『エミリア・ペレス』
3月17日(月) 3:00
話題のフランス映画『エミリア・ペレス』が3月28日(金)、日本公開される。ゴールデングローブ賞では作品賞をはじめ4部門を受賞し、アカデミー賞でも非英語作品として歴代最多となる12部門13ノミネート、作品賞の大本命とまでいわれていたが、その後、主演女優の過去のヘイト発言が明るみに出て不興を買い、助演女優賞と歌曲賞の2部門受賞という結果に終わった。いまや“いわくつき”といわれかねない作品になってしまったわけだけれど、実のところ、着想は大胆だし、役者の演技もすばらしく、映画の魅力に満ちた作品。見逃してはもったいない1本なのだ。
『エミリア・ペレス』犯罪カルテルのボスが性適合手術を受けて女性になり、第二の人生をめざす──なんとも破天荒な話。しかも、ミュージカル仕立てだ。
監督・脚本はジャック・オーディアール。日本では知る人ぞ知るって存在なのだが、フランスでは相当な巨匠。フランス映画にもかかわらず、言語もジャンルも飛び越えていく自由な発想の監督だ。カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した『ディーパンの闘い』(2015) はタミール語がとびかう人間ドラマだったし、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)受賞の『ゴールデン・リバー』(2018) は、全編英語の西部劇だった。
では本作は、というと、言語はスペイン語、ジャンルはサスペンス、ノワール、人間ドラマにミュージカル+α……、かなりぶっとんだつくりになっている。
舞台はメキシコ。努力家で有能にもかかわらず、上司の手柄に利用されるだけの弁護士リタ。そんな彼女に突然、驚愕の依頼が舞い込む。依頼主は麻薬カルテルを支配する、マニタス。「女性として新たな人生を送りたい。それができる用意を、妻や子供にも知られずに行ってほしい」というのだ。なぜ私が?と逡巡するリタだが、法外な報酬に目がくらみ、受けてしまう。
性別適合手術の準備から始まり、生まれ変わりは成功。麻薬王マニタスはエミリア・ペレスという名の普通の女性として新たな生活をはじめ、リタも大金を手にして人生が好転する。しかし、それから4年、ロンドンで暮らすリタの前にエミリアが突然現れ、またもとんでもない依頼をしてきたのだ。
ドラマは、ここからさらに、エミリアの元妻らを巻き込んだ劇的な展開をみせる……。
この映画の魅力はなんといっても、女優たちの演技とパフォーマンスだ。特にエミリア・ペレス役を演じたスペインのトランスジェンダー女優、カルラ・ソフィア・ガスコンの存在感は、かなりなもの。麻薬カルテルの威圧的なボスから一転、妖艶な美貌と包容力を持つ女性に変身する。
オスカー史上初のトランスジェンダー女優による主演女優賞が期待されたが、1月下旬、過去にイスラム嫌悪、人種差別ともいえるヘイトツイートをしていたことが発覚。謝罪をしたものの、やはりアカデミー賞の授賞式ではアウェイ感が否めなかった。
一方、アカデミー賞助演女優賞を堂々と受賞したのは、弁護士のリタを演じたゾーイ・サルダナ。ジェームズ・キャメロン監督作『アバター』に主演したアメリカの実力派女優。本作では、歌曲賞の『El Mal』をはじめとするミュージカル・シーンで圧巻の歌とダンスを披露するし、物語の展開に欠かせない存在。実は彼女こそ、主人公なのかもしれない。
もうひとり。マニタス(=エミリア)の妻役を、全米のティーンに絶大な人気を誇るセレーナ・ゴメスが演じている。麻薬王の夫が突然いなくなり、ふたりの息子を抱えて、けなげに生きる一方で、元カレと関係にのめり込む、複雑な役を色気たっぷりに演じている。
この3人に、エミリアと親しくなる女性役のアドリアーナ・パスを加えた4人が、カンヌ国際映画祭で、通常はひとりに贈られる女優賞を“アンサンブル受賞”した。「それぞれが秀でていたが、一緒になると超越していた」と、審査員長をつとめた『バービー』のグレタ・ガーウィグ監督が理由をコメントしている。
この4人の視点でストーリーをみていくと、映画の構成の巧みさに感心すると同時に、“本来の自分”を追い求めながらも、それとは矛盾した感情をかかえる人間の業もみえてくる。
暗黒街の映画にありがちな家族の物語も加えつつ、サスペンス、ミステリー、コメディ、ミュージカルが入り混じり、ともすると収拾がつかなくなる内容を、ストーリーテリングのうまさで、品よくまとめ、観客をどんどん引きずり込んでいく。まさに、一級のエンタテインメント作品だと思います。
文=坂口英明(ぴあ編集部)
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