中野信子いわく「カウンセラーに向いているのは『人に共感的で親身になれる人』ではないんです」
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。今回は脳科学者の中野信子さんをゲストに迎えた6回目です。前回は「忘れっぽい人のほうがコミュ力が高い」ということでしたが、今回は「人と接する仕事は共感力が低い人のほうが向いている」という話です。人間ってなんかいろいろ複雑なんですね。
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ひろゆき(以下、ひろ)
前号は「忘れっぽい人は過去の出来事を根に持たないから、コミュ力が高く友達も多くなりやすい」という話でした。この特徴って、仕事にも生かせそうですよね。
中野信子(以下、中野)
そうですね。例えば、カウンセラーに向いているのは、必ずしも「人に共感的で親身になれる人」ではないんです。むしろ、仕事として割り切れる人のほうが適性があるといえます。このことはカウンセラーの基礎教育で最初に教わることのひとつでもあるんですよ。
ひろ
世間的には「カウンセラー=親身になって話を聞いてくれる人」というイメージですけどね。
中野
理由は主にふたつあります。「大変な思いをされているんですね」と患者さんの話を親身に聞きつつも、カウンセリングが終わると気持ちを切り替えられる人でないと、精神的に続かないんです。もうひとつは「転移」や「逆転移」の問題があります。
ひろ
というと?
中野
転移は患者さんがカウンセラーに対して特別な感情を抱いてしまうことです。逆転移はカウンセラーが患者さんに入れ込みすぎてしまうことです。これらは専門家として避けるべき状況です。
ひろ
なるほど。そうなると割り切って仕事ができる人のほうが向いているということですね?
中野
はい。感情的に巻き込まれない人のほうが、プロフェッショナルとして長く続けられます。
ひろ
それって医療全般にいえるかもですね。例えば、がん告知をした際に患者さんと一緒に泣いてしまうような医師では、仕事にならないじゃないですか。あと、営業職も割り切って考える人のほうが成績は良さそう。契約が断られても、すぐ切り替えられるじゃないですか。
中野
あとは弁護士さんなどもいい例ですよね。依頼人の境遇に深く共感してしまう人は、むしろ仕事がやりづらそうですから。
ひろ
そうなると、人と接する職業は、共感力が低めの人のほうが向いているということになりませんか?
中野
そうですね。でも、ここが非常にトリッキーなところなんですが、重要なのは「共感力が低くても、相手が何を考えているかを理解できる能力を持っている」ということ。つまり、感情移入はしないけれど、相手の立場や考えを論理的に理解できるということ。たとえるなら、道徳を暗記科目として処理するようなものです。
ひろ
その計算して取り繕った共感のしぐさと、本物の共感力って違いがわかるもんですか?
中野
いや、正直なところまったく見分けはつかないと思います。
ひろ
じゃあ、アフリカで困っている子供たちのニュースを見て「知ったことじゃない」と思う日本人は少なくないじゃないですか。でも同じ人が、日本人が海外で困っているニュースを見ると「かわいそう」と思ってしまう。これってどうなんですか?
中野
それは共感の範囲の問題として研究されていますね。「ダンバー数」という概念があって、人間には仲間として認識できる人数の限界があるんです。顔と名前が一致する身近な存在から、同じ国民という広い範囲までグラデーションがあります。
で、顔が似ている人や同性など、類似性が高い人により共感が働きやすい。これは処理能力の問題です。世界中の約80億人を同じように「人間」としてとらえるのは、私たちの脳の処理能力を超えているんです。
ひろ
つまり、基本的にはみんな共感力を持っているけれど、それを発揮する範囲の設定が人によって違うということですか?家族には深く共感するけど、取引先の人には無関心みたいな。
中野
はい。共感できる範囲が人によって異なるんです。
ひろ
その共感の範囲って、学習で変えられないんですか?
中野
単純な学習では難しいかもしれませんね。これは脳の処理能力の問題ですから。
ひろ
言われてみれば、外国人にまったく共感できなかった人が、ある日突然、共感的になったなんていう話はあまり聞きませんよね。せいぜい、外国人の親戚ができて、徐々に理解が深まっていくくらい。
中野
そうですね。これは「外集団バイアス」と呼ばれる現象なんです。自分たちと外見や特徴が異なる人々に対しては、顔の認知さえも曖昧になってしまう。
例えば、私たち日本人は中国系や韓国系の人の違いは、ある程度わかりますよね。でも、金髪で白い肌の人を見ても、「ドイツ人っぽい」とか「ロシア人っぽい」とか、そこまでの区別はなかなかつきません。つまり、自分と特徴が異なる人に対しては、いわば「解像度」が粗くなるんです。そうなると必然的にステレオタイプで見てしまい「きっとこういう考え方をするはずだ」という固定観念で判断してしまう。結果として共感のレベルも下がってしまうんです。
ひろ
その解像度を意識的に上げて共感力は高められないんですか?例えば、インターナショナルスクールに通っている子供たちは、そうじゃない子供より外国人を仲間だと感じる割合が高そうですけど。
中野
そうかもしれませんね。ただし、そこにはトレードオフの可能性があります。そのぶん、逆に日本人に対する感覚が粗くなってしまうかもしれない。
ひろ
新しい対象を受け入れるぶん、どこかを切り捨てることになるのか。
中野
共感の重心が少し移動するような感じかもしれません。
ひろ
例えば、犬や猫が大好きで、人間にはあまり関心がないという人がいますよね。これは共感の対象が動物のほうにシフトしてしまったということですか。
中野
ええ。それは十分にありえる話です。
ひろ
なるほど。
中野
話をまとめると、人と接する系の仕事は、長期的な関係が必要でない限り、共感性の低い人のほうが適性はあるでしょうね。
ひろ
長期的になると難しいんですか?
中野
そういうタイプの人は短期的にはうまくいきます。でも、計算した対応なので、長期的には必ずボロが出てしまうんです。半年から3年くらい一緒にいると、周囲が「この人、なんか違うな」と気づき始める。最悪の場合、その人がつるし上げの対象になって、その環境にいられなくなります。
ひろ
「あの人は何を考えているかわからなくて怖い」と思われるんですかね。
中野
だから、その場合は環境の流動性が重要になってくるんです。頻繁に環境を変えられる社会であれば、共感性の低い人も適応して生きていけます。でも、一度入ったコミュニティからなかなか抜け出せないような社会では、最初はうまくいっても、後から「あの人は違う」と気づかれて生きづらくなる。このバランスが非常に重要だと思います。
ひろ
なんか、SNSでの一時的なつながりとか、転職が当たり前の働き方とか、社会は知らず知らずのうちに、共感性が低い人にとって居心地のいい方向に進化しているのかもしれませんね。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■中野信子(Nobuko NAKANO)
1975年生まれ。東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学大学院博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに勤務後、帰国。主な著書に『人は、なぜ他人を許せないのか』(アスコム)など
構成/加藤純平(ミドルマン)撮影/村上庄吾
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