1981年、小学館よりデビューした森園みるく氏は、『キアラ』(原作:桐野夏生)『ほんとうに怖い童話』(原作:村崎百郎)などの代表作を持つ人気少女漫画家。第一線で実に40年以上活躍し、「レディースコミックの女王」の異名を持つ大御所だ。
一方でプライベートにおいては、2010年、配偶者であった村崎百郎氏が48箇所をメッタ刺しにされるなど、痛ましい事件の渦中を生きた。
インタビューを通じ、村崎氏とともに生きた日々を振り返りつつ、当時の心境を語ってもらった。
「見えないものと交信しているのかな」と思うことも
――ご主人である村崎さんは、「電波系」「鬼畜系」という言葉の生みの親ともいえる存在ですよね。1995年以降、青山正明さんが中心となって刊行した『危ない1号』は非常にセンセーショナルでしたが、同誌にも村崎さんは中心メンバーとして参加しています。妻という立場からみて、村崎さんはどんな方でしたか?
森園みるく(以下、森園):
村崎は知識欲の亡者で、あらゆるジャンルの書籍や雑誌をとにかく読んでいました。百科事典のような知識量があって、どんなことでもすぐに答えてくれる、私にとってのメンターのような存在でしたね。もちろん、とても尊敬していました。
あまり知られていない話として、村崎が非常に少女漫画にも造詣が深かったことがあげられます。少女漫画でデビューした私ですら、その知識量に驚かされました。
それからこれは有名な話ですが、村崎はよく「電波」が飛んでくると言っていて、私たちには見えないものと交信しているのかなと思うこともありました(笑)。突然怒り出したり、これまで仲の良かった人との関係を絶ってしまうこともありましたが、基本的には普通の人ですよ。普通に買い物にも行って、どこかへ出かけて……私たちもまた、ごく普通の夫婦だったと思います。
ファミレスで時間をつぶして帰宅してみると…
――村崎さんとの出会いについて教えてください。
森園:
もともと私がファンだったんですよね。村崎の書く文章がとても好きで。いつごろかはっきりは思い出せませんが、村崎の人生初にして唯一の単著『鬼畜のススメ』(データハウス/東京公司/1996年)が刊行されたあと、知り合いの映画監督が開催したトークイベントに村崎がゲストで来たんです。そのときに話をして、それから交際して……という感じでしょうか。遠い昔なので詳しく思い出せませんが(笑)。
――しかし突如として、結婚生活は終わってしまいます。その後の話は、『私の夫はある日突然殺された』(2017年)に描かれていますね。
森園:
はい、本当に突然の出来事でした。村崎は気難しいので、何かに行き詰まると苛立つんですね(笑)。事件当時も、私は村崎のそんな様子を察知して、家を出ました。ファミレスなどで時間をつぶして、そのあと帰宅しようと思ったんです。しかし家に戻ってみると、刑事ドラマなどでよくみる「KEEP OUT」の黄色いテープが貼られていて。警察車両に乗せられて、いろいろな詰問を受けました。警察官の鋭い目つきが、まるで私を疑っているように感じました。
「自身が殺される」と、はっきりと口にしていた
――村崎さんは、ご自身が殺害されるのを予言していたという話も出てきますが……。
森園:
そうですね。事件の犯人は精神科病院に入院歴もある男性だったのですが、そうした方に殺されるというところまで、はっきりと口にしていました。事件の数日前、それこそ村崎がいう「電波」が飛んできたときです。
――不思議な話ですね。村崎さんが亡くなったあと、イタコを訪ねて事件の当時について聞いたと漫画には描いてありましたね。
森園:
そうなんですよ。心神耗弱者が犯した罪については原則非公開で裁判が進められることが多いため、遺族といえども教えてもらえないことが多くて。2016年7月23日、ちょうど村崎の7回忌にあたる日に、青森県のイタコさんのもとへ出向きました。イタコさんは、「村崎さんは自分の血しぶきを見ていて、『きれいだな』と思っていた」と言っていて、何となく村崎ならそんなことを言いそうだなと感じました。
――刑事司法の壁に阻まれて情報が出てこないから、ご遺族としては歯がゆい思いをしますよね。
森園:
はい、相手方の情報を知る術がないため、苦労しました。実はこれはオープンな場で話したことがないのですが、民事裁判の準備のために探偵を雇ったこともありました。探偵は非常に優秀ですね。そこでさまざまなことがわかり、どのくらいの損害賠償を請求するかなどの見通しが立てられました。結果的には、裁判はせずに示談になったのですが。
「どうしてこんなことになったのかな」と…
――村崎さんの死後、彼をよく知る人の寄稿やインタビューをまとめた『村崎百郎の本』(2010年、アスペクト)が刊行されました。そのなかで、高校の1つ後輩である京極夏彦さんが語っているように、学生時代の村崎さんは空手部でならした相当な体躯の持ち主だったようですね。
森園:
そうなんです。上背は日本人男性の平均くらいだったものの、体重も最高で120キロくらいあったのではないでしょうか。最も痩せたときでさえ、100キロは超えてたと思います。もちろん腕力も強い。加害者は凶器を持っていましたが、どうしてこんなことになったのかなと思う気持ちもあります。どこかで、「電波」の予言を受け入れていたのか……今となっては全然わからないですけどね。
――森園先生は漫画家という表現者ですが、事件前後で、ご自身の作風や作家としての主張に変化はありましたか?
森園:
うーん、それがないんですよね。もちろんあの事件は私の根幹を揺るがすものであり、さまざまなことを感じました。しかし私の表現がまったく変わってしまったというようなことはありません。ただ、村崎が原作を努めてくれた作品はどれも好きだったので、彼と一緒ににはもう仕事ができないんだなと思うことがあります。
「遺族の心のケア」に特化している組織が少ない印象
――翻って、ひとりの犯罪被害者遺族として、さまざまなことを感じたのではないかと思うのですが、そのあたりはいかがですか?
森園:
日本にはいくつもの犯罪被害者団体がありますが、遺族の心のケアに特化している組織が少ない印象を受けました。もちろん、犯罪被害者給付金制度などが整備されていて、経済的な困窮を免れるように制度設計されていることは、かつてに比べて前進したと思います。
しかし、たとえ事件から時間が経ったとしても、遺族の心の傷は容易に回復しません。それぞれの心の傷を抱える遺族にフォーカスしたケアがもう少し検討されるべきではないかと思っています。
私自身、漫画のなかでも描きましたが、スピリチュアルカウンセラーなどの手を借りたこともあります。事件のダメージが大きすぎて、自力ではカウンセリングに繋がれない人もいると思います。どんな方法でもいいので、オフィシャルな機関がアプローチしてくれる制度があればいいなと感じました。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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