「セブンがカナダに乗っ取られる!?」。
そんな衝撃的な展開が、現実味を帯びてきている。セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)が創業家の伊藤家からMBO(経営陣による買収)の提案を受け、非上場化を検討しているとのニュースが飛び込んできた。この報道を受け、同社の株価は急騰。だが、この一連の動きには単なる経営戦略を超えた複雑な背景が潜んでいる。
カナダの大手コンビニ運営会社クシュタールが、セブン&アイに対して買収提案を行っているのだ。その提案額は、なんと7兆円規模に上る。
通常、ここまでの買収額を提示できる企業は限られており、それだけクシュタールがセブン&アイを狙う本気度がうかがえる。
さらに、クシュタールは提案を拒否された場合、敵対的買収にも踏み切る可能性を示唆している。これを受け、セブン&アイ側が非上場化を含めた対抗策を模索しているというわけだ。
9兆円MBOの構図と課題
現在報じられているMBO案では、総額9兆円が必要とされている。この巨額の資金をどう賄うのか。情報によれば、創業家である伊藤家や伊藤忠商事からの出資3兆円、そして三井住友フィナンシャルグループをはじめとするメガバンクからの融資6兆円という形で構成される見通しだ。
だが、このMBOが成立した場合、返済負担は大きな課題となる。6兆円規模の融資は、仮に金利が数%であったとしても年間数千億円単位の利払いが発生する計算だ。これにより、セブン&アイは事業拡大への投資資金を削がれる可能性が高い。特に、現在のようなインフレや金利上昇が続く経済状況では、融資返済の負担がさらに増大するリスクがある。
こうした状況を考えると、今回のMBO案は「危険な賭け」とも言える。この巨額の資金調達は、セブン&アイを守るための盾となるか、それとも経営を圧迫する重荷となるかは、今後の事業戦略次第だ。
外資への拒絶感?世論の反応
日本国内では「外資による買収」に対して根強い拒絶感が存在する。「日本の優良企業が外国に渡るべきではない」という意見がネット上で見られるのもその一例だ。
だが、この感情的な反応が、果たしてセブン&アイの将来にとって良い結果をもたらすのかは疑問だ。
実際、7兆円という買収額を提示する買い手は、滅多に現れるものではない。仮にクシュタールによる買収が実現した場合、セブン&アイがその経営力で買収側を逆に凌駕する可能性もある。むしろ、これはセブン&アイが国際市場で飛躍するチャンスとも捉えられる。
また、このMBOには伊藤忠商事が出資者として関与している点も注目に値する。
伊藤忠商事は、すでにファミリーマートを完全子会社化している企業だ。もし今回のMBOが成立すれば、日本の3大コンビニチェーンのうち2社が伊藤忠陣営の傘下に入ることになる。
これにより、国内市場における競争環境への影響が懸念されている。特に独占禁止法に基づく規制当局の対応がどのようになるかは、不透明な部分が多い。さらに、三菱商事とローソンの連合も、こうした動きを黙って見過ごすことは考えにくい。日本のコンビニ業界は、このMBOを契機に新たな勢力図の形成を迫られることになりそうだ。
セブン&アイの未来はどこへ向かう?
では、セブン&アイはこのMBOを選択するべきなのか、それともクシュタールの提案を受け入れるべきなのか。この選択は、同社の未来を大きく左右するものとなる。
MBOを通じて非上場化すれば、外資による買収リスクを回避できる一方で、巨額の借入金による経営負担がのしかかる。
事業拡大や国際展開の余地が狭まる中で、同社が持続的な成長を維持できるかどうかは未知数だ。
一方、クシュタールの買収提案を受け入れた場合、セブン&アイは外資傘下に入るリスクがあるものの、その資本力を活用して国際市場での地位をさらに高めることが期待できる。特にクシュタールのネットワークを活用することで、北米市場や他の新興市場への進出が加速する可能性がある。
鍵を握るクシュタールの次の一手
今回の報道で注目されるのは、クシュタールの次の動きだ。同社は提案額を6兆円から7兆円に引き上げ、セブン&アイへの買収意欲を一層強めている。それでも拒否された場合、敵対的買収に踏み切る可能性が高いとされる。
この場合、セブン&アイはどのように対抗するのか。株主との対話や法的な対応が鍵を握るだろう。また、これまでの提案を拒否し続けてきたセブン&アイが、MBOという策を最終的に採用するのか、それともクシュタールとの交渉に軟化するのか、今後の動向に注目が集まる。
株価が買収報道を受けて急上昇する一方で、セブン&アイが発行した社債の価格は下落を続けている。
日本証券業協会のデータによれば、2022年11月に発行された10年物の普通社債(表面利率1.392%)は、
今年8月には101.5円だった価格が、11月15日時点で98.37円(中央値)まで下がった。これは買収提案が明らかになった以降、社債への売り圧力が増しているためだ。
同時に、国債利回りとの差(スプレッド)も拡大しており、株式市場の活況と明暗を分ける形となっている。クシュタールによる買収がセブン&アイの財務体質に与える影響を懸念する声が、社債市場で強まっているのが背景だ。
クシュタールによる買収で格下げの可能性が浮上
社債市場の混乱の要因のひとつとして、クシュタールによる買収成立時の信用格付けの低下が挙げられる。クシュタールは現在、米格付け機関S&Pグローバル・レーティングで「トリプルBプラス」という評価を受けており、セブン&アイの「シングルA」を2段階下回る水準だ。同様に、ムーディーズ・レーティングでもセブン&アイの評価が2ランク高い。
仮に買収が成立すれば、買収されるセブン&アイの信用格付けが買収側であるクシュタールに引き下げられる可能性が高い。たとえ買収が成立しなかったとしても、株主からの圧力で成長投資や株主還元に多額の資金を投じる必要が生じ、財務健全性へのリスクは依然残る。
こうした状況を受け、セブン&アイの創業家である伊藤家が提案したMBO案も注目されている。同案では、伊藤家と伊藤忠商事からの出資3兆円、さらに国内メガバンクからの6兆円融資によって、9兆円規模の買収資金を調達するとされている。しかし、この巨額の借り入れはセブン&アイの財務を大きく圧迫する可能性が高い。こうした状況が現実となれば、既発債の返済順位が後回しになる懸念が生じるため、社債市場では「非常にネガティブ」との見解が相次いでいる。
非公開化のリスクと日本企業の未来
さらに、MBOによる非公開化が実現した場合、情報開示の質が低下する懸念も指摘されている。
非上場企業では決算説明会の開催義務や四半期ごとの詳細な開示が求められなくなるため、投資家が信用力を判断する材料が不足する可能性がある。
一部では、既存社債投資家の保護策として「チェンジ・オブ・コントロール(COC)条項」を求める声もある。これは親会社が変更された際に投資家が早期償還を請求できる仕組みだが、現状ではセブン&アイにそのような条項は設定されていない。こうした対応策の欠如が、社債市場の不安を増幅させている。
セブン&アイを巡る一連の動きは、社債市場と株主価値の間にあるジレンマを浮き彫りにしている。株主からの圧力で企業価値向上が求められる一方で、社債市場では財務体質の悪化を懸念する声が高まっている。
仮にクシュタールの買収案もMBO案も成立しなかった場合でも、こうした圧力は同社に対し今後も続くとみられている。
今回のセブン&アイを巡る動きは、単なる一企業の問題にとどまらず、日本企業の経営戦略や外資に対する対応を問う試金石とも言える。外資による買収を排除するだけでなく、いかにして持続可能な成長戦略を描いていくのか。その答えは、セブン&アイの今後の判断にかかっている。
果たして、セブン&アイは非上場化という選択をするのか、それとも外資との協調路線を選ぶのか。その行方を見守りたい。
<TEXT/鈴木林太郎>
【鈴木林太郎】
金融ライター、個人投資家。資産運用とアーティスト作品の収集がライフワーク。どちらも長期投資を前提に、成長していく過程を眺めるのがモットー。 米国株投資がメインなので、主に米国経済や米国企業の最新情報のお届けを心掛けています。Webメディアを中心に米国株にまつわる記事の執筆多数X(旧ツイッター):@usjp_economist
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