パリ市内では、ほとんどのエリアで最高速度が30km/hに制限され、環状線でも50km/hという車の締め出し政策が敷かれている。しかし、こうした厳しい制限の中でも、小排気量で高回転型のエンジンを搭載した車なら、十分に楽しく走れることを実感した。それがホンダS800だ。
【画像】どこを切り取っても絵になる!パリの街並みと日本のクラシックカーが見事にマッチ(写真40点)
父親から受け継いだS800を所有するセブリンさん。彼の父親はホンダの大ファンで、S600から乗り継ぎ、さらにN600も所有していたそうだ。「なぜ父がホンダを選んだのかは分からない」と語るセブリンさんだが、「価格と性能のバランスが良く、日本製品の信頼性を見抜いていたのではないか」と推測している。
普段はパリに住むセブリンさんだが、ブルゴーニュ出身で、ワイン用の葡萄畑も所有している。週末の夜、S800に乗り、高速道路ではなく国道を通ってブルゴーニュへ帰るのが父親の習慣だったという。ある時、葡萄の収穫に向かった際、畑のトラクターが故障。収穫時期を遅らせるわけにはいかず、S800にリアカーを取り付けて作業をしたというユニークなエピソードも聞かせてくれた。また、幼い頃にはセブリンさんと兄が狭いリアシートに乗り込み、400km近い道のりを父親とともに旅した思い出もある。
そんな思い出の詰まったS800に乗り、この日はパリを走ることに。まずはガレージに向かうと、そこには父親から譲り受けたS800がカバーの下に眠っていた。カバーを外すと現れたのは、正直に言ってボロボロの車体。「これで本当に走れるのか?」と思ってしまうほどだ。この日の気温は1℃。久しぶりにエンジンをかけるということで、長時間スターターモーターが回る。しかし、バッテリーには余裕がある様子。しばらくしてエンジンが目を覚ますと、スムーズにガレージを滑り出し、その姿をあらわにした。アイドリングは安定しており、吹け上がりも申し分ない。
不安げな表情をしていたのかもしれないが、セブリンさんは笑って「大丈夫だよ。ボディ以外はすべて整備済みだから。さ、乗って」と促してくれた。車内の状態は意外にも良好。走り出してみるとサスペンションはしっかり働き、ブレーキも十分な効き具合だ。
日曜の朝、まだ10時にならないパリを走る。アクセルを全開にすると、高回転エンジンが勢いよく吹け上がり、それに応じて軽快に加速する。低い着座位置から感じるスピード感は格別だが、実際には制限速度を少し超える程度。この速度制限があるパリでも、S800を全開で走らせる楽しみは何にも代えがたい。
信号待ちで停車していると、通行人がスマートフォンのカメラを向けてくる。狭い交差点をスルリと抜け、石畳の上でも滑らかに走るS800。その軽快な走りは、制限速度の厳しいパリにおいても存分に楽しめることを実感させてくれる。
撮影のために立ち寄ったアールデコ様式の建物には、アストンマーティンのロゴが掲げられていた。「ちょっとその前で写真を撮ろう!」とセブリンさんが言い、S800を駐車。イギリスのスポーツカーブランドを背景に、日本の小さなスポーツカーが並ぶ姿に、思わず胸が高鳴る。
ガレージに戻ると、セブリンさんはS800の傷を指差しながら「きっと父がボートを積む時にこすったんだよ」と懐かしそうに語る。傷のひとつひとつが思い出と結びついているようだ。「塗装をやり直すのは簡単だけど、今の塗料では昔の雰囲気が出ない。できる限りこの状態を維持したいんだ」と話してくれた。その言葉からは、塗装の問題ではなく、思い出とともにこの車を大切にしたいという気持ちが伝わってきた。
写真・文:櫻井朋成Photography and Words: Tomonari SAKURAI
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