(写真撮影/有川 朋宏)
10月21日(火) 7:00
鹿児島空港から車で約25分、海沿いの国道を通り、田園風景が続く景色のなかに、急に現れる洒落た建物が昨年11月に開業した「小浜ヴィレッジ(オバマヴィレッジ)」だ。商業施設やオフィスなどから成る複合施設で、今後は宿泊施設も登場予定だ。手掛けたのはデベロッパーではなく、江戸時代から林業を家業とする地元の工務店で、「過疎地が生き残るケーススタディ」として注目を集めている。今回は、このプロジェクトを運営する「おばま工務店」取締役会長、「小浜ヴィレッジ」の村長である、有村健弘(ありむら・たけひろ)さんに経緯や今後目指すものについてこのプロジェクトのために、霧島市の中心街にあった本社をこの土地に移転までした経緯も含めて、お話を伺った。
月1回の「おばま朝市」は地元に人気の美味しいイベント取材日は毎月第三日曜日に開催されている「おばま朝市」の日。10時にオープンする前から行列ができる人気のイベントだ。豆腐と豆腐を使った惣菜やスイーツのお店、地元農家の農薬・化学肥料不使用の野菜、ハーブ、鹿児島の名産、有機や自然栽培の食材を使ったごはん屋さんと、「小浜ヴィレッジ」で通常営業しているお店以外の、地元・近隣のお店が並ぶ。
「いつも楽しみ。豆腐屋さんのスイーツがお目当てなんです」という常連さんや、「ココ(小浜ヴィレッジ常設)のパン屋さんにはよく来るけれど、朝市は初めて。ずっと来てみたかったんです」と話す車で約10分のところに暮らすご家族。狭い地域なので、”久しぶり~”とスタッフと顔見知りというお客さんも少なくない。
2階もしくは平屋の建物5棟で構成された「小浜ヴィレッジ」には、ベーカリー、洋菓子、コーヒーショップなどのお店のほか、オフィスもある。ほかにもシェアキッチン、期間限定で出店できるスペース、会議室、コワーキングスペースがあり、誰もが用途に合わせて活用できる地域コミュニティの拠点でもある。
「本当にここらへんは田んぼばっかりだったけれど、こういう場所ができて、すごく良かった。散歩がてら、お店に足を運ぶのが日課です」という、徒歩圏内に住むご近所さんもいらした。
特徴的なのが、この場所を手掛けたのは、工務店である、ということ。通常なら「建物を建てる」役割だけを担う工務店が、自ら土地を取得し、開発をし、管理・運営まで行う。
「地方の、この規模だからこそ、できたことだとは思います」とおばま工務店の取締役会長であり、「小浜ヴィレッジ」の村長である、有村さん。背景にあるのは、過疎化が進む地方の危機感だ。
「もともとウチの家系は、江戸時代から続く林業が生業。祖父の代で製材所になり、父の代で木造住宅を建てる工務店になりました。僕で11代目。しかし、少子化でどんどん人口は減り、都市部に集中する動きが加速しています。このままいったら、地方はどうなるんだろう。少なくとも、今までやってきたことの延長線上に未来はないと思ってしまったんです」
そして、辿り着いたのが、“いい家を建てるのも大切だけれど、家を建てたくなるような街にしよう”という考え。「エリアリノベーション」や「ローカルデベロッパー」という新しい役割に挑戦しようと考えた。
「受け身ではなく、自ら街……いや、私達の手に負えるスケ-ル感なら“村”ですね。魅力的な村を創り出すことで、訪れる人、働く人、暮らす人を増やしていこうと考えました」
「小浜ヴィレッジ」の参考にしたのは、海外視察で訪れたアメリカのポートランド。自然豊かで生活コストがリーズナブル。文化施設もあり、ほどよくコンパクトな街で歩いて暮らせる街として、人気が高い。
「何より、住んでいる人が楽しそうって思ったんです。そして、その街でしかないローカルさを大切にしていることにも共感しました」
そんななか、以前、お客様が住宅を建てる際に仲介してくれた不動産会社に、鹿児島県霧島市隼人町小浜のこの土地を紹介された。海沿いの絶好のロケーション、高速インターが近く、空港から車で約25分の立地。そういうポテンシャルがありながら、人口は600人程度で、高齢化が進んでいる場所であったことに、将来性を感じた。
「ここを鹿児島のポートランドにしよう」――その挑戦が始まった。
「人を呼ぶには、まず“食”。日常的でありつつ、ここでしか食べられないものを食してもらいたい。そのためには、大量生産ではなく、個人の想いが詰まったお店であること。クラフト感、カルチャーを感じられることが大切でした。可能なら地産地消。地元の農産物を使ったメニューにも挑戦してもらいたかったんです」
テナントは広く募集はせず、基本的に「一本釣り」。直接もしくは知人を通して、人となりが分かる人、似た価値観を持つ人に入ってもらいたいと考えた。その結果、ベーカリー、洋菓子店と、「自分のお店を持つのは初めて」という店主さんばかり。
「新しい挑戦を応援したいという気持ちも強かったんです。同じ想いを持つ人と一緒に盛り上げたい。そんな気持ちで声を掛けさせていただきました」
ほかにも、鹿児島県の霧島クラフトビールを醸造する「ASH HEAD BREWERY」のブルワリー兼バー、本業は植物の企業が手掛けるコーヒー&ワインのお店の2号店「POT A CUP OF COFFEE」もある。どちらの代表も、この地域では知る人ぞ知る人物で、有村さんとも旧知の仲。
さらに、シェアキッチンやPOPUP店舗を設け、店舗を持たない個人事業主にも挑戦しやすい環境を提供している。それなら、趣味の延長線上で「週に2回だけ自分のお店をやってみたい」という形が可能になるからだ。
またテナントのお店も、基本的には個人経営のお店のため、中には週に4日営業が限界だったりする人もいる。そんな場合は、シェアキッチンのお店の人に声をかけたり、そのお店の仲間による代打営業も可にするなど、フレキシブルに対応している。
「単に利益を考えれば、大手チェーン店を誘致するのが簡単です。でもそれだと、“定休日は1日まで”、“〇時まで営業してください”などのレギュレーションが厳しくなりがち。個人経営のお店は参入しにくいんです。うちの場合は、“テナント”というより一緒にこの場所を盛り上げようと共通の目的を持った“仲間”だと考えています」
こうして現在はご近所さんも遠方からも人が訪れる人気の場所となったが、実際開業するまでの過程は、決して簡単ではなかったと有村さんは振り返る。
「新しく商業施設が建つなんてことがずっとなかったエリア。周囲の住民は当初警戒心100%でした。下見をしていたら、何かカルトな宗教団体とか、よろしくないものが建つんじゃないか、と思われたみたいです」
その地域を盛り上げようと思っているのに、住民の方々に拒絶されてはまったく意味がない。そこで有村さんはとった方法は超アナログ。”地元の人”になったのだ。
「本社も移転しました。現在、家を建築中です。それに先駆けて、娘も地元の小学校に転入。自分も地元の消防団に入り、お祭りがあれば出店し、娘の小学校のPTAの役員も引き受けました」
すると当然、地元住民の警戒心は薄れ、一緒にこの地域を盛り上げようとする仲間になっていく。
「僕たちも、ここで暮らし、ここで働くわけですから、当事者なんです。建物をつくって終わりじゃない。いい場所にし続けることに努力を惜しまない、そういう想いが伝わった結果だと思います」
また自社含め、テナントのスタッフにはなるべく近隣の方を採用してもらえるよう、お願い。新しい雇用の場を提供したいとも考えている。
商業施設だけでなく、「働く」場所でもある小浜ヴィレッジ。本社として移転した有村さんが代表を務める「おばま工務店」だけでなく、設計を手掛けた藤原徹平氏の設計事務所も移転をしてきた。
さらに、地元の福祉関連企業、リユース・リサイクルなどの環境ビジネスの企業、社会や地球の課題解決を支援するコンサルティング企業、東京本社のIT企業の研究所がここを拠点としている。こちらも、商業施設同様、「社会に対してこうしたい」という想いを共にする企業を誘致している。
「小浜ヴィレッジ」はまだ住宅を併設はしていないが、ここで働く人が鹿児島県霧島市内に移住してくるケースもある。
例えば有村さんの娘さんとパン屋さんご夫妻のお子さんは同じ小学校。仕事でお付き合いがあるだけでなく、パパ友、ママ友でもある。朝市に遊びに来られたご家族が、これを縁に、有村さんの会社で家を現在建設中だ。
「暮らす」と「働く」が近いため、オンとオフの人間関係が混在し、プライベートとパブリックがシームレスにつながる。すると自然と信頼関係が生まれてくるものだ。
「まさに“村”ですよね。どんな仕事をして、どんな人で、家族は誰かを知っている。とはいえ、移住者も多く、“はじめまして”のシーンも多々あり、一定の距離感も大切にする側面もあります。この規模感が、地方での優位性と言っていいかもしれません」
秋には車で3分の位置に、ゲストハウスをオープン予定。ゆくゆくは住宅の供給も考えているそう。
「将来的には、医療機関も誘致したいですね。めざすは“ゆりかごから墓場まで”。助産院や葬儀場まである場所になったら、まさしく“村”ですよね」
取材中、たくさんのお客様、働いている方に声を掛けさせていただいたが、誰もが楽しそう。しかも、お客さんとお店の方がママ友、パパ友だったり、元同級生だったり、平日はそこで働く人であったり。ホストとゲストと明確に分かれていない間柄の人々が醸し出す雰囲気は、とてものどかで居心地が良いもの。
ここが表参道や湘南にあったなら、人・人・人で大変な混雑になっただろう。地方だからこその良質な時間を過ごせるこの場所の、今後の展開に期待したい。
●取材協力
小浜ヴィレッジ
【関連記事】
・
「下関って何にもない、ダサい」我が子のひと言に奮起。空き家再生で駅前ににぎわいを山口県・上原不動産
・
人口減エリアの図書館なのに県外からのファンも。既成概念くつがえす「小さな街のような空間」の工夫がすごすぎた!静岡県牧之原市
・
食の工場の街が「食の交流拠点」にリノベーション! 角打ちや人気店のトライアルショップ、学生運営の期間限定カフェなどチャレンジいっぱい福岡県古賀市
・
伝統木彫のまちで、5年間で44軒の空き家が新しい店やオフィスに新展開。いま井波では何が起きているのだろう?富山県南砺市井波
・
「さがデザイン」が公共事業を変えた|クリエイターら”勝手にプレゼン”で知事が動いた!”道路空間を憩いのテラス”に建築家・西村浩インタビュー【3】

関連キーワード