甲斐拓也(32歳)捕手《ソフトバンク》侍ジャパンでも活躍する「世界一の捕手」。今年のFAの目玉のひとり
今年は"虎の主砲"や"世界一の捕手"、"育成の星"など、ギリギリまで熟考する選手が例年以上に多かったが、いったいどのような思惑があったのか?プロ野球界にいま新しい風が吹き始めている!
(*成績、年齢は11月12日時点)
■"世界一の捕手"甲斐がFA宣言
今年のFA戦線は、甲斐拓也(ソフトバンク)、大城卓三(巨人)、坂本誠志郎(阪神)、木下拓哉(中日)らに加え、海外FA権を持ち越している梅野隆太郎(阪神)、中村悠平(ヤクルト)らの動向について、「捕手シャッフルはあるのか」と注目が集まった。
その中で木下がいち早くFA宣言したものの、ほかの選手は態度を保留し、期限ギリギリまで熟考する姿が目立った。この要因について、本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏が解説する。
「甲斐が移籍するならソフトバンクは坂本が欲しいだろうし、坂本がソフトバンクに行くなら阪神も甲斐を狙いたいだろうし、甲斐が巨人有力なら大城はどうするのか......と一気に"玉突き大移動"が起こりえる状況でした。
それだけに選手も球団もギリギリまで情報収集に努めた結果、例年以上に熟考する選手が多かったのでしょう。残留するにしても、結論を引っ張ることでうまく交渉を進めたいという思惑があったのでは」
坂本誠志郎(31歳)捕手《阪神》昨季の「日本一捕手」ながらCランクで関心を集めたが、残留を決断
そもそも、チームの頭脳である主戦捕手の移籍は影響が大きい。昨季開幕前に森友哉が西武からオリックスへ移籍したが、今季は捕手での出場が50試合のみと限定的。DHや外野手起用が多く、"打者"として見込まれていたともいえる。
「2番手捕手の移籍例はよくありますが、正捕手のFA移籍となると、2001年オフに横浜から中日へ移籍した谷繁元信さん、2010年オフに西武からソフトバンクへ移籍した細川亨さんが思い起こされます。
いずれも旧所属球団は翌年に順位を落としました。今回、ソフトバンクの正捕手である甲斐がFA宣言しましたが、正捕手の移籍がアンタッチャブルではなくなったという点で、日本球界が変わってきた象徴的事例だと思います」
甲斐は侍ジャパンの正捕手として東京五輪やWBCを制覇。そんな"世界一の捕手"から飛び出したFA宣言が与えるインパクトは大きい。
「九州出身で育成から育ててもらった恩があり、ホークスのレジェンドである野村克也さんがつけていた背番号19を継承し、年俸も2億円超え。
これまでの感覚であれば、このまま地元球団ひと筋で現役を全うする以外に選択肢がありませんでした。ただ、今季の甲斐は配球もフレーミングも打撃もひと皮むけ、ほかのチームで自分を試したいという気持ちが強まったのかもしれません」
同様に、「これまでならありえない」といえるのが巨人・大城の動向だった。
「過去に巨人から国内FA移籍した生え抜き選手は、1993年オフに横浜へ移籍した駒田徳広さんのみ。結局、大城は熟考の末に残留しましたが、これも時代が動いた象徴的な出来事だったと思います」
大城卓三(31歳)捕手《巨人》熟考の末、「ジャイアンツでプレーを続けたい」と残留を決断した
大城の場合、選手としての資質を考えると、巨人以外で活躍する可能性も秘めていた。
「キャッチング技術やスローイング、バッティングなど、スペックは非凡なものを持ち合わせていますが、メンタル面が捕手らしくないと指摘されることも。今季は3シーズンぶりに一塁で起用されましたが、パ・リーグならDHもある。打力が課題の西武は欲しい選手だったと思います」
捕手勢ではほかに、海外FA権を持ち越している阪神・梅野、ヤクルト・中村が残留を選択。今季、国内FA権を取得した阪神・坂本は最終日まで熟考を重ね残留を決断した一方、中日・木下は早々にFA宣言した。
「坂本のキャプテンシーや経験値、配球、捕球技術はどこも欲しいはずで、甲斐流出危機のあるソフトバンクが獲得調査中と報じられました。木下はフレーミングや強肩、強打などの評価は高かったものの、今年は少し調子を落としたので、他球団がどう評価するか未知数です」
木下拓哉(32歳)捕手《中日》宣言残留も認められた上で複数年契約も提示された中、早々にFA宣言
捕手もできるという点では、原口文仁(阪神)が宣言残留も視野にFA権を行使した。
「一塁、DH、代打が基本線ですが、第3捕手としても計算できる。西武など欲しい球団はありそうです」
原口文仁(32歳)内野手《阪神》「代打の切り札」として活躍。「ゲームに出たい」との思いでFA宣言
■"虎の主砲"が異例の熟考
阪神でFA資格があるのは前述の梅野、坂本、原口だけではない。糸原健斗は残留を決断した一方、このオフの目玉とされてきた大山悠輔は期限ギリギリまで熟考を重ねた末にFA宣言した。
「これまでの感覚でいえば、来季は藤川球児新監督の下での新体制であること、球界屈指の人気を誇る阪神から出るデメリットの大きさ、さらに引退後の将来まで考えると、迷わず残留するのが筋でした。
ましてや大山はドラフト1位の生え抜き、かつ、4番を務める阪神の絶対的存在です。その選手がFA宣言したことは大きなインパクトがありました」
大山悠輔(29歳)内野手《阪神》ドラフト1位で入団し、4番を務める
FA宣言が可能となる日本シリーズ終了直後から、大山を巡る報道は過熱した。
「FA権行使を想定して代理人と契約」「阪神は4年総額16億円規模の大型条件で残留交渉」「巨人が獲得調査へ」など、メディアやSNSで話題を呼んだ。大山のFA動向が注目を集めたのは、永遠のライバルである巨人への"禁断の移籍"が実現するのか、という点も大きかった。
「大山は関東出身であり、巨人は坂本勇人の後継者探しが急務。さらに、岡本和真のMLB挑戦の噂もあるだけに、三塁と一塁を守れる大山はまさに補強ポイントに合致。岡本流出の可能性があるなら、なおさら右の大砲は欲しいでしょう。甲子園で鍛えられているので、プレッシャーへの耐性があるのも魅力です」
その巨人とともにお股ニキ氏が注目していた移籍候補が広島とヤクルトだった。
「大山は広島の新井貴浩監督を師と仰ぎ、打ち方も似ています。右の強打者獲得は広島の長年の課題であり、これまで何人も阪神にFAで選手を奪われてきた意趣返しの気持ちもあるはず。
"たる募金"に頼っていた昔と違い、現在は熱狂的なファンに支えられて経営基盤も安定しているため、秋山翔吾以来の大物獲得を目指すはず。ヤクルトも最近は資金力があり、来オフには村上宗隆がMLB挑戦を目指すともいわれているので、三塁&4番候補として大山は非常に魅力的です」
■"Cランク"で注目される石川
各選手が熟考を重ねた中、FA宣言一番乗りだったのが石川柊太(しゅうた/ソフトバンク)だ。来月33歳になる石川といえば、2020年に最多勝&最高勝率のタイトルを獲得した実績があり、しかも移籍先の球団に金銭や人的補償が発生しない"Cランク"の選手として注目度はうなぎ上り。
昨季も山﨑福也が同じ状況で人気を集め、6球団競合の末、オリックスから日本ハムへ移籍したのは記憶に新しい。
「年俸6000万円でBランクの選手もいる中、1億2000万円の石川がCランクなのは魅力的。
ただ、球団側の視点に立つと、獲得すべきかどうかは過去の実績よりも『今の実力』で判断すべきです。今季の石川はフォーシームの球威と変化球の精度が上がり、7勝&防御率2点台と調子は良かった。獲得後に急に衰える、ということもないと思います」
石川柊太(32歳)投手《ソフトバンク》昨季、ノーヒットノーランを達成。今オフでは一番乗りでFA宣言した
では、どの球団が最適解なのか?
「『巨人が4年18億円で検討』という報道もありましたが、さすがにそれは非現実的。巨人ファンからすると、2020年の日本シリーズで第2先発の石川に抑えられた印象が強いでしょうし、MLBを目指す菅野智之の穴を埋める先発候補が欲しいのはわかります。
ただ、石川は調子の波が激しいタイプなので、長いシーズンを通すと、目の肥えた巨人ファンからは厳しい声が寄せられる可能性もあります。
個人的にオススメしたいのはロッテです。石川はZOZOマリンで今季2勝&防御率0.00と相性抜群ですし、移籍が実現すればMLB挑戦を目指す佐々木朗希の穴埋めになります。
ただ、大穴として中日の可能性もあります。実は石川、もともとは中日ファンらしく、しかも奥さまは名古屋を拠点とする元SKE48の大場美奈さん。中日も先発陣は盤石ではなく、移籍が実現したら面白いと思います」
もし、石川と甲斐の移籍が決まれば、MLBに渡った千賀滉大に続き、ホークス育成の象徴だった3人がそろって流出することを意味する。この点でも今年のFA戦線は"時代の転換期"の意味合いが大きい。
ほかの投手では、広島の九里亜蓮が海外FA権、中日の福谷浩司が国内FA権を行使した。
「九里は海外志向が強いことで有名です。ただ、MLB球団と契約を結べるかどうかは不透明なので、国内残留の場合はDeNAの可能性もあります。福谷も今季終盤戦は好調でした」
九里亜蓮(33歳)投手《広島》「もっとレベルアップしたい」と国内も視野に海外FA権を行使した
そのほか、野手でいち早くFA宣言したのは茂木栄五郎(楽天)。補償が必要なBランクながら、すでに関心を寄せる球団があるという。
「年齢的にもショートは厳しいでしょうが、サードやセカンドは守れます。村上が来季限り、山田哲人にも陰りが見えるヤクルトが興味を示しているようです。早稲田大学出身なので神宮球場とは縁もあります。狭い球場なので、茂木のパンチ力も生かせますし、ハマる可能性はあります」
■"残留組"が宣言していたら......
宣言しなかった"残留組"についても触れておきたい。Cランクの高橋周平(中日)は最終日まで態度を保留した末、残留という決断を下した。
「内野が薄いDeNAなどが興味を示していました。茂木同様、サードとセカンドを守れるので、ヤクルトが関心を持つ可能性もありました」
このほか動向が注目された投手では、西野勇士(ロッテ)、酒居知史(楽天)らが残留を表明した。
「西野はトミー・ジョン手術から復活した2年前が最も良かったですが、現在も先発ローテの一角を投げられる実力があります。来季、ロッテは佐々木が抜けるだけに、是が非でも残留させたかったはず。
酒居は毎年50試合近く投げる力があり、今季も好投しました。GMとして復帰した石井一久元監督との関係性もあって残留を決めたのでしょう」
さらに、DeNAの佐野恵太、日本ハムの石井一成も残留を表明した。
「打撃センスの高い佐野の残留は球団としてホッとしているはず。ただ、走力や守備は低下気味で、個人的にはDH制のパ・リーグも検討してよかったのではないかと思います。
石井はパンチ力のある打撃が持ち味で、なかなかボールが飛ばない最近のNPBでも面白い存在です。来季は日本ハムでセカンドのレギュラー定着を目指すと思います」
FA選手以外にも、ソフトバンクを戦力外になった仲田慶介に西武が興味を示すなど、各球団の腹の探り合いは続いている。
「仲田だけでなく、同じくソフトバンクを戦力外となった笠谷俊介と中村亮太は起用法次第でまだまだ活躍できるポテンシャルを持っています。また、阪神を戦力外となった岩田将貴(まさき)はDeNAが調査しているようです」
来月行なわれる現役ドラフトも含め、ストーブリーグの熱気が徐々に高まりそうだ。
文/オグマナオト写真/時事通信社
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