“雪”で表現される、抗いがたい格差社会。『ミッキー17』ではキャラクターの位置関係をどう選択した?

ユーモラスな語り口で格差社会を描く『ミッキー17』と、過去のポン・ジュノ作品の共通点は?/[c] 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

“雪”で表現される、抗いがたい格差社会。『ミッキー17』ではキャラクターの位置関係をどう選択した?

3月30日(日) 7:00

韓国映画史上初のカンヌ国際映画祭パルムドール、そして非英語作品として史上初めて第92回アカデミー賞作品賞に輝くなど、いくつもの歴史的快挙を成し遂げた『パラサイト 半地下の家族』(19)のポン・ジュノ監督。その最新作にして集大成ともいえる『ミッキー17』が公開中だ。本稿では、監督が表現し続ける美学、そして描き続けていた“格差”というテーマについて深堀りしていこう。
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■ポン・ジュノ監督が選んだのは、エンタメ性と自身の美学の両立

「トワイライト」シリーズや『TENET テネット』(20)、『THE BATMAN -ザ・バットマン-』(22)のロバート・パティンソンを主演に迎えた本作は、パティンソン演じる失敗続きの主人公ミッキーが、一発逆転をかけてとある“夢の仕事”に申し込むところから物語が始まる。よく読まずに契約書にサインしてしまったミッキー、しかし仕事の実態は、身勝手な権力者たちからの過酷すぎる業務命令に従い、死んでは生き返るを繰り返す地獄のような日々だった。

何度も搾取され続け、何度も死に、そのたび生き返り、17人目となった“ミッキー17”は、ある日の仕事の最中に生死の淵を彷徨うこととなる。命からがら帰還を果たすのだが、そこに待っていたのは手違いで生みだされた“ミッキー18”だった。2人のミッキーが存在することが知られたらどちらも消されてしまう。そんな窮地のなか、ミッキーは、権力者マーシャル(マーク・ラファロ)&イルファ(トニ・コレット)への逆襲を心に決めることとなる。

オスカー受賞後最初の作品は、『パラサイト』から10倍以上の制作費で挑むハリウッド大作!

アカデミー賞に輝いた監督が次にどんな映画を発表するのかは、常に世界中の映画ファンが注目することの一つであろう。『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)のあとに『ナイトメア・アリー』(21)を手掛けたギレルモ・デル・トロのように、自身の美学をさらに追求していくのか。はたまた『ノマドランド』(20)のあとにマーベルの『エターナルズ』(21)を発表したクロエ・ジャオのように新境地へと挑むのか。ポン・ジュノ監督の場合は、その両方であった。

“二兎を追う者は一兎をも得ず”などと昔から言われているが、“二兎を追って二兎を得る”。それはまさしく天才にしかできない所業だ。ポン・ジュノ監督にとって、『ミッキー17』は本格的なハリウッドメジャー進出作。その注目度の高さは、これまでのどのオスカー監督とも比にならないだろう。

ロバート・パティンソン演じるミッキーの前に、もう一人のミッキーが?

言わずもがな、韓国とハリウッドの市場規模は大きく異なっており、『ミッキー17』の制作費は『パラサイト 半地下の家族』と比較すると実に10倍以上。過去にハリウッド資本を入れて手掛けた『スノーピアサー』(13)やNetflix映画『オクジャ/okja』(17)と比べても3倍近い制作費の差があり、映画が始まった瞬間からスクリーン全体に広がる作品世界の巨大さは一目瞭然。

それでも“格差”というテーマや、ミッキーという一人の人間の内面の弱さを浮き彫りにしながら(そこにもう1人のミッキーという多面的な部分を、あえて別の個体として登場させるアイデアの豊かさ)、ユーモアたっぷりの語り口に耳に残る音楽の使い方など、いつものポン・ジュノ作品そのもの。『ほえる犬は噛まない』(00)での長編デビューから四半世紀。ポン・ジュノが韓国映画界で築きあげてきた映画づくりの文法は、ハリウッドでもブレることはなく、映画界の頂点に輝いてもなお進化を続けていることが証明された。

■「前へ進むだけ」でも「上へのぼるだけ」でも不可能な下剋上

なかでもポン・ジュノ“らしさ”が表れているのは天候である。『殺人の追憶』(03)から『パラサイト 半地下の家族』に至るまで、ポン・ジュノ作品では登場人物の感情が常々“大雨”によって表現されてきた。

圧倒的なスケールアップに驚きつつ、随所にポン・ジュノ作品らしい要素が

しかし今作では、雨は降らず、しんしんと雪が降りつづけている。その点は先述の『スノーピアサー』とよく似ている。ざっと降ってすぐに乾く大雨ではなく、静かに降って、降り終わってもしばらくその場に残り続ける雪は、じわじわと根深く染みついた格差の手強さを表しているかのようだ。

その『スノーピアサー』は、荒廃した近未来の世界を舞台に、格差社会の底辺にいる主人公が支配者への下剋上を目論む姿が描かれた作品だった。同じように格差社会を題材にしながらも、対照的な立場にいる者の転覆を望むのではなく寄生することを目的とした『パラサイト 半地下の家族』とは方向性が明確に異なっている。そういった点でも、今回の『ミッキー17』は『スノーピアサー』と近しい。

劣悪な環境のブラック企業で搾取され続けるミッキー、逆襲の手立ては…

また、『スノーピアサー』では登場人物たちが生活する列車の車両の前後によって各々の格差が表現され、前へ前へと進んでいくことで敵に近付いていると示されていた。対して『パラサイト 半地下の家族』では、住んでいるエリアや土地や建物など居住空間の物理的上下が、劇中に登場する3つの家族の格差や関係性を見事に表していた。
しかし『ミッキー17』においては、ミッキーと権力者マーシャル&イルファのあいだの物理的な位置関係による差は明確化されず、劣悪な生活水準とブラックな労使関係だけをもって、両者の抗いがたい格差を見せつけていく。

『ミッキー17』は公開中!

この「前へ進むだけ」でも「上へのぼるだけ」でも不可能な下剋上を、ミッキーはどのように果たすのだろうか。ラストシーンの天候にも注目しながら、2人のミッキーの華麗なる逆襲を映画館で目撃あれ。

文/久保田 和馬


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