ポン・ジュノ監督の助監督も務めた、『さがす』(22)、「ガンニバル」の片山慎三監督の最新作となる、日本、台湾共同制作の映画『雨の中の慾情』(11月29日公開)。「ねじ式」、「無能の人」で知られる漫画家、つげ義春の同名短編を原作に、成田凌、中村映里子、森田剛をメインキャストに迎えて、2人の男と1人の女によるせつなくも激しい性愛と情愛を、ほぼ全編にわたり台湾ロケで幻想的に活写したラブストーリーだ。
【写真を見る】片山監督とまさかの接点…!『雨の中の慾情』を「記憶を失くしてもう一度観たい」と語るみなみかわ売れない漫画家の義男(成田凌)は、大家の尾弥次(竹中直人)から知り合いの引っ越しの手伝いを頼まれ、小説家志望の伊守(森田剛)と共に手伝いに向かう。そこで出会った美しい未亡人、福子(中村映里子)に心奪われるが、それからほどなくして恋人同士となった伊守と福子が義男の家に滞在することになる。
コワモテのイメージとは裏腹に、実はお笑い界随一の映画狂であり、ポッドキャストやYouTubeで映画紹介もおこなう芸人・みなみかわに、本作をいち早く鑑賞してもらい、片山監督作品の魅力や本作の見どころ、監督との意外な縁についても、存分に語ってもらった。
■「片山監督の作品は、テーマが骨太なうえに、映像の撮り方がひよっていない」
――つげ義春の漫画を映画化した作品は過去にもいくつかありますが、ご覧になったことはありますか?
「『ねじ式』は学生時代に観た記憶がありますけど、つげ義春さんの漫画って、結構シュールじゃないですか。僕はああいう世界観があまり得意ではないというか、理解できないなと感じるタイプ。だから正直な話、今回の『雨の中の慾情』も観る前は、つげ義春さんの原作なうえに、日本と台湾の合作映画だと聞いて、『この手の小難しい映画はちょっとな…』と構えてしまったところがありました。でもこの映画はそんな僕の想像をいい意味で裏切ってきましたね!」
――なるほど。片山慎三監督の作品については、どのような印象をお持ちでしたか?
「もともと韓国でポン・ジュノ監督の助監督をされていた方だからなのか、あまり日本の監督っぽくない質感というのかな。片山監督の作品は、扱うテーマがかなり骨太なうえに、映像の撮り方がひよっていない。なのに、観客を突き放す感じが全然なくて、僕みたいな素人が観てもちゃんと理解できるように作られている。それこそ、デビュー作の『岬の兄妹』なんて、ともすれば、『一般の人には理解されなくてもいい』といったスタンスにも映りそうなんやけど、作り方としては“作家至上主義”としての姿勢を貫き通しながらも、そこに込められたメッセージが観る側にちゃんと伝わってくる。『作るからには単なる自己満足にとどまってはいけない』という覚悟みたいなものが、片山さんのなかにはある気がします」
――みなみかわさんご自身は、“作家至上主義”のような映画を好んで観るタイプではない?
「もちろん学生のころは『作家性の強い尖がった映画も一応観とかないとあかん』と思って、いろいろ観たりしましたけど、笑いのネタを作る側の立場で言うたら、やっぱりわかりにくすぎたら『ただの自己満足やん』と言われてしまうし、『いやいや、お客さん入ってなんぼでしょ』というのもわかる。正直、大人になるにつれて重いテーマの映画はだんだん観たくなくなってきたところもあったりするし、小難しい映画の場合は、観ながら『説教くさいなあ』『メッセージ詰め込んだなあ』みたいなことも思いがち。片山さんの映画だって決してわかりやすい作品ではないはずなんだけど、不思議とそういう匂いは感じられないんですよね」
■「“違和感”と“気持ちよさ”が交互に押し寄せてくるような感覚があった」
――たしかに。今回の『雨の中の慾情』は、スリラー、ホラー、コメディ、アクション、ラブストーリーと、あらゆるジャンルを横断する作品で、実験映像のようなオープニングや冒頭の雨宿りのシーンからしてかなりのインパクトがある作品ですが、ご覧になった感想は?
「『岬の兄妹』や『さがす』とも、あまりにもテイストが違うので、『本当に同じ監督の映画なんかな?』と驚きました。それこそ冒頭のシーンには、『えっ?これ、エロコメなの!?』って、いきなり心をつかまれて(笑)。シュールで苦手なテイストの作品かと思いきや、意外にもすごく観やすい映画でよかった。普通、こういう系の映画だと、『なにコレ?どういうこと?』って、いちいち引っかかって気が削がれてしまいがちだけど、この映画の場合は、“違和感”と“気持ちよさ”が交互に押し寄せてくるような感覚があって、とある映画的な仕掛けを挟んでも、ずっと作品の世界観に入り込んだままで最後まで行けたんです。『いやいや、それやとなんでもアリになりますやん!』って思わず言いたくなるところをギリギリ回避して、理路整然とした物語に落とし込んでいる感じが、僕はすごく気持ちよかったんですよね」
――“違和感”と“気持ちよさ”が交互に押し寄せてきた要因は、どこにあると思われますか?
「洋画なら『そういう文化なんかな』って多少目をつぶれるところも、邦画の場合は劇中で交わされる言葉も同じ言語だから、いわゆるパーソナルスペースみたいなものが近すぎたりすると、どうしても気になっちゃって。それこそこの映画も冒頭からツッコみどころ満載なはずなのに、奇想天外なストーリーであっても編集と構成の巧みさでグッと入り込めた。誰もが共感できるであろう、ものすごく細かい“あるある”が、先の読めない展開の随所にちりばめられていて、絶妙なタイミングで突いてくる。これもひとえに片山監督の腕が確かだからなのか。それとも、実力派キャストのすばらしい演技力の賜物か。きっと、監督はもちろんのこと、すべてのキャスト、スタッフを含めての合わせ技なんでしょうね。観終わったあと、めちゃくちゃすごい映像アトラクションを体験した直後のような感覚になりました」
■「『成田凌が義男をやっている』画力の強さもこの映画の魅力のひとつ」
――成田凌さん、森田剛さん、中村映里子さんらの佇まいと肉体が物語る作品でもありますが、場面ごとにまったく異なる表情を見せる俳優陣の芝居を目の当たりにして、どんなことを感じましたか?
「成田さんはもともと芝居の幅が広い役者さんですが、今回も相当難しい役どころやったと思うんです。割と物憂げな感じで決して明るい芝居ではないけれど、かといって陰鬱にもなりすぎない。陰惨なシーンでも成田さんだからこそ救いがあって、ギリギリ観ていられるというか。『成田凌が義男をやっている』画力の強さもこの映画の魅力のひとつなんだと思います。森田剛さんのお芝居も、アイドル出身であることを微塵も感じさせない胡散臭さがあって。『城みたいな家に住んでんだよ』っていう前フリも、いわゆるちょっとしたフリオチのボケのレベルではないほどに壮大で。あの映像が流れた瞬間、思わず『ラスベガスじゃん!』ってめちゃくちゃ笑いました(笑)。中村さんもまさしく銀幕のスターみたいな顔立ちと肢体で。男みんなからモテまくる、福子さんという役柄に本当にピッタリな女性なんですよね」
■「“泣き”や“感動”の要素が、複雑に何層にも分かれている」
――YouTubeやポッドキャスト番組などで、映画紹介をされる機会も多いみなみかわさんが、この作品をひと言で表すとしたら、どんなふうに表現されますか?
「そうだなぁ…。『日本のクリストファー・ノーラン』みたいな表現をしたら怒られるでしょうけど、ひと言で言うと『超高級な新喜劇』なのかもしれない(笑)。いわゆる“泣き”の要素や“感動”パートが複雑で、何層にも分かれているのに、『そんなチープな笑いもあるの?』みたいなところもあって、観ている最中ずっと感情的に忙しいんです。それこそ中盤にちょっと舞台っぽいシーンもあったりするんですけど、普通なら舞台芸術が映像に急に出てくると冷めるのに、この作品の世界観には、あの舞台独特のテンションの上がり方や盛り上がり方がすごくマッチしていて。戦争シーンやホラー的なちょっと怖めの描写もあったりするんやけど、あのシーンこそがこの映画の肝でもあって。あれがなかったらこの映画は成立しない。別軸の話なのかと思っていたら、こっちが本筋やったんかって度肝を抜かれました」
■「『ドクター・スリープ』『インセプション』などの要素が詰まっている」
――片山監督は、本作との関連作品として“自分の中の彼女と向き合う”という点では、『エターナル・サンシャイン』を、戦争のモチーフが入っているという点では、『ジェイコブス・ラダー』を挙げられています。作品をご覧になっていて、みなみかわさんが思い浮かべた映画はなにかありますか?
「子どもたちが出てくるシーンは、『シャイニング』の続編にあたる『ドクター・スリープ』を思い出しました。あの映画のなかにも、子どもにストレスをかけて、エキスみたいなものを抽出するシーンがあったんですよ。芸人とか作り手からしたら“禁じ手”みたいなところもあると思うんですけど、この映画ではそれをあえて逆手にとって、壮大な仕掛けにしている。『あの仕掛けもこうやって使うと、こんなにおもろくなるんや!』って。シーンのつなぎ方なんかもすごく繊細で、ちゃんと観る人のことを考えてくれているなという安心感がある。『ドクター・スリープ』以外にも『インセプション』や『鬼が来た!』のような要素がギッシリ詰まっているんですが、にもかかわらず、観た人が自由に解釈できる余地がある。たとえ監督が意図していたことと違ったとしても、『あなたがそう受け取るんやったら、それが正解なんじゃないですか?』と言ってくれそうな、作り手の包容力をすごく感じます」
■「一番すごいと思ったのは、ギリギリまでわかりやすさを追求しているところ」
――観た人の数だけ答えがある作品だと思いますが、劇中、みなみかわさんが特に印象に残ったシーンは、具体的にどんな場面でしたか?
「個人的には、足立智充さん演じる須山という男が、白いランニング姿で子どもとすき焼きを食べるシーンに、妙~な気持ち悪さを覚えましたね。息子役の子が棒読みで『すき焼き、すき焼き』と話す姿があまりにもシュールで、思わず自分の脳内で『なんやねん、これ!』とツッコみながらも、映像の引力があまりにも強すぎて良くも悪くも魅了されてしまったんです。なんだか、白昼夢のような感覚でものすごくせつなかった。正直なんということもないシーンなんですが、多分、僕は一生忘れないと思います。もしかしたら、子どものころに親父と過ごした時間を思い出したのかもしれない…」
「戦争シーンもシンプルに迫力があったし、村人にボコボコにされるシーンなんかも、不思議といまの時代とリンクするところもあって。『日本映画まだまだ負けてないよ!』感がありました。シリアスな場面のなかに『えっ?』と目を疑うようなシーンがいきなり飛び込んできたりするので、感情が揺さぶられまくります。『シュールさのなかにベタがある』のもこの作品ならではなんですが、僕がこの映画で一番すごいと思ったのは、ギリギリまでわかりやすさを追求している感じがするところ。監督や製作陣が目いっぱい頭をひねって、試行錯誤してわかりやすくしているのが感じられるんですよ。“わかりやすさを妥協してない”といいますか。いわゆる、“もう一段階わかりやすくする作業”って、きっとめちゃくちゃ大変やと思うんです。作り手側の交じりっけなしの想いが純粋ピュアなままで抽出されていて、周りにいる変な大人たちの匂いがしない(笑)」
■「2時間超えなのに体感速度はめちゃくちゃ速い、まさに映像スペクタクル」
――(笑)。では最後に、みなみかわさんの思うオススメの鑑賞方法がありましたら、ぜひアドバイスをお願いします。
「ここまで散々話しておいてなんなんですが(笑)、この映画は、先入観なしで観た方が、絶対楽しめると思います。僕もできることならもう1回、鑑賞記憶を失くしたうえで、映画館の大きなスクリーンで観たいです。2時間超えなのに体感速度としてはめちゃくちゃ速い。観客を飽きさせずに、最後までいっきに走り抜ける。まさに映像スペクタクルやと思いますね!」
――素敵なお話をありがとうございました!
「そういえば僕、実は片山監督と1回お会いしたことがあるんですよ。『サンクチュアリ -聖域』の脚本を手掛けた金沢知樹さんに昔からお世話になっていて、仕事が全然ないころに、脚本の仕事をたまにもらっていて。WEB UOMOの企画で制作した滝藤賢一さん主演の短編動画『メゾンタキトウ』もちょっとだけお手伝いしたんですが、その打ち合わせで片山さんにご挨拶した記憶があるんです。きっと、片山さんは覚えていらっしゃらないと思いますけどね」
――なんと、片山監督とそんなご縁があったとは!監督とみなみかわさんの本格的なコラボが実現する日も近いのでは…!?
「いやいや…。もちろんそんな日が来たらうれしいですけど。もしかしたら妻が、『みなみかわをぜひキャスティングしてください』って、片山監督にDM送るかもしれないですね(笑)」
取材・文/渡邊玲子
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