11月19日に行なわれた2026年ワールドカップ・アジア最終予選の第6節・中国戦。中国南東部・アモイでのアウェーゲームで、日本は3-1と危なげなく勝利を収めた。
国歌斉唱でのブーイングやレーザーポインターでの妨害、そして中国サポーターの乱入など、ゲーム以外の話題が翌日のニュースを騒がせたが、元日本代表FW佐藤寿人氏はアウェーでの中国戦を間近で見てどう感じたのか。
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2ゴールを決めた小川航基(左)とチャンスを作った久保建英photo by AFLO
3-1と危なげない勝利を収めた日本ですが、とりわけ前半はなかなか攻撃の形を作れないもどかしい展開に陥りました。
その要因のひとつに、やはり「ピッチの幅が狭かったこと」が挙げられます。通常よりも横幅がおよそ3メートル狭く設定されたピッチは、実際に僕自身も試合前にピッチレベルで眺めた時に「狭いな」と感じましたし、やっている選手たちもそういう感覚があったと試合後に話していました。
7-0と快勝を収めたホームでの中国戦では、日本のワイドな攻撃が機能し、中国のスライドが間に合わないシーンが何度もありました。その試合を踏まえたうえで、中国側はピッチの幅を狭(せば)めてきたのでしょう。中国代表の関係者に話を聞いたらその認識がなかったので真意は定かではないものの、意図した対策であったように感じられました。
3メートルとはいえ、ピッチの幅が狭まると選手はやりづらいものです。たとえばサイドでボールを持った時に縦突破を図ろうにも、タッチラインと対峙する相手との隙間みたいなものがふだんよりも小さくなりますし、中のパスコースもいつも以上に狭まる感じになっていたと思います。
あるいは中盤の選手が縦パスを出そうと思っても、人と人の間が空いてないという感覚になるので、なかなか出しづらい状況にあったと思います。スペースがないので攻撃側にとっては難しく、逆に守備側にとってはやりやすい環境だったということです。
【久保建英は難しい状況でも冷静にプレー】実際に試合後、田中碧に話を聞くと、展開しようと顔を上げてもサイドのスペースがそこまで空いていないので、なかなかパスを出せなかったと言っていました。スライドしなくても守れるような立ち位置を相手に取られていたので、出し手にとってもかなり難しかったと思います。
遠藤航と田中が試合前のウォーミングアップで入念にサイドチェンジの練習を繰り返していたのを見ても、日本にはサイドのスペースを突きたい思惑があったでしょう。だから、それがやりづらくなったことで、なかなか攻撃の形を作れない展開となってしまいました。
そうした難しい状況のなかでも、久保建英は冷静にプレーしていましたね。狭いスペースであってもボールを失わず、次のプレーへと展開できていましたから。個人の力で局面を動かせる力は、あらためて日本の大きな武器であることを証明していました。
一方で、ピッチ幅が狭かったことによる利点もありました。それがコーナーキックです。ふだんよりも距離が近い分、キッカーからすれば合わせやすかったのではないでしょうか。前半のふたつのゴールがコーナーキックから生まれたのも、決して偶然ではなかったと思います。
唯一、流れのなかから生まれた3点目もいい形だったと思います。
伊東純也のクロスの質や小川航基のフィニッシュワークもすばらしかったですが、見逃せないのはゴールの起点となった中村敬斗のサイドチェンジです。中村とは試合後に少し話をしたのですが、やはり前半はスペースが狭かったので、縦突破にこだわらず、サイドを大きく変えることをイメージして後半に臨んだということでした。
前半の45分間でどういうプレーが効果的かを見極め、後半にそれを実践する。その判断力と対応力が結果につながったのは、本当にすばらしかったと思います。
インドネシア戦もそうでしたが、流れを掌握できなくとも、結果的に自分たちの土俵に持ってくることができる。選択肢の多さであったり、修正力というものが備わっているように感じられました。苦しい時に苦しいままで終わらないのが、今の日本代表の強さを形作っていると思います。
【上田不在を感じさせないパフォーマンス】ふたつのゴールを決めた小川は、この2連戦で確実に評価を高めたでしょう。インドネシア戦では先制点に関与し、中国戦でも見事に結果を出しました。
上田綺世が不在のなかで、相当モチベーションは高かったでしょうし、危機感もあったと思います。そのなかでストライカーに求められる仕事を十分にこなしたことは、大きな自信になったでしょう。上田の不在を感じさせないパフォーマンスだったと思います。
遠藤の存在感も際立っていました。最近は守田英正の活躍がクローズアップされていますけど、彼が不在のなかで、あらためてこのキャプテンが日本の中心であることを証明したと思います。
相手はかなりダーティーなプレーを仕掛けてきました。だけど、ひるむことなく、それを上回るインテンシティの高さを見せつけ、次々に球際の争いを制していました。中盤の攻防で上回れたことも、日本の勝因のひとつだったと思います。
中国でのアウェーゲームということで警戒心もありましたが、個人的には意外と穏やかだったという印象です。もちろん国歌斉唱の時のブーイングだったり、レーザーポインターによる妨害だったり、サポーターが乱入する騒動もありましたけど、そこまでの圧を感じることはありませんでした。インドネシアのほうが熱狂的でしたね。
そもそも中国に入ってから、サッカーに触れることがほとんどありませんでした。たとえばインドネシアでは、代表選手のポスターや看板が街の至るところで見られたのですが、中国にはそれがありませんでした。試合会場のアモイがリゾート地ということもあるのかもしれないですが、「本当に代表戦が行なわれるのか」という雰囲気でした。新聞のスポーツ欄にも、ほとんどサッカーのことは書かれていませんでした。
中国のサッカー人気が低下しているということも聞きましたが、なかなか結果を出せないことでファン離れが起きているのかもしれません。
【日本の目指す場所は、もはや別のところ】実は試合後に、中国のメディアから急にインタビューを受けることになりました。
「なぜ、日本のサッカーはこれほど進歩したのか。これから中国がよくなるようなアドバイスをしてほしい」と聞かれたので、僕はこう答えました。「中国はすぐに目先の結果をほしがるけど、日本は長い時間をかけて育成システムを作ってきたからだ」と。
彼らの望んだ答えではなかったかもしれないけど、確かな育成システムが日本サッカーの発展を導いたのは間違いありません。若くして台頭し、ヨーロッパへと羽ばたいた今の日本代表の選手たちが、それを証明していると思っています。
中国戦に勝利したことで、日本は5勝1分と無敗を守り、次節にもワールドカップ出場が決まる状況となりました。
前回のカタール大会の予選ではスタートでつまづき険しい道のりとなりましたし、過去の大会でも最終予選は往々にして苦しんでいます。今回は枠が広がったことでこれまでよりもラクになるんじゃないかと言われていますけど、ほかのグループであったり、日本と同じグループの2位争いを見ても、どこが勝ってもおかしくない状況になっています。
ほかの国がレベルアップしたことで、これまで強豪と言われた国でも簡単には勝てなくなっています。それでも日本はそれ以上のレベルアップを遂げ、アジアでは図抜けた存在となりつつあります。ここまでの最終予選を見るかぎり、「日本の目指している場所は、もはや別のところにあるんだ」ということをあらためて感じています。
【profile】
佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ、埼玉県春日部市出身。兄・勇人とそろってジェフユナイテッド市原(現・千葉)ジュニアユースに入団し、ユースを経て2000年にトップ昇格。その後、セレッソ大阪→ベガルタ仙台でプレーし、2005年から12年間サンフレッチェ広島に在籍。2012年にはJリーグMVPに輝く。2017年に名古屋グランパス、2019年に古巣のジェフ千葉に移籍し、2020年に現役を引退。Jリーグ通算220得点は歴代1位。日本代表・通算31試合4得点。ポジション=FW。身長170cm、体重71kg。
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