まるで崖に立つ家!? 「庭がほしい!」を建築家が驚きの発想で解決、”縁側”兼”空中庭園”で眺望抜群の住宅に

(写真/桑田瑞穂)

まるで崖に立つ家!? 「庭がほしい!」を建築家が驚きの発想で解決、”縁側”兼”空中庭園”で眺望抜群の住宅に

11月19日(火) 7:00

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建築家との家づくりは、理想の住まいを手に入れる最良の方法のひとつ。特に新築の一戸建てでは設計の自由度も高く、こだわりの強い人でも自分に合った住宅を実現することができます。一方で、選択肢が多すぎて、本当に自分の住みたい家にすることができるのか、不安に思う人も多いのではないでしょうか。
擁壁(※)の上から道路に向かって梁を突き出すように立つ、一風変わった外観の住宅に住むご夫妻に、このような設計に至った過程と暮らしぶりをお聞きしました。

※斜面が崩れるのを防ぐための壁状の構造物

当初の要望を覆した土地選び

自身も建築の仕事に携わっているという前田さん(夫)。以前から新築の一戸建てに住みたいと考えていた前田さん(夫)は、大学時代の同期で建築設計事務所awn所属の建築家、江島史華(えじま・ふみか)さんに住宅の設計を依頼しました。江島さんは、どのような暮らしがしたいのか、3人でイメージをすり合わせることから設計をスタートしたといいます。

前田さん(夫)(写真/桑田瑞穂)
前田さん(夫)(写真/桑田瑞穂)

建築家の江島史華さん(写真/桑田瑞穂)
建築家の江島史華さん(写真/桑田瑞穂)

「ある程度の広さがほしいということと、各々が好きに過ごしつつも同じ時間を共有していることが感じられるような家にしたい、それから庭と縁側がほしい、といった大まかな要望を最初にお伝えしていました」前田さん(夫)

ただ、江島さんは前田さんからの要望を言葉通りには受け取らなかったといいます。
「設計者としては、こうした具体的に言葉にできる要望の一歩手前の欲求を知りたいんです。人は自分がこれまで経験したことしか言葉にできません。庭や縁側がほしい、という言葉に対して、言葉の通りのものを提供するのではなく、庭と縁側について共に考える時間を持ちました。言葉にされた要望を一度疑ってみることで本当に求めていることにたどり着けるのではないかと思っています」(江島さん)

1階テラス越しの眺望。道路を挟んだ向かいには小学校の校庭が広がり、遠くまで景色が見通せる(写真/桑田瑞穂)
1階テラス越しの眺望。道路を挟んだ向かいには小学校の校庭が広がり、遠くまで景色が見通せる(写真/桑田瑞穂)

擁壁の上に突き出す梁。写真下、縁石の縁までが敷地境界で、梁も境界線手前まで突き出している(写真/桑田瑞穂)
擁壁の上に突き出す梁。写真下、縁石の縁までが敷地境界で、梁も境界線手前まで突き出している(写真/桑田瑞穂)

実際に建った住宅には、庭もなければ縁側もありません。この判断は、土地選びの段階での江島さんからの提案によるものだそうです。

「20カ所ほどの土地の候補をあげていただいたうち、庭のスペースが取れないからという理由で真っ先に除外したのがここでした。ただ、江島さんや不動産屋さんにも同行していただきいくつかの土地を内見した日に、最後にこの土地だけ見てみてほしい、と言われ立ち寄りました。敷地図ではわからなかった眺望の良さに惹かれました。庭や縁側がほしいといっても、これまで庭のある生活をしていたわけでもなく、具体的にそこでなにをしたいのか、改めて考えてみると、限られた予算の中で手に入れられる庭や縁側よりも、この景色の方が価値があると気づかされました」前田さん(夫)

「設計や不動産のプロと一緒に土地を見ることができたのがよかったです。その場でこの土地であればこんな設計が可能、とか、この土地はこういう難点がある、などその土地にどのような住宅が建てられるのか、イメージができました」前田さん(妻)

前田さん(妻)(写真/桑田瑞穂)
前田さん(妻)(写真/桑田瑞穂)

事前のヒアリングで生活のイメージを共有していたことで、江島さんはおふたりの生活にこの土地が合うと考えたのだそうです。

「言葉の端々から、敷地の中に閉じこもるのではなく外に向かって開いていく暮らしぶりが合うだろうと感じていました。庭という言葉からは、屋外での活動を介して地域と繋がる豊かさを、縁側という言葉からは内と外の中間領域となる空間でゆったりとした時間を過ごすイメージを受け取りました。選んだ土地は、丘陵地ならではの特性が強くあらわれた土地です。この土地に根ざした生活という意味で、家から見える風景も含めて自分の庭のように過ごせる住宅を土地と合わせて提案しました。当初の要望とは反する提案ではあるので、改めて前田さんが庭や縁側になにを求めているのかを掘り下げることで、求めていることが達成できることは確認していきました」(江島さん)

旗竿形状の土地であることや通常は建築対象とされない擁壁が土地に含まれていることから実質的な有効面積が限られ、周辺の相場よりも価格が抑えられていたという対象敷地。しかし擁壁に構造耐力上の問題が生じない限りにおいては、上部に架構を張り出すことは建築基準法上問題はありません。1.5間(2,730mm)モジュールの木造軸組みは、身体スケールに沿った心地よさと、構造・経済合理性を兼ね備え、なおかつ床を張り出して生活に必要な面積を確保するうえでも最適な架構でした。
不動産市場における建築可能範囲と建築基準法上の敷地面積とのギャップを有効利用する建築的なアイディアによって、当初の想定にはなかった条件の敷地を購入することが決まりました。

旗竿形状の細い通路からアプローチする玄関。有効な面積が制限された特殊な敷地条件が流通上のハードルとなり周辺の不動産相場より低い価格であった(写真/桑田瑞穂)
旗竿形状の細い通路からアプローチする玄関。有効な面積が制限された特殊な敷地条件が流通上のハードルとなり周辺の不動産相場より低い価格であった(写真/桑田瑞穂)

拡張可能な梁が生む、住むことへの主体性

この住宅最大の特徴である、道路側へ突き出した10本の梁。なぜこのようなデザインが生まれたのでしょうか。
「眺望を生かすため、道路側に開く立ち方や建物から梁を突き出してテラスにする方針は、土地が決まったと同時に固まっていました。擁壁部分は法規的には建築可能ですが個人住宅でこのような立ち方をする例はほとんど見たことがありません。また一般的に、専用住宅は敷地の内側に閉じて家族間の関係性だけで暮らすことのみを前提にしがちですが、そうではない暮らしもあり得ると問いかけるものにもなると思いました」(江島さん)

「最初の提案を見て、素直に格好いいなと思いました。この土地のポテンシャルを最大限引き出すデザインを考えてくれたことも嬉しく、気に入りました。建築家に設計を依頼したいと考えていたのは、こういった僕らの発想にはないアイディアを見たいという思いがあったからです。どうやって住みこなし、自分たちの家にしていくか、ワクワクしましたね」前田さん(夫)

江島さん制作の最終案の模型。擁壁にせり出してテラスが拡張された様子がよくわかる(写真/桑田瑞穂)
江島さん制作の最終案の模型。擁壁にせり出してテラスが拡張された様子がよくわかる(写真/桑田瑞穂)

1階テラス。内と外の中間領域として、室内の延長としても、外部空間としても使うことができる。構造的にも経済的にも合理性の高い寸法で設計されている(写真/桑田瑞穂)
1階テラス。内と外の中間領域として、室内の延長としても、外部空間としても使うことができる。構造的にも経済的にも合理性の高い寸法で設計されている(写真/桑田瑞穂)

梁とテラスの接合部。木造の梁の上に金属のフレームを渡し、木の床板が張られている。「『容易に手を入れられそうなディテール』が建物に対する主体的な働きかけを促す」と江島さん(写真/桑田瑞穂)
梁とテラスの接合部。木造の梁の上に金属のフレームを渡し、木の床板が張られている。「『容易に手を入れられそうなディテール』が建物に対する主体的な働きかけを促す」と江島さん(写真/桑田瑞穂)

現在は1階と2階の中央部分にのみ床が張られ、それ以外の箇所は梁のみが外壁から突き出すかたちとなっています。将来的には空いた梁にも床を張ってテラスを拡張できるようにしていますが、工事費の見積もり段階では10本の梁すべてに床を張り、全面をテラスとする計画だったそう。
「減額によって一部のみテラスを残したことで、この住宅のコンセプトがより強固になりました。現状空いている梁は、将来増築可能にするために土地が拡張されていると捉えることもできます。実際の敷地境界と実質的な建築可能領域との間のギャップが可視化された敷地条件と、前田さんの暮らし方があってこそ生まれたデザインです」(江島さん)

また拡張可能性が残されたことで、住宅と向き合う意識にも良い効果があったと夫はいいます。
「いろいろな使い方の可能性があることで、今後この家を使ってどのように暮らしていくとより楽しくなるかを考える余地が生まれました。このままの状態で住み続けるのはもったいないと思わされる、もっと積極的に家に関わることを促すデザインだと思います。もともとマンションではなく一戸建てに住みたかったのは、つくるプロセスも含めて主体的に関わることで、家を自分事化したかったからです。その思いがより強化される家になりました」前田さん(夫)

今後この家をどうしていきたいか、アイディアが描き込まれたスケッチ(写真/桑田瑞穂)
今後この家をどうしていきたいか、アイディアが描き込まれたスケッチ(写真/桑田瑞穂)

減額と聞くと、さまざまな要望を諦めていくネガティブなプロセスというイメージが強いかもしれません。しかし江島さんは、過剰な要望を削ぎ落とし、本当に必要な欲求に絞るためには必要な工程だといいます。今回の設計では、テラスのほかに2階の個室壁も減額の対象になりました。

「自身の経験からも、子どもには個室を用意してあげたいと考えていたので当初は固定壁で部屋を区切るプランにしていました。減額の検討時に、壁を簡易的な間仕切り壁にする提案を聞いた際には抵抗感があったのですが、個室が必要になるのは中学・高校生期間の10年足らずと考えると、それ以外の期間の方が圧倒的に長いなと思い直して。子どもが小さいうちは壁で仕切られていない方が安心ですし、間仕切りといっても固定しておくこともできるものにしていただいたので、個室的に使うこともでき、結果的によかったと思っています」前田さん(妻)

「当初話していた、各々が好きな時間を過ごしつつもお互いの存在を感じ取れる、そういった空気感のある家になったと思います。1階はワンルームですし、2階もゆるやかなつながりがあり、どこにいてもなんとなくみんなが一緒に過ごしている感覚になります」前田さん(夫)

1階と2階をつなぐ吹き抜けの階段(写真/桑田瑞穂)
1階と2階をつなぐ吹き抜けの階段(写真/桑田瑞穂)

移動可能な間仕切り壁で仕切られた2階(写真/桑田瑞穂)
移動可能な間仕切り壁で仕切られた2階(写真/桑田瑞穂)

2階テラスからの眺望。将来的には左手奥までデッキを張りたいと考えているそう(写真/桑田瑞穂)
2階テラスからの眺望。将来的には左手奥までデッキを張りたいと考えているそう(写真/桑田瑞穂)

減額の検討対象とならなかったものが、前田さんご夫妻にとって真になくてはならない生活の機能でした。そのひとつが、細長いワンルームの中心を貫くキッチンカウンターです。料理が好きだという前田さん(妻)は、キッチンに立つ時に窮屈さを感じたくないという思いから、幅も奥行きも既製品のラインナップを大きく超えた寸法のカウンターを希望していました。江島さんも「いままで見たことがない寸法」というカウンターも、実際に暮らしてみてやはり必要な寸法だったといいます。

「ショールームで各社のキッチンを見て回りながら、機能を整理していくとこの寸法が必要だと判断し、江島さんにお伝えしました。収納を兼ねているので単にキッチンであることを超えて、生活の中心にある家具のひとつとして活躍してくれています」前田さん(妻)

完成した空間を見て、江島さんもこのカウンターがゆるく境界をつくり、細長い空間に拠り所を与える存在として機能していると感じたそう。施主の要望を時に疑い、時に尊重しながら丁寧に紐解いていくことで、夫婦のこだわりは反映しつつ、思いもよらないアイディアも盛り込まれた住宅が完成しました。

キッチンカウンター越しにダイニングを見る(写真/桑田瑞穂)
キッチンカウンター越しにダイニングを見る(写真/桑田瑞穂)

外に向かって開く暮らし

眺望を得るために道路に向かって開いたテラスは、外から中の様子が見えてしまいます。家の前を通る人から中を覗かれてしまうことに対して、抵抗はなかったのでしょうか。

「はじめから、この家であれば外から見られることは分かっていたので気にならないですね。外から覗かれるデメリットよりも、外の景色を取り込めるメリットの方が圧倒的に大きいですし。家族だけでこの土地に住むというよりも、近所の人や通りすがりの人も含めて、この地域に住む人びとと共に暮らしていくという意識が強いので、コミュニケーションの一部だと思っています。テラスがなくても生活が成立する分、ここを使うことが生活を楽しくするという意識につながっています。ビニールプールを出して子どもと遊ぶなど、積極的に活用する癖がついています」前田さん(夫)

「朝起きてまず窓を開ける生活をしていると、外から見られることが前提の生活になるのでそれが当たり前になりました。擁壁で1層分、高さがズレているので目線が合いづらいこともよかったのでしょうね」前田さん(妻)

道路を挟んだ向かい側には、将来息子さんが通う予定の小学校が建っています。
「木々の緑がよく目に入り、春になると桜も咲いて、良い借景になっています。将来は息子の友人が集まるたまり場になりそうです」前田さん(妻)
「近所の人とよく顔を合わせることになるので、息子にとってはそれも含めて家への愛着につながるのではないでしょうか。いずれ独り立ちしてからも、思い出深い実家になってくれるといいなと思っています」前田さん(夫)

1階ダイニング(写真/桑田瑞穂)
1階ダイニング(写真/桑田瑞穂)

奇抜に見える住宅も、設計過程を紐解いていくと施主の要望を丁寧にヒアリングし、真の欲求を洗い出すプロセスが見えてきました。
叶えたい要望が本当に必要なことなのか、別の方法では実現できないのか、自問自答してみることは建築家との家づくりに限らず有効なプロセスかもしれません。
ぜひご自身の家づくりの参考にしてみてください。

●取材協力
architecture workshop network
江島史華
創造系不動産


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