全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
【写真】シェアロースタースペースでは焙煎機をはじめ、グラインダー、ドリッパーといった器具も使用できる
なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
九州編の第114回は大分県大分市にある「Create Coffee Lab」。当連載でもすでに100軒以上の店舗を取材し、紹介させていただいているように九州・山口だけでもたくさんのコーヒーショップが存在する。特にここ数年は1キロ、2キロといった少量から豆を焼くことができる小型の焙煎機の普及によって、ロースタリーは増えており、他店とどう差別化をするかという点はどの店にとっても重要なテーマになっていることだろう。今回訪れた大分市の「Create Coffee Lab」は、そういった差別化という意味では他店にはない強い魅力を持っていると感じた。その理由は店主やスタッフの“人間力”にある。特に店主の椎原 渉さんの“人たらし力”“求心力”“コミュニケーション能力”は圧倒的で、すごい。
足を運んだのは九州にも大寒波が到来した、まれにみる寒い1日だったが、テイクアウトと豆売りオンリーの「Create Coffee Lab 花高松店」の店前にはコーヒー注文のお客が待っている。しかもほとんどのお客が顔見知りで、椎原さんはそれぞれにフランクにあいさつ。お客たちもニコニコと笑顔で「店におらんでから、なんしよん」「今は忙しそうやけん、あとでまた来るわ」といった友達のようなやり取り。お客たちはコーヒーを買う目的もあるが、椎原さんはじめ店に立つスタッフとの会話も楽しみに訪れているのだろう。老若男女、地域の人たちが集う公民館のようなコーヒーショップの魅力を探っていきたい。
Profile|椎原 渉(しいはら・わたる)さん
大分県大分市生まれ。大分商業高校では野球部に所属し、甲子園を目指す。父親の仕事に同行して目にした中国の市場の活気に惹かれ、高校卒業後は中国の厦門(アモイ)大学に語学留学。当初は1年のみの留学予定だったが、現地で猛勉強の末、中国語検定に合格し、同大学の本科である経済学部国際経済貿易学科に編入。経済や貿易について学び、帰国。中国語のスキルを活かすために大分県別府市に本社を構えるコーヒーを柱とした商社、三洋産業に入社。国際部の社員として中国を中心に活躍。三洋産業でコーヒーの実情を知るにつれ、産地に深い興味を抱く。同社を退職後、JICA海外協力隊の青年海外協力隊員として、コーヒーの栽培知識などについて知識を広めることを目的にルワンダへ。コロナ禍により2年の任期予定が1年半となり、志半ばで帰国。2020年3月に帰国し、ルワンダで自身が目にしてきたコーヒー生産のリアルを伝えたいという思いもあり、2022年5月、念願となる自身のロースタリー「Create Coffee Lab」の1号店・花高松店をオープン。
■小難しい話しは置いといて
店主の椎原 渉さんはプロフィールに記したように経歴からして少し変わっている。自分がやりたいと考えたら、とにかく貫き、なによりものすごい勤勉家。コーヒーに関して言えば国際資格である米国コーヒークオリティインスティテュート(CQI)認定のQアラビカグレーダー、Qロブスタグレーダーを取得し、ハンドドリップによる抽出技術を競う競技会、COFFEE BREWING TOURNAMENT JAPAN 2023では見事日本一に。自身の店を2022年5月にオープンし、短期間でそんな実績を残しているのは椎原さんが努力家である証だ。一方で、椎原さんは非常にフレンドリーな性格ゆえ、「Create Coffee Lab」の敷居は高くない。むしろすごく間口が広く、誰でもウェルカムな雰囲気だ。
1号店の花高松店は豆売りとテイクアウトドリンクのみだが、いつも賑わっていて、人気店だということがよくわかる。スタッフがコーヒーを淹れるところを見たり、お客同士がコーヒー片手におしゃべりしたり、さまざまなコミュニケーションが生まれている。そんな「Create Coffee Lab」は2024年4月に2号店となる中島店 Cafe&Galleryをオープン。こちらは1号店とは異なり、イートインスペースメインのカフェスタイル。「テナントのオーナーさんとご縁があってこちらに2店舗目を開かせていただけることになりました。私たちのような小さなロースタリーにとっては大変ありがたいことですし、大きなチャンス」と話す椎原さん。
■迎合することは悪いことじゃない
取り扱う豆は1号店、2号店ともに一緒で、シングルオリジン9~10種、定番のハウスブレンド3種。生豆の産地は椎原さんが実際にコーヒー農園を目にしてきたルワンダをはじめ、コスタリカ、グアテマラ、エチオピア、インドネシア、パプアニューギニア、コロンビア、ケニアなど世界各国にわたる。生産処理はウォッシュト、ナチュラルといった伝統的なものが多いが、椎原さんが考えるコーヒー観は概念にとらわれない。
「私はコーヒーには正解はないと考えています。スペシャルティコーヒーはフレーバーやアシディティ、フルーティーさを損なわせるのはよくないと言われますが、私はロースト感をまとった深煎りのコーヒーでも、おいしければいいと思いますし、極論、漬け込みなどを施してコーヒー以外のフレーバーをまとわせるインフューズドコーヒーだって、そのコーヒー豆に合っていればありだと思うんです。もっとコーヒーは自由でいいし、こうじゃなきゃいけないという縛りはない方が楽しいと考えていて。私たちはコーヒーを飲んでいただいたお客さまの素直な反応を大切にしたいと常々思っており、遠慮されることなく、おいしい、おいしくないのジャッジをしていただきたいと思っています。おいしかったと言っていただければ、その方向性を伸ばしていきますし、少しでもおいしくなかったと言われれば、改善できるよう生豆選びや焙煎プロファイルを見直す。私は自分のポリシーを貫くだけではなく、味わいやスタイルからお客さまに寄り添っていくことが必要だと考えています」
そういった自由で、受け入れるスタイルだから「Create Coffee Lab」はコーヒーラバーの裾野を広げ、老若男女に愛されるコーヒーショップとなっているのだろう。
■コーヒーは世界を広げる手段
そんな柔軟な姿勢が魅力の「Create Coffee Lab」は現在、シェアロースター事業を本格的にスタートしようとしている。大分市海原にある焙煎所を、初回講習を受けてもらえたら、その後は時間制で借りられるというもの。
「お客さまと何気なく会話している中で、『自分でも焙煎をやってみたい』といった声が多く聞かれ、それだったら、希望者にいつでも利用できるような仕組みを作ろうと思ったのがきっかけです。一人でもコーヒーが好きな方を増やしたいですし、そこから興味を持って、コーヒーショップを目指すという人が出てきてくれたらうれしい」と椎原さん。シェアローストでの体験が独立開業につながる機会を生むことになると考えると、ライバルを増やすことにもなりそうだが、椎原さんにとってはそんなことはどこ吹く風だ。
「一緒にコーヒーでこの街を盛り上げていく仲間が増えるわけで、そっちの方が業界も勢いづいて絶対にいい。大分は福岡などと比べてコーヒーショップもまだ少ないですし、大分をもっと日常的にコーヒーに親しめる街にしていくことも目標の一つです」
さらに、椎原さんは発達障害の子どもを育てる家庭向けに定期的にコーヒー教室を開講している。その理由を聞いて、コーヒーが持つ可能性の広さ、そしてどう捉えていき、その上で活用していく新たな道筋も見えてきた。
「コーヒー教室は発達障害のお子さんを育てていらっしゃる親御さん同士が悩みを打ち明けたり、共感し合える場になればいいとの考えから行っています。ただ、そういう『悩みを打ち明けましょう』『支援の場ですよ』とストレートに言われると、ちょっと尻込みしちゃう方もきっといると思うんです。そうじゃなくて、あくまで気軽に参加できるものであることが私は大切だと考えていて」と椎原さん。
コーヒーをただの飲み物や商品ではなく、手段として活用し、取り組みを行っていく。地球規模の視野と地域の視点の両方を持ち、問題を捉え、解決していこうとする考え方“グローカル”をテーマに掲げる「Create Coffee Lab」。同店のようにコーヒーを手段としてさまざまなことに活用していくことは、これからのコーヒーショップが目指すべきスタイルの一つと言えそうだ。
■椎原さんレコメンドのコーヒーショップは「STELLIUM COFFEE」
「大分県大分市にある『STELLIUM COFFEE』さん。オーナーロースターのデミアさんはスウェーデン出身ですが、日本語はめちゃくちゃ堪能。英語も読み書きできるため、よく現地でしかリリースされていない、最新のコーヒーの情報を教えてもらったりしています。何でも自作するバイタリティ、知識、技術、そして焙煎士としてのセンスを感じるロースターです」(椎原さん)
【Create Coffee Labのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル半熱風式5キロ、フジローヤル半熱風式1キロ、DISCOVERY250グラム
●抽出/フラワードリッパー(CAFEC)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/150グラム800円~
取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)
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