どんな物事にも始まりがある。そしてそこには、想像がつかない状況や苦労も。商品やサービスだけでなく、「言葉」にも始まりの瞬間はある。例えば「心が折れる」。今では当たり前に使われる言い回しだが、現在の意味で初めて使ったのは、女子プロレスラーで元参議院議員の神取忍氏だ。誕生にはどんな裏側があり、流行をどう見ていたのか。そして、生みの親が語る「心が折れない秘訣」とは?
「心が折れる」発言を振り返る
話は1987年までさかのぼる。格上であり因縁もあった相手ジャッキー佐藤に勝利を収めた後、ノンフィクション作家の井田真木子氏が行ったインタビュー内で、神取氏は「あの試合のとき、考えていたことは勝つことじゃないもん。相手の心を折ることだったもん」と述べている。
それまで「心変わりする」に近い意味で使われることが多かった「心が折れる」という言葉。だが、この時の神取氏の発言が、現在使われている「心の拠り所を失う」といった意味で始めて使われたとされる。
肉体をぶつけ合う競技であるプロレスにおいて、なぜ心を狙っていたのか。
「プロレスラーの大前提として相手に致命的な怪我をさせたらダメでしょ。そのなかでどうやって相手に勝つかとなると『心』を狙うことになるよね」
柔道で「心技体」を学んだ
格闘技における心の重要性を、身に染みて理解していたことに由来するのかもしれない。
「私は柔道からプロレスに来たんだけど、日本の武道では『心技体』と言われるよね。どんなに技が豊富で体が強くても、心が強くないといけない。それを柔道を通して学んで来たの。例えば、同じくらいのレベルの選手との対戦でも、心が弱いと負けてしまったり、逆に心を強く持てたときに勝つことができたという経験がたくさんあったからね」
では、心を「砕く」でも「壊す」でもなく「折る」と捉えたのには、どんな理由があるのか。
「格闘技をやっている人間の感覚的なものじゃないかな。『砕く』や『壊す』より『折る』のほうが『一本!』という感覚」
なぜ10数年経ってから流行したのか
この「心を折る」の発言があったのが1987年で、同インタビューの内容が掲載された井田真木子氏の『プロレス少女伝説』(かのう書房)が発売されたのが1990年。90年代前半、筆者はすでに物心がついていたが、「心が折れる」という言葉が一般化していたかというと、そうでもない。神取氏本人も同じ感覚のようだ。
「広まったなと感じたのは、本が出てからもさらに時間が経ってからかな。格闘技の漫画やイチロー選手などの発言から広まったみたいだから、90年代の半ばから後半じゃない。日本経済新聞が調べてくれたみたいで、私の発言が最初だったという連絡をもらったんだよね。でも、私も流行らせようと思って言ったわけじゃないし、自分がその言葉を発していたこともすっかり忘れてた(笑)」
1987年の発言が、なぜアンダーグラウンドでの熟成の時間を経て、一気に広まったのか。神取氏は次のように話す。
「87年は、まだ今みたいにストレス社会という感じではなかったもんね。そこから10数年経って、窮屈な世の中になってきたじゃない。『心が折れる』という言葉が広まったのには、そういう時代背景も影響してるんじゃないかな」
確かに87年は、バブル好景気の真っ只中。その後、およそ10年を経て時代にマッチしてきたようだ。
「心が折れる」経験はたくさんあった
相手の「心を折る」発言をした神取氏。逆に「心が折れる」経験をしたことはあるのだろうか。
「大事にしていた試合や、勝てると確信していた試合で負けたりで、心はしょっちゅう折れてるよ(笑)」
また、リングの上だけでなく政界に挑戦した際も、心が折れる経験をしているという。
「議員になってからは、心が折れるといっても、リングの上とはタイプが違うものかもしれない。発言のチャンスがもらえないとか、自分の勉強が追いついていないとか、ガツーンと一発食らって心が折れるのではなく、ボディーブローみたいにジワジワ効いてきて『あ、このままじゃ心が折れちゃう』と思ったり。最近だと、私を唯一叱ってくれる存在だった姉が亡くなった時も心が折れた瞬間だね」
心が“折れない”ようにする秘訣
社会における仕事の多くは、経験と知識を積みコツをつかんでいくことで上達していく。しかし、神取氏が身を置くスポーツの世界は加齢による「衰え」と向き合わなければならない。まさに、心をどう持っていくかが大事になる世界といえる。
「心技体でいうと『体』が衰えてくるわけだから、心と技を高めていかないと続けられないじゃない。戦う『間』って、がむしゃらにやってる若い時にはわからないけど、ベテランになってくるとわかってくるんだよね。この『間』の理解と使い方って『技』にも見えるけど、『心』の変化でできていくという部分もあるからね」
技に見える部分にも心が必要であることは、長年の経験からくる深い見識。では、衰える自分と向き合う心を保つ秘訣はあるのか。
「去年までできていたことが、今年できなくなったとしたら、へこんだり悩んだりするじゃん。でも年をとれば衰えるのって、当たり前だよね。衰えを認めたうえで、『今できること』をしっかり見つめることが大事。そのためには『ありのままの自分を受け入れる』ってことだね」
「チャレンジ」すれば人生は変わる
心の重要性を語る神取氏。メンタルトレーニングはしているのだろうか。
「筋トレをしていて『もうダメだ!』と思ったところから、あと5回チャレンジするとか、組手でも『限界だ!』と思ってからあと2本チャレンジするとかね。それで心は強くなっていったと思ってる」
この回答からも分かる通り、神取氏は各所で「チャレンジ」という言葉を使う。格闘技を志す人だけでなく、誰にとってもチャレンジは大事だという。
「チャレンジすれば、自分では気がつかなかった、才能や可能性や興味を見つけられるよね。だから、人に勧められたもので最初は興味なくても、まず飛び込んでみるということをしてほしいって思ってる。それに、『ちょっと気になるな』と思っていて手を出さなかったとしても、そこで一歩だけチャレンジしてみると、本当に人生が変わると思うんだよね」
プロレスや格闘技に何かを還元したい
神取氏自身もチャレンジを続けることで、今があると話す。まだ若々しく見えるが、なんと今年還暦を迎えるというのが驚きだ。
「『あの人が還暦なの!?』って驚かれたいじゃん(笑)。それにはチャレンジし続けていこうとする意欲が大事だよね。大きくて難しい目標にチャレンジするのも大事だけど、日々少しづつできることに挑戦し続けるということも両方大事だと思う」
そんなチャレンジを続ける神取氏に、この先の展望について聞いた。
「プロレスで生きてきたから、プロレスや格闘技に何かを還元したいと思ってる。具体的にイメージもしているんだけど、何をどうやって還元するのかは、まだ言えない(笑)。お楽しみに!」
当たり前に使われすぎてなかなか考えが及ぶこともない言葉の起源。「心が折れる」の誕生の裏にあったのは、格闘技の世界を長年支えて来た神取氏の人生があった。「心が折れない秘訣」と「チャレンジの大事さ」は、きっと私たちの人生を豊かにすることだろう。
<取材・文/Mr.tsubaking>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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