『ミッキー17』
3月24日(月) 3:00
米アカデミー賞をはじめ数々の賞を総なめにし、全世界で大ヒットした『パラサイト 半地下の家族』から6年、次はどんな作品で驚かせてくれるだろうかと注目されていたポン・ジュノ監督の新作劇場映画が、いよいよ3月28日(金) に日本公開される。タイトルは『ミッキー17』。ちょっとかわいらしい印象を受けるけれど、いやぁ、これがなかなかスゴイ。ミッキー君は、なんと「使い捨て人間」。奇想天外にして爽快、ハリウッド資本とがっぷり組んで制作された、エンタテインメント大作の登場です。
『ミッキー17』シルヴェスター・スタローン主演の『エクスペンダブルズ』というアクション映画がある。「俺たちゃ使い捨て(エクスペンダブル)さ」と、自虐的に自称しながら、高額な報酬を稼ぐ傭兵部隊の物語だ。
本作の主人公ミッキーは、自称でもなんでもなく、“リアル・エクスペンダブル”。宇宙開発の会社で本当に「使い捨て人間」として雇われることになってしまった人なのである。
舞台は、地球外の惑星に進出するのが当たり前になっている近未来。宇宙船がめざす星に到着すると、ミッキーは、まず一番先に船から降ろされ、人間がその星に適応できるかどうかの探査に使われる。もしそれで不具合が起こって、死んだりすれば、すぐにまた「人体複製(プリンティング)」によって“新しい彼”が作られて、更なるテストが行われる。まるでリトマス試験紙みたいな役割の人間が存在する時代のお話。
ミッキーの体験や記憶、つまり脳内は、次のコピー人間にちゃんと受け継がれる。ここが重要なポイントだ。
そもそもミッキーは、マカロン屋を営んでいた。ところが店がうまくいかなくなって、借金で首が回らず、高給に引かれてこの仕事に申し込んだ。お人好しのダメ人間で、失敗だらけの人生、生まれ変われるならありがたいとさえ思っていたが、ちゃんと仕事の契約書を読まなかったのが運の尽き……。
…と、かなりブラックな「死にゲー」の展開なのだが、そこはポン・ジュノ監督ならではの演出、うっかり人の不幸を笑ってしまうコメディ・エンタテインメントに仕立てられている。
例えば、実際に人体のコピーが行われるシーン。インクジェット・プリンターで両面コピーしているときのような、アナログ感があって、なんだかワクワクする。宇宙船のなかの生活や、食事など、出てくるさまざまなシーンもそうで、ハイテクとローテクがうまく組み合わさった独特の雰囲気とでも言えばいいのか、全体として奇妙な世界観に満ちている。
「ミッキー17」というのは、複製17回目のミッキーのこと。原作はエドワード・アシュトンの小説『ミッキー7』。それをポン・ジュノ監督が脚色し、映画化した。タイトルの数が7から17に増えているのは、話を面白くするために、いろいろな失敗ネタを用意したからだ。
ミッキー“17”は、危険な調査に向かわされて、致命的な事故に遭ってしまう。それをなんとか切り抜けて、宇宙船に命からがら戻ったものの、すでに事故死と判断され、“18”が作られていて……。
17と18のふたりは、一時的にパニックに陥るが、追い詰められて、とんでもない逆襲をはじめる、というスゴい展開。
ふたりが同時に存在することで起きてしまう事象が、たまらなくブラックで刺さる。人は総じて、ひとりの中にさまざまな性格を持ち合わせている生き物。だからなのか、やや怠け者な17に比べて、18は攻撃的な性格が色濃く出ており、前向き。その不協和音が面白い。
何度も生まれ変わるミッキーを演じるのは、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』『THE BATMAN-ザ・バットマン-』などで人気のロバート・パティンソン。17と18のちがい、そんな人間の二面性を絶妙に演じわけてみせる。
ついつい、ミッキーの紹介ばかりをしてしまったけれど、登場するほかの人物もかなり強烈。開発プロジェクトのトップ(マーク・ラファロ)とその妻(トニ・コレット)は、自分の収益のためなら何ひとつためらわない、カルト宗教家めいたうさん臭い独裁者。ミッキーの内気でダメダメな姿に惹かれていくナーシャ(ナオミ・アッキー)もキーパーソン的な役割だ。
「これは、無力な存在が、意図せずしてヒーローになってしまう話。登場人物はみんなちょっとおバカな、愚かな愛すべき人たちの物語」と監督は語る。
面妖な、“クリーパー”という生きものも大活躍する。かなり不気味かつ、不思議な存在で、宮崎駿監督へのリスペクトが多分にある、という。たしかに、『風の谷のナウシカ』に登場する“王蟲(オ-ム)”を彷彿させる造形と動き。逆襲シーンも含めて宮崎アニメファンが見たらたまらないと思う。
ポン・ジュノ監督は、Netflixで作った『Okja/オクジャ』でも巨大ブタのような愛すべきキャラを登場させていたし、『グエムル/漢江〈ハンガン〉の怪物』では川の生物が変形した怪物が暴れまくった。きっと、こういうのが好きなんだな。
彼の考える映像世界実現のため、『Okja』を担当した撮影監督ダリウス・コンジや、最高レベルのVFXチームが集められた。
ハリウッドと組んでも、大好きなクリーチャーを登場させるオタク心や、世の不条理、社会の格差、不平等、人間の多面性を風刺するブラック・コメディ精神を貫いてみせる。その上で、スリリング、かつ爽快感をもたらす壮大なエンタテインメントを作りあげてしまう、ポン・ジュノ。実にタフでカッコイイ監督である。
文=坂口英明(ぴあ編集部)
【ぴあ水先案内から】
春日太一さん(映画史・時代劇研究家)
「……社会の底辺に生きる人間の怒りのドラマとして、生々しく接することができるし、主人公の奮闘を応援したくもなる……」
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