2月7日(金) 8:00
1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新56巻発売中!累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。酒飲みの好みとこだわりとはつくづく難しいものである。酒場で「○○でいい」ではなく「○○がいい」式の会話を心掛けるとどうなるか。
「もーーっ いいかげんに してほしいなーっ 冷房にあたってるうちビールが最もうまいコンディションが遠のいていくじゃないか~~っ」
「もう課長と飲むのはやめよう…」と宗達が心に誓うエピソードである。夏、暑い日の外回りを終えて居酒屋に駆け込んだ宗達と前田課長。一刻も早くビールで乾杯したいところ、課長は頭を悩ませる。
ビールを注文するにあたり、生ビールにするか瓶ビールにするか、どちらが最善かというのだ。初めて入った店らしく、課長は「生は注ぎ方が下手くそだと泡ばかりでちっともうまくないからね」「あるいは注ぎ方がうまかったとしても ジョッキが陶器だったりするとガッカリだし」などと言う。「陶器のジョッキなんてそうそうないですよ」と宗達が店内を見渡すと、店の生ビールはどうやら銅製のタンブラーに入って提供されているらしい。それに対し、課長は「唇に当たる金属特有の触感がどうしても好きになれないんだ」と言い放つ。
じゃあ瓶ビールに決まりかというと、この店に置かれている瓶ビール用のグラスは課長にとって小さ過ぎて「何度おかわりをしてもちっとも飲んだ気がしないんだ」とのこと。
課長が器にこだわるように、宗達はコンディションにこだわる。「冷房にあたってるうちビールが最もうまいコンディションが遠のいていくじゃないか」と、内心イライラが止まらない。体が暑いうちに早く1杯目を飲みたいのである。店が工夫を凝らして用意する容器も、せっかく空調で冷やした店内も、人一倍こだわりの強い彼らにとってはありがたいものとは限らない。酒飲みの好みとはつくづく難しい。
「長く生きてると『…でいい』ときもケッコーあるんだよ」
いつもの飲み仲間との酒席だが、今日は特別。斎藤の姪っ子である「桃ちゃん」も一緒だ。その桃ちゃんは20歳になったばかりで、「20歳になったら飲みに連れてくって約束してたんだよ」と斎藤は言う。そんな大事な場に宗達と竹股も呼ぶところに3人の尋常でない結束の固さが物語られているが、それはさておき、4人は大衆的な雰囲気のもつ焼き専門店へ。
「とりあえずビールでいっか」「じゃ とりあえずカンパ~イ」となんの気なく発する大人たちに対して20歳の桃ちゃんは不思議そうな顔で「さっきから『とりあえず』とか『…でいい』とかばっかなんだケド」「それって前向きじゃなくない?」と問いかける。そして「『ビールでいい』より『ビールがいい』のほうが前向きじゃん」と提案するのだ。
心動かされた大人たちは「オレはホッピーが飲みたいな」「オレは日本酒がいい」「ポテサラがいいな」「オレはさつま揚げがいい」と「○○でいい」ではなく「○○がいい」式の会話を心掛け、それによって場に新鮮な空気が生まれる。桃ちゃんのアイデアは素晴らしい。しかし、その飲み会の帰りに立ち食いそば屋に寄って「コロッケや天ぷらが食いたいのは山々だけど…」「ま かけでいいか」と蕎麦をすする宗達の「桃ちゃん 長く生きてると『…でいい』ときもケッコーあるんだよ」という心の声もまた、しみじみと味わいがある。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は2025年2月14日みんな大好き金曜日17時公開予定。
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