修学旅行が変化しています。ベネッセコーポレーションが保護者に行ったアンケート(※1)では「体験学習が増えた」といった声が多数聞かれたほか、「事前学習がある」「民泊があり驚いた」などの意見も。保護者世代になじみのある見学・観光だけではないプログラムも増えているようです。
このような変化は、コロナ禍や学習指導要領にも関係しているといいます。修学旅行のトレンドとその背景について、日本修学旅行協会 理事長の竹内秀一氏に聞きました。
鹿におせんべいをあげる、だけではない?
ーー最近の修学旅行のトレンドについて教えてください。
人気の旅行先は変わらないものの、内容の変化が見られます。それに伴い、行き先のバリエーションも増えていますね。
行き先は、中学校では1位京都府、2位奈良県がずっと続き、コロナ禍を経ても変化はありません。高校は、コロナ禍で航空機利用が減ったことなどから、一時は長崎県が1位になった年もあります。日本修学旅行協会の調査によれば、2023年度に実施された修学旅行では、定番の沖縄県が1位でした。
旅行の内容については、体験プログラムが増加。それに合わせた事前・事後学習の取り組みも強化されています。以前のような名所旧跡の見学メインで、旅行後は感想文を書いて終了……といった流れに比べると、まさに《学びの旅》の具現化が進みつつあります。
たとえば、定番の観光地である「奈良公園」。
これまでは、鹿におせんべいをあげて楽しむ観光としてのプランが中心でしたが、最近では、それに加えて、鹿と人間の共生について考えるといったテーマ学習がセットで行われることも珍しくありません。同じ観光地でも、その場を楽しむだけでなく、課題意識を持って体験し考えるというアプローチが行われています。
このような体験プログラムやテーマ学習が増えてきていることが、行き先のバリエーションの多様化にもつながっています。さまざまなエリアで観光協会が中心となってプログラムを作成するなかで、これまで修学旅行ではメジャーでなかったエリアも、旅行先として選ばれるようになりつつあります。
ーー修学旅行の変化には、どのような背景があるのでしょうか。
現行の学習指導要領がポイントです。柱の1つである「探究的な学習」を修学旅行で実践しようとする学校が増加しているのです。
「探究的な学習」とは、生徒自身が問いを立て、課題を発見し、情報収集や意見交換を通じて解決策を探り、アウトプットすることの繰り返しで学びを深めていくもの。この学習の実践で重要なのが「体験」です。
学習指導要領でも「体験活動(中略)などの学習活動を積極的に取り入れること」が示されていますが(※2)、学校の授業の中でできる体験はどうしても限られます。
そのため、修学旅行を探究的な学習の実践の場として位置付けようという試みが広がりつつあるのです。
高校であれば、体験するプログラムに応じて、週1回程度必修科目となっている「総合的な探究の時間」を活用し、事前学習や事後学習を実施しています。修学旅行は、単発のイベントではなく、年間の学習計画の中にしっかり位置付けられるようになってきているといえるでしょう。
あの定番スポットのプログラムも進化
ーー「探究的な学習」の一環として、どのようなプログラムが行われているのでしょうか。
「SDGs」「平和学習」「異文化体験」「企業訪問・工場見学」「震災学習、防災学習」「農業漁業学習」など、さまざまなテーマがあります。地域の観光協会が中心となって、修学旅行を誘致しようと、多様なプログラムが作られています。
(プログラムの例)
● 環境学習:海岸でのゴミ拾いと観察を通じて、海洋プラスチック問題について考える。 ● 震災学習:震災遺構の見学や、被災者との対話をとおして、防災について考える。 ● 農業漁業学習:民泊を通じて生業を体験するなかで、後継者問題などの課題を考える。 これらのプログラムは、今までの修学旅行ではあまり訪れることのなかったエリアも、旅行先となる可能性を広げています。
一方で、今までの修学旅行の定番の観光スポットを探究的に学ぶプログラムも生まれています。
たとえば姫路城では、単なる見学ではなく、文化遺産を守るSDGsやキャリア学習にまでつながるプログラムが提供されています。「なぜ姫路城が現在にまで伝えられ、残されてきたのか」をテーマに、文化財の保護に携わる漆喰(しっくい)職人や技術者とともに見学や作業体験をするなかで交流し、学びを深めています。
ーー現在の課題については、どのように考えていらっしゃいますか。
「学びの旅」としての具現化が進みつつも、これまでの内容を踏襲するにとどまっているケースも少なくありません。
原因の1つには、多忙さを極める教員の働き方が挙げられるでしょう。
現場の先生は、修学旅行を「探究的な学習の実践の場として活用したい」「平和学習など、授業の中では十分に扱えていないテーマに取り組む機会にしたい」といった思いを強く持っています。しかしながら、多忙さゆえ、思いはあっても新しい旅行先を探しづらい現状があります。
多くの地域で、学校側のニーズに応えようと観光協会が中心となり、さまざまな工夫をしたプログラムを作っているものの、なかなかマッチングが進まないことには、もどかしさも覚えます。これまでは旅行会社が間に入り、多くの提案がされていましたが、人員不足の影響もあり、十分に行われているとはいいづらい状況です。
ーー円安やオーバーツーリズムの影響は何かありますか。
それらの影響を受けた費用の高騰も大きな課題の一つです。
交通費や宿泊費が上がり続けるなか、体験プログラムに充てられるのは修学旅行全体の費用のわずか10%にも満たない学校が多いです。その中でできる工夫には限界もありますし、学校や自治体の間で差が開けば生徒たちの体験格差にもつながりかねず、大きな課題だと考えています。
前向きに探究的な学びを実現する多様なプログラムが生まれているからこそ、機会損失とならないようなアクションを考えていくことが求められるでしょう。
(出典)
※1
2024年9月10日~15日に行った保護者のかた向けWebアンケート(回答者281名 ※未回答除く)に寄せられた体験談より
※2
文部科学省「高等学校学習指導要領」P643第4章 総合的な探究の時間第3の2「6」https://www.mext.go.jp/sports/content/1384661_6_1_2.pdf
プロフィール
竹内秀一(たけうちしゅういち)
公益財団法人 日本修学旅行協会理事長。神奈川県立、東京都立の高等学校の日本史教諭、都立高等学校副校長を経て校長。都立高等学校の修学旅行実行委員会に所属後、現職。