(写真撮影/相馬ミナ)
11月4日(火) 7:00
千葉県千葉市中央区、千葉公園に隣接する複合商業施設「the RECORDS(ザ・レコーズ)」は、老朽化し閉鎖されていたビジネスホテルを、2022年に大規模なコンバージョンによって再生したもの。「既存の建物を解体せず、再利用し、地域の価値を再構築した」点が評価され、2023年度グッドデザイン賞を受賞した。現地取材し、誕生した背景や思いを伺った。
千葉公園に隣接する、5つの店舗と共同のイートインスペースを持つ複合商業施設JR千葉駅から徒歩約8分、約16haもの広さを誇る千葉公園の隣に、「the RECORDS」はある。
1階には、デリカテッセン・バル「Summer House Kitchen(サマー・ハウス・キッチン)」、本格スパイスカレーの「サウジャのカレー」、ベーカリー「Bakery トイット」、バー「Pool BAR(プール・バー)」、ライフスタイルショップ「Nest & Notes(ネスト・アンド・ノーツ)」という5つの店舗が営業している。これらはすべて、このビルのコンバージョンを手掛けた株式会社拓匠開発のグループ会社、Goodies株式会社が運営しており、統一された世界観の中でそれぞれが個性を放っている。中央にある「the RECORDS Diner(ザ・レコーズ・ダイナー)」と名付けられたイートインスペースで飲食できるフードコートスタイルだ。
ライフスタイルショップとベーカリーは朝7時から営業しており、公園を散歩する人々や出勤前のワーカーが朝食をとり、日中はランチを楽しむ家族連れや友人グループでにぎわう。ランチタイムが11時~16時までと長いのもうれしい。ライフスタイルショップでは、北欧ヴィンテージ家具や雑貨、キッチンウェア、グリーンを楽しめる。夜はバーやデリカテッセンのディナータイムで、お酒と共に会話を楽しむ人々が集う。さまざまな形態の店舗があることで、一日を通してさまざまな目的を持つ人々を迎え入れ、楽しい空間をつくり出しているのも特徴だ。
もともと、the RECORDSは、2019年に営業を停止したビジネスホテルが、クローズのままになっていた場所だ。改修はしたが、外観も室内もあちこちにその名残が見える。
例えば、コンクリートの躯体は丸見え。壁を抜き、仕上げ材をはがした跡が荒々しい印象を与えるも、ぶら下げられたドライフラワーがナチュラルな雰囲気も演出している。
1階のフードコート部分は、元は駐車場。床にはその名残が残り、コンクリートの床はインダストリアルな味わいを生んでいる。
当時築35年のRC造ホテルは階高が低いが、2階分を吹抜けにすることで開放感ある空間に。これは駐車場を店舗にすることで増えてしまった床面積を、吹抜けで2階部分の床面積を減らして容積率を相殺するという目的もある。
さらにライフスタイルショップはホテルのエントランスがあった部分。ホテル名の入った看板は文字だけを消して枠組はそのまま。かつて2階に直接上がれた外階段はあえて残し、グリーンを飾り、ファザードのデザインの一部となっている。
細部にも注目だ。
ホテル時代の案内図の上に半透明のボードで現在のフロアガイドを重ね、コンバージョンの前後を見せる。昔、ビジネスホテルだった時代の名残がデザインの意匠のひとつになっている改修は、「かつての記憶」も残す。かつてこのホテルで働いていた人や常連客にはなんとも懐かしく感じられるだろうが、初めて訪れた人ですらも「過去」が感じられることは、なんともエモーショナルだ。
この土地・建物を譲り受ける話が持ち上がった際、プロジェクトチームがまず考えたのは、「この建物が持っている価値を活かそう」ということ。
「経済合理性だけを考えるなら、実は、既存の建物を解体し、更地から新しいものを建設するほうが簡単。コンクリートの躯体を残しながら、一部解体するほうが手間もかかり、工期も長くなり、コストがかかるんです」と、このプロジェクトを手掛けた「拓匠開発」の広報担当、舘林真菜(たてばやし・まな)さん。
つまり、あえて「困難な道」を選んだのだ。
こうしたコンバージョンを施した背景には、開発側に「街がすでに持っていた価値を、“なかったことにする”のではなく、新たな価値を生みだそう」とする企業理念があるからだ。
「新しいものが、すべて良いものとは限らない。スクラップ&ビルドによって、これまでをなかったことにするのではなく、これまでに敬意をはらい、すでにある“良いもの”を活かして新しい価値にしたい。このthe RECORDSの建物は、1986年に建てられ、現在39年の歴史を持ちます。この建物の存在、この建物に眠っていた記憶も尊重し、その価値を未来に繋ぐことこそが、真の意味での開発になると考えています」
このビルの「眠っていた価値」は「公園に隣接している」というロケーションだ。
以前のビジネルホテルでは、「夜、就寝のために静かに過ごせる空間」という機能が重視されていたため、公園の緑を借景として味わい尽くすつくりになっていなかった。気軽に立ち寄れる場所というより、プライバシーを重視している面もあるだろう。
そこで、このコンバージョンでは、公園の緑を最大限に享受できるよう、大きな窓に改修。エントランスホールの屋根部分を緑あふれるテラス席へと変更した。1階は駐車場だけ、という味気ない造りから、1階をメインの入り口にすることで、誰でもふらりと立ち寄りやすいように意図されている。
かつては3階部分だった2階は、誰もが利用できるイートインスペースと、緑の借景を一望できるラウンジスペースがある(有料:2時間500円/平日のみ)。このラウンジはのんびりくつろいで飲食するのもあり、コワーキングスペースとして仕事をするのもあり、商談などで使うのもありだ。
また貸し切りのパーティーやイベントにも対応可能だ。音響機材やプロジェクターも完備されており、学校や企業の集まり、ウェディングパーティーの会場として利用されたこともある。
「もともとラウンジは、当社のお客様向けの専用ラウンジとしてスタートしましたが、“もっと一般的に使って頂くほうがいいのでは”という観点からコワーキングスペース(平日のみ)としての利用も始めました」
このthe RECORDSは、特定の用途に縛られない「余白」として設計されている。運用は、その都度見直せばいい。すべてグループ会社が運営する店舗だからこそフレキシブルに対応できる。
「このコンバージョンにおいて参考にしたのは、“全米で住みたい街NO.1”として知られるポートランドです。“コンパクト”、“ローカルファースト”、“サステナビリティ”という街づくりのキーワードが有名ですが、“ミクストユース(複合利用)”もポートランドの象徴です。一つの建物や区画を商業、オフィス、住宅と、多目的に利用することで、昼夜を問わず街に活気が生まれること。この場所もそういう場所になれたら、と思います」
そして、この複合商業施設が「街」に与える影響もある。
「千葉駅の千葉公園口側は住宅街の印象が強く、にぎやかな東口側に比べて飲食店の数も限られていましたが、ここができたことで、新しい人の流れができたと思います。公園に遊びに来た人がついでに立ち寄るだけでなく、ここを訪れた人が公園や周辺の店にも足を運んだりする。ユーザー層はあえて問わず、老若男女あらゆる人々が混じり合い、満たされ、影響し合い、認め合う『PEACEFUL CHAOS』な空間を目指しています」
その目標を達成するため、施設では飲食の提供以外にもさまざまな「仕掛け」が用意されている。
施設の名前「the RECORDS」にちなんで、DJブースを設けて音楽とお酒を楽しむイベント「RECO-ON -レコオン-」を定期的に開催している。
「ほかにも、大きくうたってはいませんが、定期的にヨガやトレーニングのワークショップも行われています。飲食以外の目的で人々が集まる機会を提供しています」
平日昼間にもかかわらず、おひとり様から、子ども連れ、大人のグループまで、10代からシニア世代までの幅広い属性を持つ人々でにぎわう「the RECORDS」。単なる商業施設ではなく、こうした場所が「ハブ」となって、「街」と「人」をつなげる役目を持つのも、地元密着の企業が運営しているからこそ、だろう。
どこの駅前にもあるようなチェーン店が並ぶ画一的な風景ではなく、“ここにしかない街”を創ることができれば、郊外にある街の未来のモデルとなるだろう。
●取材協力
・
the RECORDS
Instagram(@the_records_1986)
・
拓匠開発
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