漫画家・つげ義春の短編をベースに『岬の兄妹』(18)、『さがす』(22)の片山慎三監督が映画化した『雨の中の慾情』(公開中)。2人の男と1人の女が織りなす、せつなくも激しい性愛と情愛を描く独創性あふれる数奇なラブストーリーだ。物語の担い手を託された成田凌×中村映里子×森田剛が、むせかえるほど濃密な関係性を各々体当たりの芝居で表現している。ほぼ全編台湾中部の嘉義市にてオールロケを敢行。昭和初期の日本を感じさせるレトロな町並は情緒あふれる映像世界を生みだした。
【写真を見る】「こんな役で出ていい人間なんだ」と出演への喜びをかみしめた成田凌を撮り下ろし!
売れない漫画家の義男(成田凌)はアパート経営のほかに怪しい商売をしているらしい大家の尾弥次(竹中直人)から自称、小説家の伊守(森田剛)と共に引っ越しの手伝いに駆り出され、未亡人の福子(中村映里子)と出会う。艶めかしい魅力をたたえた福子に心奪われた義男だが、どうやら福子にはすでに付き合っている人がいるらしい。ほどなく、福子と伊守が義男の家に転がり込んできて、義男は福子への潰えぬ想いを抱えたたま、3人の奇妙な共同生活が始まる。
ラブストーリーを軸に、スリラー、ホラー、コメディ、アクション、ヒューマンドラマと、1本の映画でありながらジャンルを超越し、まったく先の読めない規格外のストーリーテリングで展開される本作はどのようにつくられたのか。義男役の成田、福子役の中村、伊守役の森田の3人に役として向き合った互いの役者としての印象や片山監督との現場でのやりとり、ロケ地となった台湾の思い出を語ってもらった。
■「『どうやって撮るんだろう』と想像しながら台本を読んだのを覚えています」(成田)
——つげ義春さんの原作をベースに、片山慎三監督独自の視点で再構築されたラブストーリー。作品の世界観、物語にどのような印象を持ちましたか。
成田「いろいろな場所で様々なことが起こるので、『どうやって撮るんだろう』と想像しながら台本を読んだのを覚えています」
中村「正直最初はラブストーリーだとはあまり感じていなくて。たくさんの要素が入っているので、どんな映画になるのだろうという印象が強かったのと、台本からは登場人物の人間臭さやチャーミングなところも感じられて、撮影がすごく楽しみでした」
森田「見たことのない独特な世界観だと思いました。できあがった映像はどのシーンをとってもすごく綺麗で儚くて。観る人によっていろいろな感情を受け取ってもらえるのかなと思っています」
■「細胞から熱くなるようなものを見せつけられたように感じました」(中村)
——観る時の視点や感情にもよるし、展開も相まって、もう一度観て確認したいと思う部分もありました。
森田「確かにそうですね。僕はまだ1回しか観ていないけれど、もう1回観たいと思っています。わからないで終わっちゃうともったいないなって。無理して何回も観てとは言わないけれど(笑)、気になってくれたらうれしいし、そう感じた方には何度も観てもらいたいですね」
成田「僕は2回観てみて、全然印象が違いました。出演しているので1回目はどうしても役者目線になってしまいましたが、2回目は結構フラットに観られました。『このシーンはこうやって観てください』と音楽から伝わるシーンもありますが、『なるほどな』『なんだろうな』と思いながら、違う楽しみ方ができる気がします。見方は人それぞれですが、すごく綺麗な映像なのでぜひ観ていただきたいです。2回目は東京国際映画祭で観たのですが、ちょうど監督の舞台挨拶があって、急遽登壇することになったんです。でも、観た直後だとあまりの余韻に全然言葉が出てこなくて。理由はわからないけれど、2回目のほうがなにか感情が動いた気がします。舞台挨拶でマイクを持ちながらも、ぼーっとしてしまっていた気がします(笑)。いろいろな話をしたくなる映画だとも思うし、ちょっと余韻に浸ってぼーっとしたくなる映画でもあるなと感じました」
中村「私は3回観ています。1回目、2回目は『すごいものができた』という衝撃的な気持ちになったのを覚えています。撮影のことや自分のこと、余計なものが入ってきて正直、フラットには観られなかったのですが、それでもすごくパワフルな、細胞から熱くなるようなものを見せつけられたように感じて。3回目は東京国際映画祭で観たのですが、やっと少しフラットに観られた感じがして、気づいたら涙が止まらなくなりました」
——泣いたのは3回目が初めてでしたか?
中村「2回目が『うっ!』って少し込み上げる感じで、3回目はよくわからないものが湧き出てきてポロポロと涙が。ちゃんと片山監督のラブストーリーになっているし、義男さんの想いみたいなものがダイレクトに刺さってきた感覚がありました」
■「『(義男は)肘を曲げないで走る』人というところに意味が込められているのかもしれない」(成田)
——片山監督とはどのようなお話をしたのでしょうか。現場で印象に残っていることはありますか?
成田「現場では本当にいろいろと話しました。とにかく何度も会話を重ねた印象があります。衣装合わせの時に、『義男さんは肘を曲げないで走ると思うんです』と言われて。そういう走り方をする人というところに意味が込められているのかもしれないと思ったので、そういう人間を演じようと意識しました。言葉では表現するのが難しいのですが、感じ取るものがあったんですよね」
——走るシーンは印象的でした。
成田「台本にはト書きで1行『義男、走る』と書いてあるだけ。でも、撮影では毎日走っていました。登場した場所すべてを駆け巡るシーンだったので、すべてのロケ地で走るカットが必要で、結果的に毎日朝晩走ることになりました。朝軍服に着替えて走って、汚して走って、汚れを落として普通のシーンを撮って、夜にまた走って1日を終える。軍服に着替えて汚して汗をつけて走るというのが毎日のルーティーンでした(笑)」
——毎日、朝晩。ハードな撮影だったのですね。
成田「夜だと『走ったら終わる!』という気持ちになれるけれど、朝は本当に大変でしたね。インタビューなので一応エンタメとして喋ると、やる気はありました(笑)」
中村&森田「アハハハ!」
——大丈夫です。成田さんのやる気は映像にちゃんと映っているので(笑)。
成田「ありがとうございます(笑)」
■「監督がアイデアをワードで置いていってくれるので、そこを大事にしたいなと思っていました」(森田)
中村「片山監督がセリフを言いながらやり方を見せてくれることが多くて。『こんな言い回しかな』とか『やっぱりセリフはこうしようかな』と考えている時に、ちょっと福子になりきってやってくれるのがすごくおもしろくて」
成田「やってましたね」
中村「監督がやるのを見ながら、単なるモノマネにならないようにという想いで一生懸命だったのですが、監督のお芝居が結構おもしろくて」
成田「おもしろいですよね。ついつい見ちゃう」
中村「あんな身体の大きい坊主の方が福子をやってるって思うと……」
森田「アハハハ」
——森田さんはいかがでしたか?
森田「本読みの時に『割と少年っぽい感じで』というような、ワードで、『こうしてほしい』というリクエストがあって。台湾で(撮影に)入ってからも、『伊守は引き笑いみたいな感じです』っておっしゃったりして」
成田「言ってましたね」
森田「それで監督がやってくれるんです、伊守の引き笑いを(笑)」
中村「やってました!」
森田「現場でいろいろアイデアが出てくるのは、多分監督が台湾に来たことで、生の台湾を見て、感じてインスピレーションを得たから。それをボソボソってワードで置いていってくれるので、伊守を演じるうえでは、そこを大事にしたいなと思っていました」
——監督はいろいろなキャラクターになってくださる(笑)
成田「現場でどんどんいろいろなことが思い浮かぶようで」
中村「そうでしたね」
成田「それを現場にいる全員で体現していく感じです」
——みなさんも順応していかなければならないですよね。
成田「自分たちは動けばいいという感じだけど、例えばなにか劇中に使うアイテムがあったとします。すると『これ、何個ありますか?』みたいなトークが始まるんです。その時のスタッフさんの『え?』という反応からすぐに動き出す瞬間というのはこの現場ではおなじみで、本当にたくさん遭遇しました」
中村「本当にたくさんありましたね」
成田「『伊守のほくろって何個ありますか?』って言ったことがあって」
森田「アハハハ!あったね(笑)」
成田「次の瞬間、メイクの方がほくろを作り始めるんです(忙しそうな手つきを再現)。監督の思い浮かんだことに、全力で各部署のスタッフが瞬時に準備していくって、すごく楽しいですよね」
——現場の空気から生まれる感じがしますね。セッションというか。
成田「そうですね。その感じが心地よくて。もちろんその分時間はかかるけれど、みんながいい作品にしたいという一心で常に同じ方向を見ている感じがあって、すごくいい現場でした」
■「成田さんはとても聡明な方という印象が強いです」(中村)
——東京国際映画祭の舞台挨拶の際に中村さんは成田さん、森田さんとの共演に期待を膨らませていたとお話しされていましたが、役として対峙したお2人とのお芝居はいかがでしたか?
中村「成田さんはとても聡明な方という印象が強いです。深さもあり、広いところまで細かく見ている。多分、ずっと思考しているのかなって。それを随所で感じていました。ただでさえすごく大変な役。いろいろ悩みながらやっているのかもしれないけれど、いい意味で余裕があって、自分を保てている感じがいいなって思っていました。森田さんは現場では本当に静かに居る方。余計な話とかあまりしないけれど、居ると不思議と緊張感があるというか。存在がすごく強いというか。なにかが私に強いものを感じさせ、影響していた気がします。お芝居で役としてかかわった時、新鮮に感じられることばかりで。ただ福子と向き合ってくれるだけでも、いろいろと学ばせていただきました」
——成田さんはお2人とのお芝居、いかがでしたか?
成田「お2人とも本当に最高でした。また共演させていただきたい役者さんです。中村さんはめちゃくちゃおもしろい方。中村さんがいつなんどきなにをしても、僕は不思議には思わない気がします。すごく魅力がある方で、お芝居でも福子さんがただそこにいるだけで、ムードが漂って、空気感が変わる。これは全員が感じていたことだと思いますが、義男がひとりでいる時と、福子がやってきた時とでは、あの家の空気感が全然違いました。森田さんは…、もう最高です!」
——森田さんへの憧れや愛は、番組や記事などでも拝見しています。
成田「勝手にすべてわかり合っていると思っていましたし、いまでも思っています。そんな方にはなかなか出会えません。スタートがかかって、芝居をして、見ているだけでもう十分って思わされてしまう。一緒にお芝居をしていると、相手は自然とその役になれてしまうんです。本当にすごいなと思っています」
——森田さんはいかがですか?
森田「2人は過酷な撮影をしていたし、僕にはできないことなので、タフだなと思っていたし、尊敬しています。中村さんはものすごく細くて切れそうな線に見えるけれど、お芝居をしているとその細い線がピンと張っている状態があったり、距離感を詰めると緩む感じもあって。やっていてすごくおもしろかったです。成田さんは煙みたいな感じ。消えてなくなる感じもあったし、芝居をしていても寄っていくとこっちがむせる感じがある。変な意味じゃなくて……」
成田「フフフ(笑)」
森田「なんかいい意味でストレスを感じます。これもまたおもしろいし、こういう人はいないなと」
■「このような作品に出るために役者をやっていると言っても過言ではない」(成田)
——本作ではこれまで経験したことないようなお芝居、表現も求められたと思います。みなさんにとってこの作品は俳優人生においてどういう作品になりましたか?
成田「こういう役でオファーしていただけたことが単純にうれしいです。自分はこの作品でこの役で出ていい人間なんだって。このような作品に出るために役者をやっていると言っても過言ではないので、自分のなかでも大きな存在になりました」
中村「間違いなく私の俳優人生のなかで代表作といわれるような作品になったと思います。身も心もどっぷり浸かって臨んだ作品なので、特別でかけがえのないものになっている感じがします」
森田「僕は片足をちょこって浸けた感じだけど…」
成田「フフフフ」
森田「でも、いままで生きてきた道が試されるというか、剥がされるような感じがあって。それはすごくおもしろかったし、片山さんの作品がすごく好きで興味があったから、その世界に入れてもらえた時間はとても貴重だと感じています」
——片山監督作品の好きなところとは?
森田「人は傷ついたりイライラしたりというのは隠して生きているもの。だけどそこに興味があるし、みんなそうだよなって思っている時に(出演の)お話をいただいて。片山さんの作品にはその傷やイライラを感じる。醜いし、美しいなと思っています」
■「台湾に流れる空気感や、生活感あふれる雰囲気がより演じやすくしてくれたと感じました」(森田)
——ほぼ全編台湾でのロケ。映画祭や記者会見でも訪れた台湾にはどのような印象がありますか?
成田「撮影をしていた地域と映画祭が行われた地域はまったく違う雰囲気でおもしろかったです。(ロケ地である)嘉義市は歩いているだけで生活を感じる場所。市場で撮影していると、現地の方々の生活を感じられてすごくリアルでした。日本とは時間の進み方も違う感覚になって、おもしろかったですね。そして、とにかく人がいい!それがとても印象に残っています」
中村「台湾の方々の人柄のよさは、スタッフさんたちからも感じていました。みんな優しいし、温かいし、明るい。そんな人柄のスタッフさんに助けていただきながら、撮影を進めていけたのはすごく幸せでした」
森田「僕は日本と行ったり来たりしていたけれど、台湾に流れる空気感や、生活感あふれる雰囲気がより演じやすくしてくれたと感じました。台湾は昔の日本の感じも残っているし、いまと昔がミックスされた感じがあっていいんですよね。僕は映画祭が終わったあと、3日くらい残って台中、台南に行きました。街もすてきだし、生活している人たちをただ眺めているだけでもおもしろい。台湾にいる老人の方とか、いい顔してるんです。すごくいい時間でした」
取材・文/タナカシノブ
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