フィアット500「Titine」と生きる|ヴァンセンヌ旧車会の小さな女王

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フィアット500「Titine」と生きる|ヴァンセンヌ旧車会の小さな女王

11月3日(月) 12:11

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「ヴァンセンヌ旧車会では、女性オーナーはまだ少ないの」
そう、ミリアム・ウルバンは笑みを浮かべながら言った。

【画像】ヴァンセンヌ旧車会の数少ない女性オーナー、ミリアムと愛車フィアット500(写真23点)

彼女もその数少ない一人だ。愛車はフィアット500。愛称は”ティティーヌ(Titine)”。

ティティーヌとは、フランス語で小さな車や古い車に親しみを込めて呼ぶ言葉だ。その小さなボディと明るい笑顔で、Vincennes en Anciennesの広場でもひときわ目を引く存在である。

ミリアムの自宅ガレージを訪ねると、まず感じるのは「車庫」というより”部屋”に近い空気だ。壁にはヴァンセンヌのミーティングやパリ横断ラリーのプレート、そしてクラブのポスターがびっしり。最低限の工具しかなく、整備よりも「ここで過ごす時間」を楽しんでいることが伝わってくる。

なぜ彼女は車を愛するようになったのか
「一番美しい車は日本車ね。トヨタ2000GTよ」予想外の言葉に思わず笑ってしまった。

ミリアムにとって車とは、性能ではなく”スタイル”だという。「女性は男性と違って、エンジンや最高速よりもデザインに目が行くの。私にとって車は美の対象なの」

そんな彼女が出会ったのがフィアット500だった。戦前のアール・デコ様式をこよなく愛するミリアムにとって、500の愛らしい曲線はまるで当時のファッションデザインのように感じられたのだという。イベントにもクラシックな衣装で参加し、彼女自身がまるでアール・デコ時代の登場人物のようにその場に溶け込む。

小さな巨人、フィアット500の誕生
ここで少し、この愛すべき小型車の歴史を振り返ってみよう。

フィアット500が誕生したのは1957年、戦後イタリアのモータリゼーション黎明期のこと。正式名称は「Nuova 500(ヌオーヴァ・チンクエチェント)」——それは戦前のTopolino(500 Topolino)とは全く異なる新設計だった。空冷2気筒エンジンをリアに搭載し、全長はわずか3メートルにも満たない。だが、庶民の足として、そしてイタリア文化の象徴として愛された。

モデルは時代とともに小さな改良を重ねている。
最初の「Nuova 500(1957–1960)」は可愛い自殺ドア(後ろヒンジ)を持ち、13馬力の479ccエンジンを搭載。
続く「500 D(1960–65)」では屋根が布製のまま、排気量を499ccへ拡大。
「500 F(1965–72)」で前ヒンジのドアとなり、安全性が向上した。
そして最終形の「500 L(Lusso, 1968–72)」ではメッキバンパーや内装を豪華にし、都市生活者のライフスタイルに合わせた仕様となった。
どの世代も共通しているのは、シンプルで誰もが笑顔になれるデザインと、独特の空冷サウンドだ。

モデルM —— ミリアムだけの500
ミリアムの愛車”ティティーヌ”は、1967年式の500Fをベースにしているが、細部を見ると複数の世代の要素が組み合わされている。きっかけは、彼女が旧車を探していたときのことだった。

「リヨンのサロンがいい」と勧められ、彼女は現地へ足を運んだ。会場には数多くの車が並んでいたが、「パリで走るには小さな車がいい」と思い、そこで出会ったのがフィアット500だった。ブースにならんだフィアット500に魅了された。ただそこに展示されていた各モデルそれぞれのチャームポイントが気になった。

「このバンパーがいい」「バッジはこっち」「シートはこのスタイル」——そんな彼女の願いをこの担当者は快く受け付けて、イタリアで特別モデルを制作することとなった。

「あなたはフィアット500について詳しくないのね」彼女は微笑みながら僕にそう言った。「マニアなら、この子がちょっと”チグハグ”だって気づくはずよ」

すべての作業はイタリア本国で行われ、約1年をかけて完全にレストア。細部まで彼女の要望が反映された”ミリアム仕様”のフィアット500が完成した。それが、彼女が誇りを込めて「モデルM(MはMiriamのM)」と呼ぶティティーヌである。

パリ19区モザイア通りを走るティティーヌ
給油を済ませ、彼女の案内で19区へ向かう。ここは意外に起伏が多く、石畳や細い路地、信号の間隔も短い。撮影に適した背景を探しながら小刻みに停車と発進を繰り返すうち、何度かエンストが出る。スターターを酷使したわけではない。坂道での停止と発進、そして場所替えの連続で停車回数が増えたことが原因だ。

「500はクラッチの”つながる位置”が思ったより狭いの」とミリアム。完璧にレストアされた個体で、機械的な不調ではない。むしろ当時の設計が持つ特性と、都市の勾配・交通事情が重なった結果だ。携帯ブースターは”万一”に備えた装備として積んでいるだけで、この日も頼ったのは発進のコツと呼吸の取り方。

場所を選び直しながら、ティティーヌは軽やかに街を上っていく。夕暮れの光の中で見送る小さな500は、どこか誇らしげだった。それは単なる古い車ではなく、彼女の人生の一部であり、スタイルの象徴でもある。

「また11月のヴァンセンヌで会いましょう」
そう言い残して、ミリアムとティティーヌは静かに走り去っていった。


写真・文:櫻井朋成Photography and Words: Tomonari SAKURAI
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