America。日本勢はCB750 Fourが金色のタンクを輝かせ、原付枠ではホンダ・モンキーと、フランスの日常脚をベースにフルチューンされたMBK”モブ”が東西カルチャーの対比をつくる。
一方、いわゆるヤングタイマー世代では新生トライアンフ・スプリント900(T300系3気筒)がヒンクリー期の出発点を示し、欧州版NTV Revereは日本名ブロスの実用兄弟という立ち位置を再確認。さらにソレックスのクラブが数台まとまって登場し、フロントローラー駆動の独特な機構が往年の”庶民の足”を物語る。
人の温度
入場誘導で忙しく動き回っていたのは、Fiat 500(モデルM)のミリアム。前回はバッテリートラブルで叶わなかったツーショットを、この日は雨の降り出し前にしっかり収められた。イベントは車だけでなく、人の気配と物語で濃くなる。
雨脚、そして幕引き
やがて細かな雨粒が大粒へ。カブリオレは次々と幌を閉じ、会場は”蜘蛛の子”の解散ムードに傾く、が、その刹那、デ・トマソ・パンテーラGT5が滑り込む。ボルト留めのワイドフェンダーと大型リアウイング、雨粒を弾くエッジの鋭さ。群衆が再びせり上がるように近づき、80年代”イタロ・アメリカン”の熱気が一瞬で広場を支配した。
最後はジャガーXJ-S V12が家族の合図で静かに離脱。濡れたブリティッシュ・レーシンググリーンが秋色の並木に溶け、城前の喧騒は日常へ戻っていく。
濡れた路面、低い雲、そして人の熱量。W124の質感が朝の光の中で確かに立ち上がる一日だった。モデルの来歴からオーナーの暮らしまで—”良い道具”が時代を越えて愛される理由を、ヴァンセンヌはいつもさりげなく教えてくれる。
写真・文:櫻井朋成Photography and Words: Tomonari SAKURAI
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